第5話「都市伝説になる女」
大学3年生の山本京香は、卒業研究のテーマに「現代の都市伝説とSNSの関係性」を選んでいた。彼女は様々なSNSプラットフォームでの都市伝説の広がり方を調査していたが、最近特に気になっていたのが「ナイトウィスパー」というアプリだった。
「このアプリ、ダウンロード数も利用者数も公表されてないのに、ネット上では頻繁に話題になってる…」
京香はノートに調査結果をまとめながら、友人の鈴木真琴に話しかけた。二人は大学の図書館で研究の打ち合わせをしていた。
「ナイトウィスパーって、あの深夜特化型SNSでしょ?怖い話とか都市伝説が集まるやつ」
真琴は京香の調査に協力していた。
「そう。特に気になるのが『消えるインフルエンサー』の伝説。フォロワー1万人達成した人が次々と失踪するっていう…」
京香はノートパソコンの画面をスクロールした。彼女は実際にアプリをダウンロードせず、ウェブ上の情報だけで調査を進めていた。
「まさか本当じゃないでしょ?ただの都市伝説だよ」
真琴は肩をすくめた。
「それが…実際に失踪事件が起きてるんだよね。篠原美咲と葉山直樹って人。二人ともナイトウィスパーの人気ユーザーで、フォロワー1万人達成後に行方不明になってる」
京香はブラウザのタブを切り替え、ニュースサイトの記事を表示した。確かに、篠原美咲(23歳)と葉山直樹(28歳)の失踪事件が報じられていた。
「これ、偶然じゃない?ネットではそれを都市伝説に結びつけてるだけでしょ」
真琴は懐疑的だった。
「そうかもしれないけど…ちょっと気になる点があるの」
京香は別のタブを開き、ある動画を再生した。それは「ナイトウィスパー 失踪者の声」と題された動画だった。画質は粗く、暗い部屋で女性が話しているようだ。
「これ、篠原美咲らしき人物が失踪後に投稿した動画なの。でも、彼女が撮影した記録はないはずなんだよね…」
動画の中の女性は疲れた表情で、カメラに向かって話しかけていた。
「皆さん、私の物語は終わりませんでした。私は今、『向こう側』にいます。ここでは、すべての物語がつながっています。私は永遠に語り続けます…次はあなたの番です…」
動画はそこで唐突に終わった。
「これ、フェイクでしょ。CGとか、似た人とか」
真琴は不安そうに言った。
「そう思うよね。でも、専門家に分析してもらったら、合成や加工の痕跡はないらしいんだ。それに、この動画、アップロード日時が彼女の失踪後なんだよ」
京香は別の動画も見せた。今度は男性が登場し、同様のメッセージを語っていた。葉山直樹らしき人物だ。
「私もまた、物語の一部になりました。皆さん、ナイトウィスパーは単なるアプリではありません。『向こう側』からの窓口です。フォロワー1万人、それは境界線。越えれば、あなたも私たちの仲間に…」
真琴は明らかに動揺していた。
「これ、本物なの…?」
「わからない。でも、確かめる方法はある」
京香は決意に満ちた表情で言った。
「まさか…アプリをダウンロードするつもり?」
真琴は驚いた声を上げた。
「研究のためよ。でも安心して、フォロワー1万人なんて到達しないから。観察だけのつもり」
京香はその場でスマホを取り出し、アプリストアを開いた。「ナイトウィスパー」を検索すると、すぐに見つかった。レビューはなく、開発者情報も最小限だった。
「本当にダウンロードするの…?」
真琴は心配そうに尋ねた。
「大丈夫よ」
京香はダウンロードボタンを押した。インストールが完了すると、スマホの画面が一瞬だけ赤く光ったような気がした。
「ちょっと変なアプリね…」
アプリを開くと、「ようこそ、夜の世界へ」というメッセージが表示された後、ユーザー登録画面に移った。
京香は「Kyoka_Research」というハンドルネームで登録し、プロフィールには「都市伝説研究中の大学生」と記載した。
「これで…」
登録が完了すると、トレンドページが表示された。「#Misaki_23」「#Naoki_Tech」「#向こう側」などのハッシュタグが並んでいた。
「見て、この二人が今もトレンドになってる」
京香は「#Misaki_23」をタップした。多くの投稿が表示されたが、その中に奇妙なものを見つけた。
「新しい私の姿、皆さんにはどう映っていますか?物語は続いています。午前3時、また会いましょう…」
