お助けキャラと異世界英雄譚ードキドキ! 竜王討伐編ー

揺 赤紫

第一話 旅のお供は『お助けキャラ』

 ユウキは現状についていくのに精いっぱいだった。


 目の前でパタパタと動き回る存在がいた。

 本人曰くつるつるの白い鱗に覆われた魅惑ボディ。チャームポイントはほんのりとひねりを利かせた二つの黄金の角。

 いわゆるドラゴンというべき特徴だが、全体的に可愛らしくデフォルメされたぬいぐるみ。


『――と、いう訳で、今日から僕が君のお助けキャラだよっ!』

「なにが『という訳』だよ!」


 語り終えた謎の浮遊物が「えっへん」と言わんばかりに胸を張っている。

 混乱しながら即座に突っ込んだユウキは頭を抱えた。


 そう、彼は異世界転生を果たしていた。

 見上げればいくつあるか分からない太陽。九つもあるのはさすがに欲張りすぎではないか。ユウキは現実逃避すらできなかった。


「俺を帰してくれっ、今すぐにでも!」

『んー出来たらそうしたいけど、それだったら僕は派遣されないんだよネー』

「じゃあせめて安全な場所に連れていけよ」


 ユウキの隣を風に吹かれた木の葉が通り過ぎる。


『ここは安全だよー、ほら、村があるでしょ』


 そう短い前足で示された先に、確かに村があった。入り口の手前になだらかな平原と畑が続く。ユウキには小麦に見えるが、先っぽだけ紫色の毒々しい植物である時点で、また常識が吹っ飛んでいく。


「毒にしか見えないんだけど。アレなに」

『あれはねー、ボムグだよ』


 やはり謎の植物だった。

 フレッシュな草の香りに混じって微かな土とたい肥の名状しがたい香りが混ざり合うこの道をとぼとぼと歩き、彼は先ほどまでの話を頭の中で総括する。


 この世界はリーデルハイラというらしい。

 リーデルハイラへとやって来る異世界人には必ず『お助けキャラ』という存在が派遣される。ぬいぐるみ曰く『慈悲深い神様』の計らいで、彼らのサポートを得ながらこの世界を生きていく、と。


 そもそも、それなら直接会ってチート特典をくれればいいのでは。そう彼が話をしたら、ぬいぐるみは『うっ、存在が否定された!』とわざとらしい悲鳴を上げて後ろにひっくり返った。そして『慈悲深い神様』がどんな境遇に立たされているのかを力説した。


 今、リーデルハイラ内では魔王が乱立して神様さえも容易に手出しができなくなっている。

 そんな過酷な状態でも異世界人を慮る神様に胸を打たれたために、『お助けキャラ』達もまた、神様の御心のままに異世界人をサポートしているのだと。


 ユウキは魔王のくだりに恐怖した。

 ただの一般人である自分に、何が出来るのだろう。すぐにどうにか普通に暮らせるようになりたい、だからリーデルハイラについて更に質問をしようと口を開いたところで――


「敵襲ーっ!」


 怒号が響いた。

 エコーのかかった雄たけびと慌ただしい地鳴りにユウキは硬直する。


 どんどんどん、と自動車エンジンのような爆音。

 それに混ざって背後からもつんざくような鳴き声が迫る。振り返ると九つの太陽を背にして蝙蝠の翼を広げる赤い物体が舞い降りようとしていた。


『ホラこっちだよ!』


 生存本能が刺激されたユウキはぬいぐるみの掛け声のままに逃げた。まだ死にたくない。死んだら終わりだ。


 ぬいぐるみの側にあるまだらな茂みに隠れる。枝に引っかかって手に傷を作った。興奮しているせいか、痛いというよりもかゆい。


「なんだよアレ!?」

『ドラコドンだよ』


 ドラゴンとは微妙に違う名称にユウキは更に混乱した。


「ドラコドン、って何だよ」

『えーと、あれだよ。ほら、あれ……あれ?』


 言葉が出てこないのか、ぬいぐるみは指を振ってホバリングしている。

 目の前では武装集団とドラゴンに似た何かが戦闘を始めた。


 剣戟の音が響いてユウキは耳を塞ぐ。やがて音は小さくなり、あたりは静寂に包まれた。終わったのか。ユウキはちらりと茂みから顔を出すとすぐ近くに髭の濃い顔が迫っていた。

