僕はヒーローになる!

桔梗 浬

悪い奴は僕がやっつけてあげる!

「正義の力をその身に纏い、今ここに奇跡を起こす! お前ら、覚悟しろ!!」


 小さな男の子の声が公園に響き渡る。

 どうやら子どもたちがジャングルジムの周りでヒーローごっこをしている様だ。何とも微笑ましい光景だ。

 全員が想い想いのヒーローになりきって大声で吠えている。

 悪役がいないのは、それはそれで良いのだろうが、側から見ればヒーロー同士の戦い、何を守る戦いなんだ? と思わずにはいられない。


 俺は苦笑いをしつつ、彼らのやりとりを眺めていた。

 すると……。



「サンダーストームスラッーーシュ!」


―― サンダー……!? 嘘だろ?


 俺の耳に確かに聞こえた子どもの声。

 俺の脳が覚醒された。

 一気に全身に力がみなぎり、俺は声の主を探す。


 誰だ!? 俺の聞き間違いだったのだろうか?

 こんな古い戦隊モノのセリフを子どもが知っているわけがないのだ。


「何だそれ、新しいヒーロー技?」

「知らないの?」

「うん」


―― そりゃぁ〜知らないだろう。もう10年ほど前のローカル戦隊モノだ。君たちは生まれてない。


「YouTubeで見たんだよ。『ヒーロー戦隊フルーツバスケット』! リーダーのアッポーがすごくかっこいいんだ」


 男の子がキラキラした瞳で説明をしている。

 アッポーを知っているなんて……俺の心が踊り始めた。でも、周りの子はどんどんテンションが下がっていくのがわかる。


「それ、めっちゃ古いやつだろ? ダッサ」

「フルーツって、弱っちくね?」

「だよね。何かしらけちゃったなー。僕帰るね」


 一人の子が帰ると言い出し、みんなが「そうだね。またね」と家路に急ぐ。


「えー、ヒーロー戦隊『フルーツバスケット』ここからがかっこいいんだ!」


 男の子が一生懸命話をしているも、ポツンと取り残されてしまった。

 すごく寂しそうなその姿にいたたまれず、俺は立ち上がっていた。


「ヒーロー戦隊『フルーツバスケット』! 正義の力をその身に纏い、今ここに奇跡を起こす!」


 俺は男の子に向かって、何十年ぶりかにキメポーズをやって見せた。

 すると俺に気付いた男の子の瞳が輝いた。


「おじさん、知ってるの?」

「あぁ。おじさんの青春だよ」

「僕ね、大きくなったらレッドアッポーになるんだ!」


 いや……どんなに頑張っても戦隊ヒーロはドラマの中の事だ。アッポーにはなれない。

 そんな現実を知っている大人にとって、この男の子の瞳は眩しすぎる。


「そしてね、悪い奴をやっつけて世界を救うんだ!」


 男の子はそう言うとアッポーのキメポーズを俺に見せてくれた。すごく嬉しそうだ。


「他にも世界を救うヒーローはいっぱいいるだろう? スーパーマンとかスパイダーマンとか」

「おじさん、わかってないなー。アッポーはめちゃくちゃかっこいいんだ。壁も乗り越えるし、お料理もできちゃうんだ。そして弱い子を見捨てない! 自分の命より仲間を守るんだよ」

「そうだね」

「内緒なんだけどね。アッポーはね僕のお父さんなんだ」


 俺は自分の耳を疑った。

 俺に子どもは……。


「ママが教えてくれたんだよ。だから僕はアッポーみたいに強くなってママを守るんだ!」


 俺は多分固まっていたんだ。

 男の子が心配そうに俺を見ている。


「あ、ごめん。君のママの名前は?」

「三崎 香奈。僕は昇太!」



「昇太〜。帰りましょう!」

「あ、ママだ」


 男の子は「またね、おじさん!」と手を振り、公園を抜け母親らしい女性の元へ走って行ってしまった。


 香奈……。

 俺が若手俳優として頑張っていた頃、付き合っていた彼女だ。映画出演が決まって波に乗り始めた頃、彼女は俺の前から姿を消した。


 俺は芸能界という世界に憧れを抱き、家庭を持つことすら望んでいなかったから、彼女が消えた事は好都合だったんだ。


「子どもが……?」


 香奈は俺のために身を引いたのか? 苗字も変わっていない様だったけど、今は幸せなんだろうか?


『おじさん! アッポーは何があっても立ち上がるんだよ。だからね、おじさんも悲しい顔しないで。僕が悪い奴をやっつけてあげるから』


 先ほどの昇太の言葉が蘇る。


「もう一度、俺も頑張るか……。もう一度子どもたちに希望を与えられる様に。そして昇太に憧れ続けてもらうために」


 俺はスマホを取り出す。

 どんな小さな役でも、もうヒーロー役は来ないとしても、前に進もう。


 立ち止まっている暇は……ないな。


「正義の力をその身に纏い、今ここに奇跡を起こす!」


 俺はアッポーのセリフを呟いていた。



END

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