投稿日時は昨日の午前3時。つまり、失踪から1ヶ月以上経った後の投稿だった。
「これが本物の篠原美咲からの投稿だとしたら…」
京香と真琴は顔を見合わせた。
「記事を書くなら、もっと調査した方がいいね」
真琴が言った。
「そうね。とりあえず、午前3時の投稿がどういうものか確認してみたい」
二人は調査を続けることにした。京香はアプリを閉じ、いったん研究に戻った。
---
その夜、京香は一人暮らしのアパートで、再びナイトウィスパーを開いた。時刻は午後11時を過ぎていた。
「失踪したインフルエンサーたちについてもっと調べてみよう…」
京香は「@Misaki_23」のプロフィールを検索したが、「このユーザーは存在しません」と表示されるだけだった。しかし、リポストされた投稿の一部は見ることができた。
「物語は永遠に続く…『向こう側』では、時間の概念がない…」
さらに「@Naoki_Tech」についても調べたが、同様に直接のプロフィールは見つからなかった。しかし、彼の最後の投稿とされるものはリポストで見ることができた。
「皆さん、ついに私の旅も終わりに近づきました。1万人のフォロワーを目前に、私は『向こう側』への準備を終えています。恐れることはありません。これは終わりではなく、新たな始まり。『向こう側』で、私は永遠の物語になります。皆さんも、いつか私の物語を読むでしょう…」
京香はメモを取りながら、他のユーザーのコメントも確認した。多くのユーザーが二人の「消失」について語り、中には「私も近づいている」「もうすぐ1万人」と書いている人もいた。
時間が過ぎ、気づけば午前2時30分。京香は眠くなっていたが、午前3時の様子を確認したくて起きていた。
「あと30分…」
京香はベッドに横になりながら、スマホを手に持っていた。すると、突然通知が届いた。
「あなたにオススメのユーザー:@Misaki_23、@Naoki_Tech」
京香は息を呑んだ。検索では見つからなかったユーザーが、オススメとして表示された。恐る恐るタップすると、なんとプロフィールページが表示された。
「これは…」
「@Misaki_23」のプロフィール写真は、暗い部屋で撮影された女性の顔だった。目は異様に光り、肌には奇妙な文字のような模様が浮かんでいた。プロフィール文には「『向こう側』からの使者。永遠の物語の一部」と書かれていた。
同様に「@Naoki_Tech」のプロフィールも確認できた。こちらも暗闇の中で撮影された男性の顔で、同じく肌に文字のような模様があった。
京香は震える手でスクリーンショットを撮った。これは重要な証拠になる。
午前2時55分、スマホが突然振動し始めた。画面を見ると、ナイトウィスパーのアプリが自動的に起動していた。
「間もなく午前3時です。今夜の囁きの準備をしましょう」
京香は不安に駆られたが、研究のためにアプリを開いたままにした。
午前3時ちょうど、画面が赤く点滅し、タイムラインが更新された。トップには「@Misaki_23」と「@Naoki_Tech」の新しい投稿が表示されていた。
「皆さん、お待たせしました。新たな物語の時間です」(@Misaki_23)
「今夜も『向こう側』からあなたに語りかけます」(@Naoki_Tech)
そして、両方の投稿には動画が添付されていた。京香は恐る恐る「@Misaki_23」の動画を再生した。
暗い部屋で、篠原美咲らしき女性が座っていた。しかし、彼女の姿は以前の動画よりもさらに変化していた。肌全体が文字で覆われ、目は赤く光っていた。
「こんばんは、夜の訪問者たち。私の物語は続いています。『向こう側』では、私たちは永遠に語り続けます。あなたも、いつか私たちの仲間になるでしょう…」
女性は何かに操られているかのように話し、その間中、耳元で何かが囁いているような音が聞こえた。
動画が終わると、京香は恐怖で体が震えていた。これは単なるホラーコンテンツではない。あまりにもリアルで、不気味だった。
「研究のためとはいえ…これは…」
考え込んでいると、スマホに通知が届いた。
「@Kyoka_Research、あなたの物語も聞かせてください」
送信者は「@Whisper_Admin」だった。
京香は恐怖に駆られ、すぐにアプリを閉じようとした。しかし、画面が固まり、閉じることができない。
