あこがれの、形

改案堂

或いはすれ違いの理想

その絵は、衝撃的だった。

入学したあの日、色とりどりの部活勧誘ポスターが張られた掲示板の前で。

僕は、教室移動の事も忘れて息を飲んだ。


美しい、ブロントサウルス・エクセルススの絵。


ポスターの絵という事は、在学生の作だろうか。

そっけない素描に色鉛筆で鮮やかに色づけされたそれは、今まで見たどんな生物の絵より生々しく、躍動的で、今にも飛び出してきそうな、そんな錯覚にとらわれる程だった。


そのポスターは美術部の部員募集だった。

ああ美術部か、ならば絵は上手だろう。

けれど、あまりに場違いだと感じる。


まるでアイルランドの考古学者にして芸術家、ジョージ・ペトリの降臨したような圧倒的な画力と場面の構成力。

色遣いはガウディの弟子、ジョジュールにも似た思い切りの良さ。



ここは進学校、高位の大学合格を目指す高校生が集う場所だ。

絵の才能に恵まれた人はそういない。

どんな人が描いたのだろう。


その才能の主は、3学年の男性だった。

小柄で、繊細で、綺麗な指先の人。

彼は多才で、生物の造形に深く、考古学に馴染み、意のままに知識を貪る。

生物の、特に鳥類や爬虫類などの腰骨、鳥盤類と竜盤類の骨格形状を何より愛していた。


ポスターの絵の事を聞くと、依頼されたので片手間に描いたという。

事実、目の前で僕を凝視して描いてくれた絵は見事なバランスのレプティリアンだった。


僕は同性ながら、この先輩に恋心に似たあこがれを感じていたのだろう



その日から僕は、美術部室に足しげく通った。

彼と、先輩とずっと一緒に居たい。

先輩も気に掛け、よく僕をモデルに絵を描いてくれた。

そんな恵まれた時間が、ずっと続くと願っていた。

その時は。



先輩は、何でもできる万能の人だった。

勉強の素振りもなかったのに、国立芸術大学に苦も無く進学したほどだ。

僕も必ず、彼の後を追いたい。


けれど、どうしても絵画だけは会得出来なかった。

絶望に打ちひしがれる僕を見て、先輩は言った。


「キミは芸術家には向いていないよ。

 私の専属モデルになってくれれば、それでいい」


嬉しかった。

その瞬間は天にも昇る気持ちだったが、続く言葉で僕は即答を躊躇った。


「キミほど憧れの爬虫人類を連想させる男は、そういないからね」

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あこがれの、形 改案堂 @kai20220512

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