【KAC20252】憧れで灯った熱は、所詮はため息のようなモノだから

尾岡れき@猫部

無意識に、ため息が漏れていた。


(……複雑)


 僕は小さく息をついて――きっと気付かれなかったと思う。文芸部の部室である図書室の奥。司書室で僕らは、原稿の取り組みながら、いつも通りじゃれあって。


 ここでは無邪気に笑っているけれど、僕らの関係は、端から見たら呆れられ――異常だと思う。


 親友、上川冬希かみかわふゆき。元COLORSカラーズの真冬。そう、彼は元芸能人なのだ。一切、そんな過去ムカシに鼻にかけないけれど。むしろ、そこを触れられる過敏に嫌がる傾向にある。


 下河雪姫しもかわゆき。冬希の彼女。幼馴染みで、かつての僕の想い人。今は、その気持ちはもう踏ん切れた。


 黄島彩音きしまあやね。同じく僕の幼馴染みで、ピンクブラウンの髪が印象的な見た目ギャルっ子。本当なら、僕や下河とは違うグループに所属していそうな、いわゆるな彩音は、今日も僕らの傍にいる。


 ――私達のというよりは、海崎君のね。


 下河が意味深に笑むが、その理由が分からない。

 僕は、ココアを口につける。この司書室、顧問の趣味でコーヒーサイフォンやらミル、ドリンクサーバー、おつまみのお菓子やらで充実し過ぎていた。勿論、貴重な資料は書庫にしっかりと収められていることは大前提。そこらへんは本好きの冬希が何より徹底している。


「ねぇ、上にゃん」


 彩音が言う。


「ん?」

「サインちょうだいよ~」


 少し甘えた声で、冬希に言う。それを僕は胸中に複雑な感情を蠢かせながら聞く。


 なんで? と疑問を呈せば、自分でも良く分らない。彩音がCOLORSの真冬が好きなのも、ずっと知っていた。現実に本人が真横にいたら、そんな反応になるのも当然で。。


「サイン、コサイン、タンジェント?」

「分かって言ってるでしょ!」


「見送りで、ボール」

「ハンドサインちゃうわっ!」


「「(好き、好き、大好き)」」

「上にゃんも、雪姫ゆっき手話サインでイチャイチャしないでよーっ!」


 まぁ、終始こんな感じ。本人はCOLORSの真冬として見られることは嫌がるけれど、かといって過去のことを否定しない。未だ、ファンと寄ってくる子を邪険にはしないし。今のCOLORSを冬希自身、ちゃんと応援している。なにより――。


(良いヤツなんだよなぁ)


 そこに尽きる。

 スカした色男だったら、単純に嫌いになれたのに。


 良いヤツすぎる。

 憎めないんだ。


 それでも、モヤモヤした感情は溶けてくれないから、対処に困って――。





「光」


 冬希が僕の名前を呼んで、ぼそっと呟く。


「へ?」


 思わず、その言葉に上擦った声をあげてしまい、冬希に視線を送る。


「なんなの? 男子で内緒話をしちゃってさ」

 ぷくぅと、彩音が頬を膨らます。除け者反対と全力で主張していた。


「ん? loungeラウンジLaunchランチlover'sラバーズの握手会があるから、どうかなって」


「「「はぁぁぁっ?!」」」


 冬希以外の三人の声が重なった。いや、そりゃ最近、好きだよ。渡小鳥ちゃんは可愛いと思うし。でも、そんなこと冬希は一言もいってなかったよね?


「ひかちゃんっ?!」

「冬君?!」


 下河の逆鱗に触れた冬希にザマァって思ったのは許してもらおう。幼馴染みとして、それなりの期間を付き合ってきたけれど、彼女は意外にヤキモチ妬きなのだと知ったのは、つい最近のことだった。


 それは、それとして――彩音まで怒り出す意味が分からない。


「彩音だって、真冬様を推してたじゃんっ!」

「私は、ヨコシマな目で見てないもんっ」


「まるで、僕が邪な目で見ているみたいじゃんかっ!?」

「冬君もやっぱり、そういう子が好きなの?」


「俺が好きなのは、雪姫だって」

「む~。そうやって、いつも誤魔化す」

「別に誤魔化してなんか――」


「「よそでやれっ!」」


 僕と彩音の言葉が、息ぴったりに重なって。推しに特別な感情があるのかどうか。そんなくだらない議論が、もう少しだけ続きそうだった。







■■■





 ――憧れで灯った熱なんて、所詮はため息のようなものだから。


 冬希が囁いた言葉が、今も鼓膜の奥底で響く。


 ――結局、目を閉じてさ。瞼の裏側に灼きついた人の表情の方が、重要なんじゃないかって、思うけどね。




(……なにそれ)


 って思ったけれど。

 反論する余裕も無くて。




だって……。





 瞼の裏側に灼きついている、笑顔は――。

 




【おしまい】

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