 立ち上がったユウキに、ひげ面の男が剣を突きつける。絶体絶命、今こそ『お助けキャラ』の力が必要だ。


 しかし、彼が視線をそらすと、タブレットをいじっているぬいぐるみが目に入った。

 世界観をぶち壊すような超最新薄型のタブレット。シルバーに塗装された文明の利器のその画面を、ぬいぐるみがユウキに向けた。


【お前は誰だ! と聞かれたら、勇者です、と答える事】


 はっきりと日本語の文字が踊っている。

 何をしているのだろう。すぐに助けてくれるはずじゃないのか。ユウキが呆然とすると、ひげ面は険しい声を発した。


「村の者ではないな、誰だ!」


 タブレットを掲げながらぬいぐるみがパタパタと近づいてくる。目の前で踊っている「勇者」の文字で頭がいっぱいになりながらユウキは対話を試みた。


「え、えと、勇者、そう勇者です!」


 これで危機を脱する事が出来るのだろうか。鼓動がバクバクと最速値を更新していく。

 ひげ面はあからさまに警戒した。首をかしげるぬいぐるみの様子からして、状況が悪化した。そうユウキは確信する。


「勇者ぁ? そのヒョロい体なわけねーだろ!?」

「そうです仰る通りです!」


 ユウキが震えたところで、ぬいぐるみはタブレットをどこかにしまって考え込む。


『おかしいなあ。この辺りは勇者伝説が根付いてたはずなのに』

「意味わかんねーこと言うなよ!」


 思わずぬいぐるみに突っ込んだユウキの首に刃が迫る。


「アグボロデ! デバオ!」

「何言ってるんだよ!」

「ボガボガ、デンドドラコドラ!」


 先ほど聞いたドラコドラという単語が出てきたが他は意味不明だった。通じていたはずの言葉はどうした。ユウキは混乱の中、両手を上げて力の限り叫んだ。


「無実です! 俺ただの一般人です!」

『あ! そうかそうか。五百年前の資料だった。ごめんね、ユウザン』

「俺はユウキだよぉぉ!」

『ここは魔王領の境だったみたい。ちょっと待っててねー、えーと、あった!』


 何やらパネルタッチで操作するぬいぐるみがあまりにもマイペースでユウキは絶叫した。


「俺死んじゃう! 死んじゃうって!」

「デバオ! バルバンドラコ!」

「助けてくれー!」


 剣がユウキの体に突き刺さる。


 その瞬間、ユウキはまた最初の場所に立っていた。

 皮膚が裂ける感覚が生々しく残っている。お腹をめくり上げて出血を確認するも、綺麗なまま。

 へなへなと座り込んだユウキにぬいぐるみが声をかけた。


『ごめんねー、チュートリアルモード中でよかったー』


 死にかけたユウキにそう声をかけるぬいぐるみは、あまりにも呑気だった。


『災難だったよー、僕、この周辺の担当がだいぶ前だったから……勘を取り戻してきたからさ、次は大丈夫』


 本当は『お助けキャラ』ではなく悪魔なのではないか。そんな思考がユウキの頭をかすめる。

 ユウキはびくびくしながらその白の未確認生命体を見つめる。


 また爆音が辺り一帯に響き渡る。学習したユウキは猛スピードで茂みに隠れた。


 同じようにドラコドンと村人達が現れた。今度はドラコドンにひれ伏す村人。そして、ひときわ大きい個体が鳴いた。


「人間達ヨ、我ラ偉大ナル魔物ニ贄ヲ捧ゲヨ」

「も、もうそんなものねえ! 俺らの牛はみんな潰した! 勘弁してくだせえっ!」


 今度ははっきりと言語が分かる。ユウキは固唾を呑んで見守った。


「ナレバ捧ゲヨ。美味ナル魔力ヲ」


 ドラコドンが弁明する人間を頭から平らげた。

 腰を抜かした残りの村人達はお互いに抱き合って己の運命を嘆いていた。どう考えても、ドラコドラによってこの村が滅ぼされる流れ。

 ユウキはひたすら「ナミアムダブツ」とうろ覚えの読経で彼らの成仏を祈る。


 そんな場面で、ぬいぐるみがユウキの肩を叩いた。


『ユウキ、ここで飛び出すんだ』

「絶対に食べられて終わるじゃん」

『今度は大丈夫だってー、ほら、僕がお助けするから』


 相変わらずぬいぐるみは呑気に発言する。ユウキはもう騙されない。


『ほら、行ってらっしゃい!』


 しかし、三人目が食べられかけたところで背中を強く押されて物陰から飛び出してしまった。


 ドラコドンと目が合ったユウキはまるで蛇に睨まれた蛙だった。視線を逸らしたら食われる。逸らさなくても食われる。

 全身が逆立ったように震えた。


 その時だった。目を合わせていたドラコドンが吹っ飛ばされる。


『イヤッホウ! さっすがオレ様!』


 どこからかドスの聞いた男の歓声が湧いたが、ユウキは何が起こったか理解できなかった。ポカンと唐突に現れたユウキを凝視する村人達とドラコドン。そして煙たなびく春の隣山。

 後ろを振り返ると、ぬいぐるみは『すごいすごい、やったね!』と手を叩いて喜んだ。


 これが、異世界チートというものか。ぬいぐるみによって内なる力に目覚めたのか。

 ユウキは次のドラコドンを見つめた。やはり、ドラコドンは隣山まで吹っ飛んでいった。モノを動かす能力ということは理解できた。


 しかし、副音声が気になる。

 先程から『ゴーーーール!』や『行っけええっ!』とドラコドンが吹っ飛ぶたびに聞こえる。この激しい男の声は誰だ。

 ユウキは試しに右腕を抑えてみた。特に何も変わらず、『圧勝おぉぉぉ!』という声がまた響いた。


 全てのドラコドンが隣山の穴になったところで、ユウキは村人達に取り囲まれて胴上げをされた。


「バブナフ、ドラコドン!」

「バブナフ、ドラコドン!」


 相変わらず理解できない言語だったが、ユウキはようやく危機が去ったことを実感して村人たちと一緒に「バブナフ、ドラコドン!」と叫んだ。

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