猫が見ている

夢水 四季

 私の部屋は本で埋め尽くされていた。

 床には読みかけの本が積まれており、テーブルの下にも本だらけであった。

 押入れは布団やアニメグッズで埋まっている。

 私は実家暮らしのアニメオタク、子ども部屋おばさんになってしまっている。

 結婚の話もない。灰色の青春。

 一応パートとして週に3,4日働いているが、その仕事だけで一人で食っていける自信はなかった。親と同居で生活費を請求されないのを良い事に自由気ままに過ごしている。

 私には夢があった。

 専業作家になることだ。

 現在はネットの小説投稿サイトに小説を投稿し、編集部の目に留まることを夢見ている。

 今日も私の「書斎」に入り浸って執筆を続ける。


 私は一匹の白ブチの日本猫を飼っていた。名前は政宗。好きな戦国武将から取ったのだ。

「政宗、ご飯だよ」

「にゃあん」

 政宗は餌皿に広がるサーモンをペロペロと食べる。

「美味しい?」

「にゃあ」

 餌を食べ終えた政宗はキャットタワーに登り、その上から私を見下ろす。

 私も腰を下ろしてパソコンの前に向かう。

 図書館で借りた資料の本をパラパラと捲っていると、一枚のメモが挟まっていた。

 私の部屋にあるブロックメモだ。

 そこには黒々としたボールペンで「君へ」で始まる文章が書かれていた。

「君へ

 少しも知らない男から、突然このような手紙を渡すことを許しておくれ。

 こんなことを言うと、君をひどく吃驚させる思うけれど、僕は今、君に僕の犯した罪を告白しようとしているよ」

 謎のメモは、そこで終わっていた。

「何、これ……?」

 これはきっと前、本を借りていた人が悪戯で入れたものじゃないか。

 そうだ、きっとそうだ。

 私は、そう思うことにして、メモをゴミ箱に放り、小説の執筆に戻った。


 次の日。

 仕事から帰って、服を着替え、小説の執筆に取りかかる。

 また資料の本を捲っていると、昨日とは違うページからメモが、はらりと落ちた。

「僕は数週間の間、普通の人間の生活から隔絶された暮らしをしているんだ。もし何事もなければ、僕は永久に人間界に帰ることはなかったかもしれない。でも最近になって僕の身の上を君に懺悔しようと思うようになったんだ」

 私は昨日のメモをゴミ箱から取り出し並べてみた。

 同じ筆跡だ。

 若干の不気味さはあったが、好奇心の方が勝った。

 これは小説のネタになるぞ。


 次の日。

 また資料本のページにメモが挟まっていた。

「さて、何から話そうか。君にはまず僕の容貌について先に忠告しておきたい。僕は痩せて青白く醜い顔をしている。君の好きなアニメのキャラクターとは正反対の見た目をしている。それを忘れないように」

 こいつは私の趣味であるアニメを知っている。

 果たして、この奇妙な手紙の送り主は、何処から私の情報を得たのか。


 次の日もまた、同じ本にメモが挟まっていた。

まるでソシャゲのログインボーナスのようだ。

「僕が以前していた仕事について話そうか。僕は、ごく普通のブラック企業に勤めていた。もう毎日が地獄だった。サービス残業は当たり前、上からも下からも責められる。毎日へとへとで会社と家を往復する日々。本当に辛かったよ」

 ブラック企業が、ごく普通かは分からないが、好きなことを仕事に出来ない辛さは何となく理解できた。


 次の日。

「ある日、僕は上司に激しく叱責され、蛆虫のような気分になっていた。そんな時、僕は君に出会ったんだ。アニメグッズを、目を輝かせながら選んでいる君、そのキラキラした瞳に、僕は恋に落ちたんだ」

 これはラブレターだったのか。

 未だ顔も知らない男からの好意に背筋がゾッとした。


 次の日。

「僕は、こっそり君の後を付けて家を特定した。その日から君が出勤する時刻に、会社の外回りの時間を合わせて、君の顔を見ようと試みた。君と僕は何度か擦れ違ったのだけれど、君はそれに気付いているかな」

 家を特定? それはストーカーという奴ではないだろうか。

 こんな私にも、そんな存在がいることに悪寒を覚えた。


 次の日。

 私が執筆作業を始めようとすると、政宗が「にゃあん」と言って膝に乗ってきた。

 私はストーカーに遭っているという心細さから、政宗をぎゅっと抱き締めた。

 いつもの資料本を捲るのが怖くなってきた。

 次は何が書かれているのだろうか。

「僕は君ともっと近付きたい、君をもっと近くで見守ってあげたいと思うようになった。こんな醜い僕が、君に近付こうなんて、おこがましいと思うよね。ある日、僕はある計画を思い付いたんだ」

 計画とは……? 

 恐ろしい想像が頭を巡った。


 次の日。

「僕はネットで鍵を開ける方法を検索した。僕は意外と器用な方で、その方法は、けっこうすぐにマスターした。僕は君の部屋の灯が消え、皆が寝静まったであろう頃に計画を実行した。計画は成功し、僕の姿を見たのは猫一匹だった」

 これは私の家にストーカーが入ったことを意味していた。

 私は警察に電話しようと思ったが、このメモだけでは証拠が弱いと思った。

 妄想か狂言だと言われそうだ。


 次の日。

「僕は君の寝顔を見ると、ほっとした。それと同時に勇気が湧いてきた。次の日、僕は会社を無断欠勤した。上司から引っ切り無しに電話がかかって来たが全て無視した。僕は退職代行サービスを使い、ブラック会社に別れを告げた」

 私の無防備な寝顔を見られているという事実に吐きそうになった。


 次の日。

「僕には君との不思議な生活が、ここでの生活が、僕が与えられた本当のすみかではないかと思うようになった。晴れて無職になった僕は、外の世界では惨めな生活を続けていく外ないけれど、君との生活に活路を見出していたんだ」

 このストーカーは、もしかして、まだこの家に潜んでいるのではあるまいか。

 気味が悪い。


 次の日。

「君へ。君はとっくに悟っていると思うけれど、僕は君と同じ家で生活している。そして君と逢って慰めの言葉一つでもかけてもらえたら、どんなに嬉しいだろうか。どうか、僕の一生のお願いを聞いてはもらえないだろうか」

 その時、政宗が隣の部屋を眺めて「にゃあ」と一声鳴いた。

「何かあるの?」

 隣の部屋は昔からのオタクグッズの物置となっている。

 政宗はオタクグッズを踏みしめながら、隣の部屋の押入れまで歩を進めて、また「にゃあ」と鳴いた。

 私は何か予感めいたものを感じて、押入れを開けた。

 オタクグッズや布団をどかすと、そこには一人の男がいた。

「やっと見つけてくれたね」

 男は、にたぁと笑った。


 私は無言で110番を押していた。


 ストーカーは逮捕され、この事件は新聞の小さな記事にも載った。

「何だ、ただの変質者か」

 ファンタジー的なことを期待していたのに当てが外れた。

 そうだ、この経験を元にヒトコワホラーでも書こうか。


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