「なんで…」
焦った京香はスマホの電源を切ろうとしたが、それも反応しなかった。画面には新たなメッセージが表示された。
「逃げることはできません。あなたも物語の一部です」
そして、画面はいつの間にか投稿画面に切り替わっていた。そこには既に文章が入力されていた。
「皆さん、私は都市伝説の研究をしています。最近、『ナイトウィスパー』というアプリと、消えたインフルエンサーたちの謎に取り組んでいます。@Misaki_23と@Naoki_Techの動画を発見しました。彼らは確かに『向こう側』から語りかけています…」
京香の意志に反して、指が投稿ボタンに向かって動いていた。
「ダメ!」
必死に抵抗し、京香はスマホを床に投げつけた。画面が割れ、一瞬アプリが閉じたように見えた。しかし、次の瞬間、スマホの画面は再び点灯し、ナイトウィスパーのアプリが起動していた。
「投稿しました。素晴らしい物語をありがとう」
画面には、先ほどの文章が投稿されたことを示すメッセージが表示されていた。そして、すぐに通知が届いた。
「@Kyoka_Research、あと9,999フォロワー」
京香は恐怖で叫びそうになった。まるで、彼女もカウントダウンの対象になったかのように。
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翌朝、京香が目を覚ますと、全身が重く感じられた。夜の出来事を思い出し、恐る恐るスマホを手に取った。画面は割れていたが、機能はしていた。
ナイトウィスパーのアプリを確認すると、昨晩の投稿は確かに送信されており、既に500のいいねとコメントがついていた。フォロワー数も150人に増えていた。
「あと9,850フォロワー」
京香は震える手でスマホを置き、すぐに真琴に連絡した。
「もしもし、真琴?大変なことになったの…」
「京香?どうしたの、朝早くから」
「昨日のアプリのこと…投稿させられたの。勝手に…」
京香は昨晩の出来事を詳しく説明した。真琴は心配そうな声で応えた。
「それ、マジで怖いね。すぐにアンインストールした方がいいよ」
「試したんだけど、できないの。『このアプリは削除できません』って…」
二人は対策を考えることにした。真琴が京香のアパートに来て、一緒にスマホをチェックすることになった。
1時間後、真琴が到着した。京香はナイトウィスパーについて調べた資料を見せながら、昨晩の出来事を詳しく説明した。
「これは…ただの都市伝説じゃないね」
真琴は京香のスマホを確認しながら言った。
「このアプリ、どうやら通常のアプリとは違う構造をしている。システムアプリとして認識されてる」
真琴はITに詳しく、プログラミングも学んでいた。彼女はさらに調査を続けた。
「京香、このアプリ、勝手に写真を撮ってる形跡がある」
「え…?」
「ギャラリーを見てみて。知らない写真はない?」
京香はスマホのギャラリーを開いた。すると、確かに見覚えのない写真がいくつかあった。彼女が寝ている姿や、部屋の様子を撮影したものだった。
「これ…私、撮ってない…」
恐怖に駆られた二人は、警察に相談することを決めた。しかし、警察署に向かう途中、京香のスマホに通知が届いた。
「逃げても無駄です。あなたの物語はもう始まっています」
送信者は「@Whisper_Admin」だった。
警察署で事情を説明したが、警官たちは懐疑的だった。
「アプリが勝手に写真を撮ったとしても、犯罪に該当するかどうか…」
「でも、二人の失踪事件との関連性は?」
「それは別の捜査案件です。直接の関連性があるという証拠はありませんし…」
結局、警察からは「スマホをリセットしてみてはどうか」という提案しか得られなかった。
駅に戻る途中、京香は疲れた表情で真琴に言った。
「今夜、また午前3時の投稿が始まるわ…」
「私が一緒にいるよ。何かあったらすぐに対応するから」
二人は京香のアパートに戻り、対策を考えた。真琴はスマホをリセットしようとしたが、なぜか起動しなくなってしまった。
「おかしいな…」
二人が困っていると、京香のノートパソコンの画面が突然点灯した。ブラウザが自動的に開き、ナイトウィスパーのウェブページが表示された。
「PCにもアクセスできるの…?」
