月を追う

遊多

月を追う

 自分語りをしようと思う。

 俺は月に憧れた。夜に輝く幻想の世界に。


 憧れたのはいつからだろうか。まだ小さいとき、陽から陰に堕ちた頃だったか……いや、それよりも前。

 実像ではなく虚像を作る力がある、そして虚像に美しさを覚えた頃からだろう。


 月は綺麗だ。黄金にも白銀にも輝き、真紅にも染まる。その輝きは、夜空が黒一色ではなく濃紺で出来ていることを教えてくれる。

 その光は、日陰へ追いやられ、現実に打ちひしがれた者たちの希望だった。月は神話となり、月は御伽噺となり……様々な物語へと枝分かれしてゆく。

 そして、また救うのだ。俺らみたいな日陰者を照らすのだ。


 だから目指した。俺も月になりたい。月を掴みたい。きっと月の都は、兎が餅をつき、団子で宴会をしている幸せな場所なのだろう、と。


 それ以外に、真の幸福は見出せなかった。

 美味い飯に舌鼓を打つことはあっても、女には興味はないし、物欲はなく、大金は人生の安寧を守るため以外に価値を見出せない。

 太陽のもとで成り立つ地位には関心がないくせに、いまの地位には不平ばかり並べている。月の世界に心を狂わせた哀れな男は、幻想でしか満足ができなくなっていたのだ。


 だが、届かない。何度折れても走り、走り、走り続けたが、月は近付くどころか俺から離れてゆく。

 月に何があるのか俺は知らない。アポロ11号に乗っていた人たちなら知っているかもしれないが、そのための力を俺は持っていない。

 もう歳も20代後半だ。オッサンに足の指くらい突っ込んでる。同期も後輩も彼女持ち、同年代では結構する奴も出てきた。

 だのに俺はガキの頃から変わらず夢を追い続けている。オナニー中毒だ。上等なソープ嬢を抱いても肉欲より理性が勝ってしまう。俺に対話は向いていなかった。

 結局、俺が人生でやってきたのは『自己満足』。これからも、俺は月を追い続けるのだろう。


 教えてくれ。月には何がある?

 月の都は楽園か? 天辺を超えて宇宙へ辿り着くまであと何年かかる?

 届かない。至れない。また俺は最初で躓いた。何十回転んだのだろうか、何百回泣いただろうか。


 それでも、今日も俺は走り続けるのだろう。いつか我が手で月を掴み、夜に生きる者たちを照らすために。

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月を追う 遊多 @seal_yuta

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