憧れのチョコレートパフェ(ジャンボ)

島本 葉

憧れのチョコレートパフェ(ジャンボ)

 駅前の喫茶店「スイーツギルド・ルミエール」には、ひときわ目を惹くメニューがある。 


『憧れのチョコレートパフェ(ジャンボ)』 


 チョコレートパフェ、ではない。憧れのチョコレートパフェ(ジャンボ)だ。


 グラスの高さはその名に恥じず三十センチはあるだろうか。下からチョコレートソースが絡んだコーンフレーク、濃厚なチョコアイス、生クリーム、さらにガトーショコラのキューブが贅沢に詰め込まれている。


 そこに追い討ちをかけるように少し濃いめのチョコレートソースがこれでもかとかけられていて、天頂には大きなチョコスティック(おそらくチョコバット)が堂々とそびえ立つ。


 高校の帰り道、いつもショーウィンドウに飾られたサンプルを見ては、「こんなの食べられるやついるのか」と笑っていたのだ。そしてこんなでかいサンプルを飾った店主もどうかしてると思っていた。


 それなのに、まさか自分がその件の『憧れのチョコレートパフェ(ジャンボ)』に挑戦することになろうとは。


「本当に頼むの?」


 向かいに座る親友の圭介が半笑いで聞いてくる。


「当たり前だろ? 男には戦うべき時がある。今がその時だ」


 俺の目的は、このパフェを食べきること……ではない。夏帆ちゃんに「すごいね!」って言われることだ。


 夏帆ちゃんは俺の憧れのクラスメートだ。明るくて、笑顔がとんでもなく可愛い。思い出すだけでもドキドキしてくる。誰に対しても優しくて、クラスの男子はみんな彼女に片想いしている。もちろん俺もその一人だ。


 先日の昼休みに何気なく夏帆ちゃんが話しているのが聞こえたのだ。


「あのジャンボパフェ、気になるんだよね。でも、私一人じゃ絶対食べきれないし、さすがに頼めないよね〜」


 これだ! と思った。


 彼女との関係を一歩進めるのはこれしかない、と。


 あのパフェ(ジャンボ)を俺が食べきる。完食して、「すごいね!」と言ってもらうのだ。そしてその流れで「今度一緒に食べに行こうよ」とデートに誘うのだ。実績をたてて他の奴らと差をつけてやる。


「いやー、普通にデートに誘ったら良くない?」


 圭介は呆れたように言った。ちきしょうめ。お前は顔がそこそこ整ってい彼女がいるからそんなに風に言えるんだよ。


 ホールにいた店員さんに目で合図をしてこちらに呼ぶ。 


「憧れのチョコレートパフェ(ジャンボ)一つとホットコーヒーで」


 店員さんが注文を受けると、店内がすこしざわついた。


「おいおい、また挑戦者が現れたぞ」

「あの小僧死んだな」


 そんな声が聞こえてくる。だが、俺の決意は揺るがないぞ。

 

 そしてついに、運ばれてきた憧れのチョコレートパフェ(ジャンボ)。


 ……で、でかい。


 間近で見ると、想像していたよりもはるかに巨大だ。目の前にそびえ立つTHEチョコレートタワーに、俺は思わず息を呑む。


「お、お前……これ本当に食べきれるのか?」

「やるしかない……!」


 一口目。スプーン(カレー用)を差し入れると、とろりと溶けたチョコレートソースが絡みついた。口に入れると、濃厚なカカオの香りが広がり、甘さとほろ苦さが絶妙に調和している。これは……美味い!


 二口目、三口目と食べ進める。ひんやりしたチョコアイス、ふわふわの生クリーム、サクサクのコーンフレーク。食感と甘さとほろ苦さが飽きさせることなく俺を攻めたてる。


 これならいくらでも食べられる!


 しかし、異変は五分が経過した頃に現れた。


「……やばい。甘さが……」


 チョコレートの甘さがじわじわと胃に溜まってくる。スプーンを握る手が鈍くなり、ついにはガトーショコラの黒い断崖が視界の端でそびえ立っていた。


 腹いっぱいというわけではないのに、腕が動かない。身体が糖分を拒否しているのか?


「無理すんなよ?」


 圭介が呆れたように言うが、今更ここで引き下がるわけにはいかない。夏帆ちゃん、俺はやるぞ。


 俺は震える手でコーヒーを飲んだ。ブラックの苦みが口の中の甘さを洗い流し、再び戦える気力が湧いてくるのを感じる。


「……まだ、いける……!」


 そこからはまさに死闘だった。アイスが溶けないうちにと食べ進め、甘さが限界に達したらコーヒーでリセットする。ホットコーヒーを注文したのは英断だった。食感と甘い苦いを巧みにコントロールしながら少しずつ、確実に、ジャンボパフェを攻略していった。


 そして、ついに!


「……終わった……!」


 最後の一口を飲み込んだ瞬間、店内に小さな拍手が巻き起こった。俺は椅子にのけぞりながら、達成感に包まれていた。


「すげえな、お前……尊敬するわ」


 圭介が呆れつつも感心したように笑う。


 胃は限界で、動く気力もない。でも、心は満たされていた。


 憧れのチョコレートパフェ(ジャンボ)を食べきった。俺は今、最高に幸せだ。


 ……しばらくは、チョコレートは見たくないけど。


 次の日、学校で夏帆ちゃんに「ジャンボパフェ食べたんだって?」と声をかけられた。俺は飛び上がって喜びを表現したいところだったけど、気持ちを落ち着けて平静を装う。


「うん。なんとか完食したよ」

「えー、ずるい! 誘ってくれたらよかったのに。私も見たかったな〜」


 ちょっと頬をふくらませるように笑う夏帆ちゃん。うん、かわいすぎる。え? あれ? あれ? 誘ったら良かった? 誘って良かったの?


「だって、あのパフェ気になってたんだもん。一緒に行こうって言ってくれたら」

「じゃ、じゃあ今度……」

「うん?」

「……いや、なんでもない」


 夏帆ちゃんは「?」と小首をかしげていたが、「またね!」と笑って教室へ戻っていった。


 その後ろ姿を見送りながら、俺は机に突っ伏した。


「俺は、バカか……」

「だから言ったろ。普通に誘えばいんだよ」


 いつの間にか隣にいた圭介が肩を叩く。


「うるさい」

「次こそは誘えよ?」

「うるさいよ」


 そういえば、あの店のメニューには『夢見るストロベリーパフェ(夢はメガ盛り)』というのもあったな。

 

 俺は机に顔を埋めたまま、決意を新たにするのだった。


 完

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憧れのチョコレートパフェ(ジャンボ) 島本 葉 @shimapon

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