猫吸いをキメた今ならなんでもできる気がしただけだった。
黒いたち
猫吸いをキメた今ならなんでもできる気がしただけだった
いいなぁ、しあわせそう。
おもわず近寄り、のぞきこむ。
かおにかかる髪が邪魔で、作業エプロンに入っていた輪ゴムでくくる。
これで猫の表情が、よくみえる。
猫みたいな自由な生き方にあこがれるが、たぶん私はなにかに縛られていないと、すぐに堕落的かつ
そっと
きのう数えた時は七本で、夜中に妖精さんが現れて修理しました! 的なことが起きてなければ、まぁ今日も七本あるのだろう。
期限は明朝。残された時間は、あと二十時間。
一本で二時間ほどかかるので、
しごとは猫のため。だから猫にも協力してもらおう。
猫の腹にかおをうずめ、めいっぱい吸いこむ。
やわらかくあたたかな腹から、太陽と
愛猫が飛びおき、私のあたまをペシッとはたく。
昼寝を邪魔されて半ギレの猫に、私は
「
「だれが猫だ! 俺は
たちあがった彼はでかい。
獅子の獣人であることに加え、二刀流部隊という軍事会社勤務のため、鍛えぬかれた体をしている。
獅子人には
彼はおおきく伸びをして、耳をかき、前髪の輪ゴムにきづく。
「おい。輪ゴムは
「だってガイヤくんの寝顔、好きなんだもん」
「はあ!?」
とつぜんの大声に、耳がキーンとする。
さすが獅子人。
「ガイヤくんさぁ、まいにち来てるけど、ヒマなの?」
「だから
「昼寝しかしてないじゃん」
「飯も作ってやってるだろ」
「肉だけ焼いたやつ」
「旨いだろ」
「猫吸いをキメた方が、やる気出るんだけど」
「
「残念でした合法でーす」
「相手が嫌ならハラスメントで―す」
舌打ちをはらむ口調に、私は気分が急降下するのを感じた。
「……そんなに嫌だった?」
表情をうかがうと、彼は口元をもごもごさせ、いきなり私のあたまをかきまぜた。
「お、俺以外のやつにやったら捕まるって、忠告しただけだ」
「痛い」
抗議すると手が離れたので、それをすかさず捕まえる。
「やっぱり肉球がいちばん香ばし――」
「かぐな!」
手を取り返したガイヤくんが、背をむける。
ああ、もう帰っちゃうんだと思っていたら、どっかりとソファに座りなおした。
「今日は一晩中、
「え、ガイヤくん泊まるの」
「わるいか」
「何して遊ぶ!?」
「仕事しろ!」
本当に期限がやばいんだぞ解っているのか、と律儀に
「よーし、やるぞー!」
ついでにやる気も湧いてきて、背筋を伸ばして作業台にむかう。
魔物とくらべて知能がたかく、人間や獣人をエサだと認識し、武器をたずさえ
街には
だから二刀流部隊は、積極的に亜人を
帰還した部隊は、道の両端にあつまる民衆にむかえられる。
さながら
それでも。
今日、街が
「二刀流部隊は、ヒーローだ」
「そんないいもんじゃねぇよ」
「ちびっこたちのあこがれじゃん」
「そのあこがれの半分は、おまえが作っている」
おもわずかおをあげる。じっとこちらをみつめる
「……私は、ただの修理屋だ」
「おまえの能力はすばらしい。もっと誇りをもて」
くさいセリフを本気で言っても、さまになってしまうから獣人はずるい。
「そんなこと言われたら、サボれないじゃん」
「ま、せいぜい励め」
「
「いますぐ仮眠しろ」
「ええ? まにあわなくなるよ」
ガイヤくんはソファの
「いまなら俺のひざまくら付きだ」
「仮眠だいすきー!」
いきおい
「休憩も仕事のうちだ。ベストパフォーマンスを発揮できるよう、体調管理にも気をつかえ」
ガイヤくんの声がとおい。あらがえない眠気に、だいぶつかれていたことをようやく自覚する。
あたまをそっと撫でられる感触がきもちいい。
「おまえがいるから、俺は戦える」
やさしい声音を聞きながら、私は
猫吸いをキメた今ならなんでもできる気がしただけだった。 黒いたち @kuro_itati
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