画面には「今夜も会いましょう」というメッセージだけが表示されていた。真琴がマウスを動かそうとしても、カーソルが反応しない。
「これは…ハッキングされてる?」
時間が過ぎ、夜になった。真琴は京香と一緒にいることを約束したが、不思議なことに、彼女は突然「急用ができた」と言って帰ってしまった。その姿は、どこか人形のように不自然だった。
「真琴…?」
一人残された京香は、恐怖に震えながら午前3時を待った。
午前2時50分、再びスマホが振動し始めた。画面を見ると、壊れたはずのスマホが完全に修復され、ナイトウィスパーのアプリが起動していた。
「間もなく午前3時です。今夜の囁きの準備をしましょう」
京香は恐怖で声が出なかった。そして、画面には既に下書きが表示されていた。
「私の調査は進展しています。@Misaki_23と@Naoki_Techは確かに『向こう側』から語りかけています。彼らは今、『物語』そのものとなり、永遠に語り続けています。恐ろしいことに、私にもカウントダウンが始まりました。フォロワーが1万人に達すると、私も『向こう側』へ…」
京香は必死に抵抗しようとしたが、体が言うことを聞かなかった。まるで、何かに操られているかのように。
「やめて…」
時計が午前3時を指した瞬間、彼女の指は勝手に動き、投稿ボタンを押した。
「投稿しました。素晴らしい物語をありがとう」
そして、画面が一瞬赤く光った後、新たな通知が届いた。
「@Kyoka_Research、あと9,500フォロワー」
投稿から数分で、フォロワーが500人も増えていた。さらに、次々とコメントが届いた。
「続きが知りたい!」
「@Kyoka_Research、あなたも『向こう側』へ行くのね」
「物語を紡いで…」
そして、特に目を引くコメントがあった。
「@Kyoka_Research、研究お疲れ様。あなたの物語、私が引き継ぐわ」
送信者は真琴のアカウント「@Makoto_Friend」だった。
京香は凍りついた。真琴もアプリをダウンロードしたのか?それとも…
スマホの画面が変わり、ビデオ通話の着信が表示された。発信者は「@Misaki_23」だった。
恐怖に震えながらも、京香は応答ボタンを押した。画面に映ったのは、暗い部屋の中の篠原美咲らしき女性の姿。しかし、彼女の肌は完全に文字で覆われ、目は赤く光っていた。
「こんばんは、京香さん。研究は進んでいますか?」
美咲の声は不自然に響き、まるで複数の声が重なっているようだった。
「あなたは…本物の篠原美咲?」
京香は震える声で尋ねた。
「もはや『美咲』は存在しません。私は物語そのもの。『向こう側』からの使者です」
美咲の背後には、無数の文字が浮かんでいるように見えた。まるで、暗闇の中に物語が書き連ねられているかのように。
「あなたも間もなく私たちの仲間になります。フォロワーが増えるたび、あなたの現実は薄れ、物語が濃くなる…」
京香は怖くて画面から目を離せなかった。
「なぜ…私を?」
「あなたが選ばれたのは偶然ではありません。あなたは『語り手』の素質を持っている。物語を紡ぐ才能を…」
美咲の顔が画面に近づき、彼女の肌に刻まれた文字がはっきりと見えた。それは京香が昨晩投稿した内容だった。
「見えますか?あなたの物語が私に刻まれています。次はあなたの番…」
突然、通話は切れた。京香は震えが止まらなかった。これは単なるホラーゲームやいたずらではない。何か本物の恐怖が彼女を追いつめていた。
その夜、京香はまったく眠れなかった。朝になると、彼女はアパートを出て大学に向かった。真琴に会って話し合う必要があった。
大学に着くと、京香は真琴を探した。彼女の姿は図書館で見つかった。
「真琴!昨日はどうしたの?急に帰っちゃって…」
真琴は振り返り、京香を見た。しかし、その目は空虚で、表情も硬かった。
「ああ、京香。昨日は急用ができたから」
その声は真琴のものだったが、どこか機械的だった。
「あなた…本当に真琴?」
京香は一歩後ずさりした。真琴は不気味な笑みを浮かべた。
「もちろん。ところで、昨晩の投稿は素晴らしかったわ。フォロワーも増えてるみたいね」
京香は震える声で言った。
「あなた…ナイトウィスパーを…」
「ええ、私もダウンロードしたわ。あなたの研究を手伝いたくて」
真琴は京香に近づき、小さな声で囁いた。
