第4話「カウントダウン」
直樹のナイトウィスパーでの投稿は、驚異的なスピードで拡散していった。午後3時の投稿から数時間も経たないうちに、フォロワー数は1,000人を超えていた。
「あと9,000フォロワー」
彼のスマホには定期的にこの通知が届き、フォロワーが増えるたびに数字が更新されていく。直樹は恐怖に駆られながらも、不思議とアプリから離れられない自分がいることに気づいていた。
「俺は何をしているんだ…」
頭痛は慢性的になり、時折幻聴のように誰かの囁き声が聞こえることもあった。
「もっと…もっと話して…」
その日の夜、直樹は再び午前3時の投稿を強いられた。今度は「ナイトウィスパーに取り込まれる過程」についての詳細な記述だった。
「このアプリは段階的に私たちを取り込んでいくようです。最初は記憶の混乱、次に周囲の人間関係の改変、そして現実そのものの歪曲…私の場合、友人が消え、その存在の痕跡もすべて消されました。次は何が起こるのでしょうか…」
投稿後、直樹は激しい頭痛とともに意識を失った。
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翌朝、直樹が目を覚ますと、フォロワー数は3,000人に達していた。
「あと7,000フォロワー」
直樹は仕事に行く気力もなく、会社に休むことを連絡した。しかし、電話に出た同僚の反応は奇妙だった。
「葉山さん?すみません、その方は当社には…」
直樹は慌てて電話を切った。まさか…自分の勤務先からも存在が消されている?
パニックになりながらも、直樹は冷静さを取り戻そうと努めた。記憶が混乱しているだけかもしれない。念のため、自宅にある身分証明書を確認した。
しかし、驚いたことに、会社の社員証は見当たらなかった。代わりに、「フリーランスのITコンサルタント」と書かれた名刺だけがあった。
「俺はフリーランス…?いや、確かに会社勤めのはずだ…」
混乱する直樹は、パソコンのメールを確認した。すると、そこには確かにフリーランスとして仕事をしている証拠があった。クライアントとのやり取り、請求書、契約書…すべてが「葉山直樹、ITコンサルタント」としての記録だった。
「記憶と現実が…ずれている…」
ナイトウィスパーの投稿で書いた通りの現象が、自分自身にも起きていた。記憶の混乱、人間関係の改変、そして現実の歪曲。
直樹は恐怖に震えながらも、何とかこの状況から脱出する方法を考えた。他のナイトウィスパーユーザーに助けを求めるべきか?でも、どうやって信頼できる人を見分ければいいのか?
ふと思いついて、直樹は「@Misaki_23」にDMを送ってみることにした。彼女は既に「向こう側」に行ったとされる人物。もしかしたら、何か知っているかもしれない。
「@Misaki_23さん、もしあなたが本物なら、教えてください。このアプリから逃れる方法はありますか?」
送信後、すぐに返信が来た。
「逃れる方法?それは物語を完成させること。あなたの物語が終わりに近づいています。でも安心して。『向こう側』は、あなたが想像するよりずっと素晴らしい場所よ」
意味がわからない返信に、直樹は再度メッセージを送った。
「物語とは何ですか?私は何をすればいいんですか?」
「語り続けるだけ。それがあなたの役目。でも、もうすぐ私たちに会えるわ。待ってるね」
直樹はスマホを置き、頭を抱えた。意味不明な会話だが、一つだけ確かなのは、このアプリから逃れる方法はないらしいということ。
その日の午後3時、直樹は再び投稿を強いられた。
「『向こう側』との接触が始まっています。@Misaki_23と会話しました。彼女は確かに存在し、『向こう側』から私たちを見ています。彼女は『物語を完成させること』が重要だと言いました。この物語とは何なのでしょうか…」
投稿後、直樹のフォロワーは急増し、夕方には5,000人を超えていた。
「あと5,000フォロワー」
半分になった。カウントダウンが加速しているようだった。
直樹はますます現実との接点を失っていた。クレジットカードが使えなくなり、マンションのオートロックが反応しなくなった。まるで、この世界から徐々に消されているかのようだった。
