楽欲の果て
シンカー・ワン
ambitious
かつては戦争難民救済の措置とされていた冒険者制度だが、国家間でのいさかいも小競り合い程度となり、その意義も薄れてきていた。
戦いの構図は人類――亜人種含む――対怪物・魔物に変わったが、対人類が終わったわけでもなく軍隊はそちらに備えるために、対魔物の先兵として冒険者制度は続けられている。
表立った国家同士の争いがない今、民への脅威はもっぱら怪物魔物。それらの排除に活躍する冒険者は、若年層からは英雄視されることも。
かつては住民権を得るため喰うために仕方なくなる者が多かった冒険者だっが、今は名をあげるための手段として志願する者たちが増えていた。
迷宮保有都市バロゥ。
街はずれの草原に作られた冒険者訓練場。簡易な柵に囲まれ『人間牧場』と揶揄される施設。
志願者たちはこの施設で鍛えられ資格を得て、冒険者となり大望への一歩を踏み出す。
訓練場の柵の外には、将来のための見学か、あるいは冷やかし。はたまた構成員スカウトのためか、まばらにたたずむ者たちが幾人か。
見物するどのグループにも属さず、木陰から見ている柿色の忍装束。
午後の緩い日差しの中、
今にも倒れそうな志願者たちを見つめ、目を細める。
思い出されるのは冒険者になったばかりのころ。
国から追放された元・間者。身の証しを立てるものは無く、身分を得るのに手っ取り早かったのが冒険者制度。
東方からの食いつめ者を装って、大陸中央の迷宮保有都市モンタナへ。
冒険者憧憬の地モンタナならば志願者の数も多く、細かな詮索はされないだろうと踏んでのことだ。
目論見は当たり、有象無象のひとりして訓練所に潜り込むことができた。
間者の養成時代に読み書き・戦闘技術などは仕込まれていたので、冒険者に必要とされる能力は備わっていたため、学ぶことはそれこそ心得くらい。
あまりに出来過ぎるので、教官たちにはあからさまに訝がられていた。
だが、すねに傷持つ者が冒険者となって人生のやり直しを図るのは珍しくない。そのため目こぼされていたのだろうと、忍びは振り返る。
「あなた、すごいね」
持久力養成の走り込みを終え一息ついていた忍びに、突然声がかけられる。
声の主へと目を向けると、まだ呼吸も荒く疲弊も露わな同年代の少女がこちらを見ていた。
「同じころここに入ったのに、何でも出来てて、すごい」
他者との交流は最小限にしておきたかった忍びは、当たり障りのない言葉を返すにとどめる。
――言外に自分には関わらないでほしいという気持ちを込めて。
しかし、その少女はそれからもなにかと忍びに話しかけてきた。
訊いてもいないのに、自分のこれまでやこれからを語ってきたり。
貧農の生まれだとか、娼館に売られそうになったから村を出たとか、冒険者になって名をあげ、出ていった村へひと泡吹かせるのだとか、それはもう他愛のないことを飽きもせず何度も。
訓練の合間に宿泊所。顔を見れば話しかけてくる。
目を輝かせて夢を語るその少女のことを、忍びはいつの間にか拒まなくなっていた。
何度突き放してもケロッとしてまた寄ってくる害意の無さ。自分にはない資質が眩しく、いつしか羨ましさすら覚えるように。
ただ、ふれあいの時間は短かった。
基本的な能力の差もあり、忍びは短い養成期間で訓練所を出ていく。
「がんばってね~、あたしも直ぐに追いつくから~」
訓練所から出ていく忍びを、ブンブンと手を振りながら見送る娘。
十日に満たない浅い付き合いの、よく言ってただの同期。
忍びはそれくらいにしか思っていなかったが、彼女は違った。
「せっかく友達になったんだ、きっとまた会おうね~」
彼女は忍びを『友』だと呼んだ。
呼びかけが耳に届いたとき、失くしたはずの涙が流れた。
組織の駒には必要ないと、押し殺していた感情が呼び覚まされる。
なんでもない一言に涙が止まらない。
あふれてくる嗚咽を堪えながら、忍びは片手をあげ別れの態度を示す。
背を向けていた忍びは知らない。
友から返された別れの挨拶に、彼女がこれ以上はない笑顔を浮かべたことを。
忍びが年齢性別不明な
おろしたての装備で声高々にこれからを語っている楽し気な姿に、気持ちが温かくなったのを覚えている。
――彼女を見たのはそれが最後。
請け負った依頼で
後日、尻拭いで巣穴へ赴いた中堅冒険者一党によって、彼女たちの冒険者登録証だけが回収された。
冒険初心者によくある、ありふれた出来事。
今は記憶の彼方へと追いやられ、どんな顔をしていたのかもハッキリと思い出せないあの
訓練場で汗を流す志願者たちに、在りし日の彼女の姿が重なる。
忍びは思う。
願わくば、彼ら彼女らの憧憬が報われますように。
楽欲の果て シンカー・ワン @sinker
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