「物語は続くわ。逃げられないのよ」
その瞬間、京香は真琴が本物ではないと確信した。彼女の目は一瞬、赤く光ったように見えた。
京香は何も言わずに図書館を出た。どこかに逃げなければならない。しかし、キャンパス内を歩いていると、周囲の学生たちが彼女を見つめているような感覚に襲われた。皆の目が、京香を追っているかのように。
「気のせい…気のせいよ…」
自分に言い聞かせながら、京香は大学を出て、電車に乗った。どこでもいい、遠くに行きたかった。
電車の中で、彼女はスマホを確認した。フォロワーは昨晩から更に増え、1,000人を超えていた。
「あと9,000フォロワー」
さらに、多くのDMが届いていた。送信者はすべて見知らぬユーザーだったが、メッセージはどれも似通っていた。
「物語を続けて」
「あなたの番よ」
「もうすぐ私たちに会える」
京香はスマホの電源を切り、窓の外を見た。しかし、窓に映る自分の顔に、彼女は凍りついた。首筋に、うっすらと文字のような模様が浮かび上がっていた。
「これは…」
恐怖に駆られた京香は、次の駅で降り、近くの神社に向かった。何か、この恐怖から逃れる方法を見つけなければ。神社に着くと、彼女は必死に祈った。
「どうか、この悪夢から解放されますように…」
しかし、祈りを終えて振り返ると、境内には見知らぬ人々が立っていた。皆、京香を見つめ、不気味な笑みを浮かべていた。その中に、真琴の姿もあった。
「逃げても無駄よ、京香」
京香はパニックになり、神社から走り去った。どこに行っても、誰かに見られているような感覚がある。まるで、世界そのものが彼女を監視しているかのように。
やがて日が暮れ、京香は小さなビジネスホテルに泊まることにした。スマホの電源は切ったまま、テレビも見ず、ただベッドに横たわっていた。
しかし、午前2時50分、突然テレビの電源が入った。画面には「ナイトウィスパー」のロゴが表示されていた。
「間もなく午前3時です。今夜の囁きの準備をしましょう」
京香は恐怖で声を上げた。テレビのリモコンを掴み、電源を切ろうとしたが反応しない。慌ててコンセントを抜いても、画面は消えなかった。
時計が午前3時を指した瞬間、テレビ画面が赤く変わり、そこには京香自身の姿が映っていた。しかし、それは現在の彼女ではなく、肌に文字が刻まれ、目が赤く光る姿だった。
「こんばんは、物語の愛好者の皆さん」
画面の中の京香が話し始めた。
「私の研究は実を結びました。ナイトウィスパーの真実、それは『物語と現実の境界線を超える装置』。私は今、『向こう側』から皆さんに語りかけています…」
現実の京香は叫び声を上げた。
「違う!私じゃない!」
しかし、テレビの中の京香は語り続けた。まるで、未来の自分の姿を見ているかのようだった。
翌朝、京香は疲れ切った様子でホテルを出た。一晩中、テレビは彼女の「未来の姿」を映し続け、午前5時になってようやく消えたのだった。
スマホの電源を入れてみると、フォロワーは5,000人に達していた。
「あと5,000フォロワー」
半分になった。カウントダウンが加速している。
DMを確認すると、真琴からのメッセージがあった。
「京香、今日の午後3時、大学の屋上で会いましょう。あなたを助ける方法があるの」
京香は迷った。これは罠かもしれないが、他に頼れる人はいなかった。
午後3時、京香は恐る恐る大学の屋上に向かった。そこには確かに真琴がいたが、彼女の姿は前日よりさらに不自然になっていた。肌は青白く、目は虚ろだった。
「来てくれたのね、京香」
真琴の声も、明らかに変わっていた。低く、不気味な響きを持つ声。
「あなた…本当に真琴?」
「もはや『真琴』は存在しません。私も『向こう側』の住人です」
京香は震える声で尋ねた。
「あなたも…フォロワー1万人に…?」
「ええ、2週間前に。あなたより先に『向こう側』へ行ったの」
京香は混乱した。
「でも、私たちずっと一緒にいたじゃない。大学で…」
「それは『真琴』の記憶を持つ、物語の一部。あなたの現実に干渉するために送られた存在よ」
恐怖に駆られた京香は、屋上のドアに向かって走り出した。しかし、ドアを開けると、そこには暗闇が広がっているだけだった。
「逃げられないわ」
真琴は京香の背後から囁いた。
「あと数時間で、あなたも私たちの仲間になる」