唯一、彼とつながっていたのはナイトウィスパーのユーザーたちだけ。彼らは直樹の投稿に熱狂し、質問を投げかけ、応援のメッセージを送ってきた。
「@Naoki_Tech、最後まで頑張って!」
「あなたの物語、とても興味深いわ」
「もうすぐ『向こう側』に行けるね!」
しかし、それらのコメントが本当に人間からのものなのか、それとも「向こう側」からのものなのか、もはや区別がつかなかった。
その夜、午前3時の投稿では、直樹は自分の変化について詳細に書いた。
「私の存在が現実世界から消えつつあります。記憶と現実のギャップは広がり、私を知る人々も、私の痕跡も消されています。残されているのはナイトウィスパーでの存在だけ。私はもはや『物語』になりつつあるのでしょうか…」
投稿後、直樹の頭痛は極限に達した。そして、彼は自分の肌に異変を感じた。腕を見ると、淡い文字のような模様が浮かび上がっていた。よく見ると、それはナイトウィスパーでの自分の投稿の断片だった。
「俺の体に…物語が刻まれている…」
直樹は恐怖に震えた。しかし同時に、奇妙な解放感も覚えていた。もはや抵抗しても無駄だと悟ったのかもしれない。
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翌日、直樹は自分のアパートから出られなくなっていた。ドアを開けても、そこには無限の闇が広がっているだけだった。窓からは見知らぬ風景が見え、テレビや電話は一切機能しなかった。
唯一つながっていたのはナイトウィスパーのアプリだけ。フォロワー数は8,000人に達していた。
「あと2,000フォロワー」
直樹は諦めの境地で、午後3時の投稿を準備した。
「私の世界は狭まり続けています。外部との接触はすべて断たれ、残されたのはこのアプリだけです。私の体には物語が刻まれ始め、私自身が『テキスト』になりつつあります。これが『向こう側』へ行く過程なのでしょうか…」
投稿後、直樹のアパートの壁が変化し始めた。壁一面に、彼の投稿内容が浮かび上がっていた。まるで、部屋そのものが物語の一部になったかのように。
夕方、フォロワー数は9,000人に達した。
「あと1,000フォロワー」
残り僅か。直樹は恐怖と共に、ある種の覚悟も決めていた。
「もう逃れられないなら、せめて最後の投稿は自分の意思で…」
直樹は力を振り絞り、最後の投稿を自分で書くことにした。午前3時を待たず、自分のタイミングで。
彼は震える手でキーボードを叩き始めた。
「これが最後の投稿になるでしょう。フォロワーは9,500人に達し、あと少しで『向こう側』へ行くことになります。皆さんに伝えたいのは、このアプリに手を出さないでください。これは単なるSNSではなく、異世界からの窓口です。彼らは私たちの物語を必要としている…なぜなら…」
しかし、その瞬間、直樹の全身に激痛が走った。彼は床に倒れ込み、スマホを落とした。体中の皮膚に文字が浮かび上がり、まるで彼自身が一冊の本になったかのように。
痛みに耐えながら、直樹は這いつくばってスマホに手を伸ばした。しかし、画面は既に変化していた。彼が書こうとしていた文章は消え、代わりに別の文章が表示されていた。
「皆さん、ついに私の旅も終わりに近づきました。1万人のフォロワーを目前に、私は『向こう側』への準備を終えています。恐れることはありません。これは終わりではなく、新たな始まり。『向こう側』で、私は永遠の物語になります。皆さんも、いつか私の物語を読むでしょう…」
直樹は必死にスマホを掴み、投稿を阻止しようとした。しかし、彼の指が画面に触れた瞬間、投稿ボタンが押されてしまった。
「投稿しました。素晴らしい物語をありがとう」
次の瞬間、部屋の電気が消え、暗闇に包まれた。そして、スマホの画面だけが赤く光り、最後の通知が表示された。
「フォロワー10,000人達成。おめでとう、@Naoki_Tech」
直樹の意識が薄れていく中、彼は多くの声が囁くのを聞いた。
「素晴らしい物語…」
「次はあなたの番…」
「私たちの一部に…」
そして、光が消えた。
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