猫吸いをキメた今ならなんでもできる気がしただけだった。

黒いたち

猫吸いをキメた今ならなんでもできる気がしただけだった

 工房こうぼうのソファに陽があたる時間、愛猫はそこで昼寝をする。ひげをぴくぴくとゆらし、やわらかい体をくねらせて、ねがえりをうつ。年季ねんきがはいった革張りのソファが、極上のベッドにみえた。


 いいなぁ、しあわせそう。


 おもわず近寄り、のぞきこむ。

 かおにかかる髪が邪魔で、作業エプロンに入っていた輪ゴムでくくる。

 これで猫の表情が、よくみえる。


 猫みたいな自由な生き方にあこがれるが、たぶん私はなにかに縛られていないと、すぐに堕落的かつ怠惰たいだな生活になってしまう。自覚はある。証拠もある。作業台の、折れた光剣レーザーブレードの山がそうだ。


 そっと作業台さぎょうだいを振りかえる。

 きのう数えた時は七本で、夜中に妖精さんが現れて修理しました! 的なことが起きてなければ、まぁ今日も七本あるのだろう。


 期限は明朝。残された時間は、あと二十時間。

 一本で二時間ほどかかるので、徹夜てつやすれば、よゆうを持ってしあがる計算だ。


 しごとは猫のため。だから猫にも協力してもらおう。


 猫の腹にかおをうずめ、めいっぱい吸いこむ。

 やわらかくあたたかな腹から、太陽とけもののにおいがした。


 愛猫が飛びおき、私のあたまをペシッとはたく。

 昼寝を邪魔されて半ギレの猫に、私は挙手きょしゅして宣言する。


猫吸ねこすいは飼い主の権利です!」 

「だれが猫だ! 俺は獅子人ししびとだっつってんだろ」


 たちあがった彼はでかい。

 獅子の獣人であることに加え、二刀流部隊という軍事会社勤務のため、鍛えぬかれた体をしている。

 獅子人には獅子ししとしての誇りがあるらしいが、「飼い主」の部分を否定しないので、獣人の気にするポイントはよくわからない。


 彼はおおきく伸びをして、耳をかき、前髪の輪ゴムにきづく。


「おい。輪ゴムはからまるからやめろって、きのうも言っただろ。悪いのは耳か、あたまか」

「だってガイヤくんの寝顔、好きなんだもん」

「はあ!?」


 とつぜんの大声に、耳がキーンとする。

 さすが獅子人。咆哮ほうこうの声量がすごい。

 

 不服ふふくそうに輪ゴムをはずす彼に、素朴な疑問をなげかける。


「ガイヤくんさぁ、まいにち来てるけど、ヒマなの?」

「だから光剣レーザーブレードが無いと仕事になんねぇんだよ。いわばおまえの監視役だ」

「昼寝しかしてないじゃん」

「飯も作ってやってるだろ」

「肉だけ焼いたやつ」

「旨いだろ」

「猫吸いをキメた方が、やる気出るんだけど」

つかまれ変態」

「残念でした合法でーす」

「相手が嫌ならハラスメントで―す」


 舌打ちをはらむ口調に、私は気分が急降下するのを感じた。

 

「……そんなに嫌だった?」


 表情をうかがうと、彼は口元をもごもごさせ、いきなり私のあたまをかきまぜた。


「お、俺以外のやつにやったら捕まるって、忠告しただけだ」

「痛い」


 抗議すると手が離れたので、それをすかさず捕まえる。


「やっぱり肉球がいちばん香ばし――」

「かぐな!」


 手を取り返したガイヤくんが、背をむける。

 ああ、もう帰っちゃうんだと思っていたら、どっかりとソファに座りなおした。


「今日は一晩中、監視かんししてやる。おまえがサボらないように」

「え、ガイヤくん泊まるの」

「わるいか」

「何して遊ぶ!?」

「仕事しろ!」


 本当に期限がやばいんだぞ解っているのか、と律儀にさとすガイヤくんに、笑いがこみあげてくる。


「よーし、やるぞー!」


 ついでにやる気も湧いてきて、背筋を伸ばして作業台にむかう。

 光剣レーザーブレードはどれも傷だらけで、戦闘のはげしさを物語る。


 亜人あじんは手ごわい。

 魔物とくらべて知能がたかく、人間や獣人をエサだと認識し、武器をたずさえりにくる。

 街には障壁バリアが張られているが、よわい場所をやぶって亜人が侵入し、パニックが起きたこともある。


 だから二刀流部隊は、積極的に亜人を討伐とうばつする。

 

 帰還した部隊は、道の両端にあつまる民衆にむかえられる。

 さながら凱旋がいせんのようだが、その視線は好意的なものばかりではない。二刀流部隊は、このところ大きな成果をあげられずにいた。


 それでも。

 今日、街がほろびていないことは、二刀流部隊の功績だ。

 

「二刀流部隊は、ヒーローだ」

「そんないいもんじゃねぇよ」

「ちびっこたちのあこがれじゃん」

「そのあこがれの半分は、おまえが作っている」


 おもわずかおをあげる。じっとこちらをみつめる琥珀色こはくいろの瞳から、なぜだか目がはなせない。


「……私は、ただの修理屋だ」

「おまえの能力はすばらしい。もっと誇りをもて」


 くさいセリフを本気で言っても、さまになってしまうから獣人はずるい。

 

「そんなこと言われたら、サボれないじゃん」

「ま、せいぜい励め」

二徹にてつめだけど、なんとかなるか」

「いますぐ仮眠しろ」

「ええ? まにあわなくなるよ」


 ガイヤくんはソファのはしに寄り、座面をたたいてニヤリと笑う。 


「いまなら俺のひざまくら付きだ」

「仮眠だいすきー!」


 いきおいいさんでソファに飛びこみ、ガイヤくんのひざに寝転ぶ。太もものほどよい弾力を、めをとじて堪能たんのうする。


「休憩も仕事のうちだ。ベストパフォーマンスを発揮できるよう、体調管理にも気をつかえ」


 ガイヤくんの声がとおい。あらがえない眠気に、だいぶつかれていたことをようやく自覚する。

 あたまをそっと撫でられる感触がきもちいい。


「おまえがいるから、俺は戦える」


 やさしい声音を聞きながら、私は心地好ここちよく意識を手放した。

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