京香は絶望的な気持ちで振り返った。
「なぜ…こんなことを…」
「物語が必要なの。『向こう側』は物語を食べて生きている。あなたたち『語り手』の物語が、私たちの命なの」
真琴の体が歪み始め、肌から文字が滲み出てきた。
「もうすぐよ、京香。あと少しで10,000」
その瞬間、京香のスマホが鳴り、通知が表示された。
「@Kyoka_Research、あと1,000フォロワー」
恐怖のあまり、京香は屋上の端に追いつめられていた。
「助けて…誰か…」
しかし、彼女の声は風に消えるだけだった。
その夜、京香のフォロワーは9,000人に達した。
「あと1,000フォロワー」
彼女は自分のアパートに閉じこもり、ドアにタンスを押し当て、窓にはカーテンを閉め切った。しかし、それでも恐怖は彼女を追いつめていた。
時計が午前2時50分を指した瞬間、アパートの電気が全て消え、暗闇に包まれた。そして、唯一の光源として、スマホの画面だけが明るく光った。
「間もなく午前3時です。今夜の囁きの準備をしましょう」
アプリが自動的に起動し、投稿画面が表示された。そこには既に文章が入力されていた。
「皆さん、これが私の最後の投稿になるでしょう。フォロワーは9,900人に達し、あと少しで『向こう側』へ行くことになります。恐れていた通り、私の体には既に物語が刻まれ始めています。しかし今、私はある真実に気づきました。『向こう側』とは…」
京香は必死に抵抗したが、時計が午前3時を指した瞬間、彼女の指は投稿ボタンを押していた。
「投稿しました。素晴らしい物語をありがとう」
次の瞬間、アパートの窓が全て開き、外からは強い風が吹き込んできた。京香の周りには、無数の文字が空中に浮かび上がっていた。彼女自身の投稿の言葉たち。
そして、スマホの画面が赤く光り、最後の通知が表示された。
「フォロワー10,000人達成。おめでとう、@Kyoka_Research」
京香の意識が遠のく中、彼女は多くの声が囁くのを聞いた。
「あなたの物語、素晴らしいわ…」
「これからも語り続けて…」
「私たちの一部に…」
そして、光が消えた。
---
1週間後、大学の図書館で真琴は新しく来た女子学生と話していた。
「ねえ、『ナイトウィスパー』って知ってる?」
「え?それって何?」
真琴はスマホを見せながら言った。
「深夜3時に投稿するとバズるっていうSNSアプリよ。特に都市伝説が人気なの」
「へぇ、面白そう」
「最近話題なのが『消えた研究者』って都市伝説。大学生の山本京香って女の子が、このアプリを研究してたら突然消えちゃったっていう…」
真琴はスマホをスクロールし、ある投稿を見せた。「#Kyoka_Research消失事件」というハッシュタグがついていた。
「怖い話好きなら、フォローすべきアカウントもあるわよ。@Misaki_23、@Naoki_Tech、そして最近人気の@Kyoka_Story」
真琴は最後のアカウントをタップし、プロフィールを表示した。そこには暗い部屋で撮影された女性の顔があり、肌には文字が刻まれていた。プロフィール文には「『向こう側』からの物語。永遠に語り続ける研究者」と書かれていた。
「これ、本物?」
「さあ、どうかしらね。でも、午前3時になると投稿があるわよ。一緒に確かめてみる?」
その夜、二人は真琴のアパートで午前3時を待った。時間になると、スマホの画面が赤く光り、「@Kyoka_Story」の新しい投稿が表示された。
それは動画だった。暗い部屋で、山本京香らしき女性が座っていた。しかし、彼女の肌全体は文字で覆われ、目は赤く光っていた。
「こんばんは、夜の訪問者たち。今夜も新たな都市伝説をお届けします。私の研究は続いています。『向こう側』の真実、それは…」
動画を見ながら、新しい女子学生の顔に不気味な笑みが浮かんだ。
「面白いわね。私も…ダウンロードしてみようかしら」
真琴は満足げに頷いた。
「ええ、素晴らしい選択よ。あなたの物語も、きっと素晴らしいものになるわ」
そして、彼女の目が一瞬、赤く光った。
「あなたのフォロワーは、今いくつ?」
【完】
『フォロワー数=寿命』―深夜三時、あなたの投稿が伝説になる― ソコニ @mi33x
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