憧れた背中

駒井 ウヤマ

憧れた背中

 憧れていた。

 確かに羨ましく思っていたこと、厳しさに疎ましく思っていたこと、早く取って代わってやろうと嘯いていたこと、そのどれも間違いではない。

 が、それ以上に憧れていた。堂々たる命令に、赫々たる振舞いに、そして悠然たる背中に。

「嘘・・・だろ?」

 だが、しかし。今はそのどれをも仰ぎ見ることは出来ない。何故なら彼、クラウス・カートラル中尉を厳しくも優しく教導してくれていた偉大な艦長、新生オーストリア帝国勃興より軍歴にあったシュピーゲル大佐は彼の眼下で物言えぬ骸として倒れ伏しているからだ。

「各ブロック、損害報せ!」

「レーダーに映る敵配置は!?」

「負傷者は他におらんか!?」

 喧々囂々たる陸上巡行艦ラインラントのブリッジでクラウス独り、唖然と立ち竦んでいた。


 クラウスが副長を務めていた巡行艦ラインラントは僚艦である陸上巡洋艦ゲーベン、ブリュフャーと共に艦名の元となったラインラント地方へと進出を図っていた。戦線を押し上げるのが目的だ。

 しかし最新鋭艦であるゲーベンが機関不調を起こして落伍したのが、思えば不運のツキ初めだ。

 不運は続く。艦隊を構成する陸戦艇をゲーベンの護衛に回して予定通りの航路で前進を続けていた艦隊へ、隠れ潜んでいた英国艦隊が突如姿を現して攻撃を仕掛けてきたのだ。コルベットを1隻でも残しておれば防げた奇襲だったろうが、言っても始まらない。そしてクラウスにとって最大の不幸は、その初発の奇襲によってブリッジへ飛び込んだ1発の、そう、たった1発の流れ弾のせいで艦長が戦死したこと、これに尽きる。

「・・・長!・・・副長!」

 彼の偉大な艦長が健在なら。いや、せめて存命ならばクラウス・カートラル中尉という新任副長なんぞは艦長のラウドスピーカーを務めていればそれで足りた。

 それがどうだ、声を発してくれる人がいなくなったら、スピーカーはどうやって音を出せばいい。どうやって・・・。

「カートラル副長!」

「は!?」

 茫漠の彼方へと意識の飛んでいた彼の肩を、ガッシリと握って誰かが呼んだ。痛いくらいにしっかと握られていたが、その痛みが大声と共に彼の意識を現世へと呼び戻させた。

「しっかりなされよ、カートラル副長!否、艦長代理!」

「艦長・・・代理?」

「左様。艦長が身罷られた以上、その次席者たる中尉が代理を務めるのが当然でありましょう!」

 そう、白髭を活からせて主張するのは・・・そうだ、思い出した。艦橋要員の中で最年長を誇るヴォルデック砲雷長だ。

「そ、そうか」

「そうです。して、いかが致しましょう!」

 その指示を請う、と言うより寧ろ教官が決断を促すような物言いに、クラウスはハッと今度こそ我に返ると辺りを見渡して誰何した。

「各員報せ!現状、艦の状態はどうだ!?」

「は。リアクター出力問題無し!」

「主砲レールキャノン、被害軽微!」

「レーダー、被弾によって機能停止中!」

「まずまず、か」

 思ったよりも少ない被害に、クラウスはフウと胸を撫で下す。尚、彼のような名ばかりの若輩士官の命令にヴォルデックの後ろ盾があったにせよ素直に従ってくれていることの有難みに彼が気付くのは、艦が基地に帰投してからの話である。

「状況・・・友軍は!?」

「敵艦隊は我が艦を放置し、ブリュフャーを包囲する模様!」

「最早眼中に無し、か・・・しかし好機でもある。如何なさいます?」

「如何・・・とは?」

「仕掛けるか、撤退するか。いずれにせよすぐさま動き出さねば手遅れになりますぞ」

 撤退。その2文字にクラウスの心は惹かれた。艦長が戦死した以上、指揮を執る者はこの艦にはいない。敢えて言えば彼なのだろうが、力不足にも程があろう。

 で、あれば。一刻も早く撤退して、艦をもっと上席者へと預けてしまおう。そうして、一刻も早くこの自身へと圧し掛かる重責から解放されて・・・。

「いや、駄目だ!」

「は?」

「全乗組員に告ぐ、我が艦はこれより包囲を受けるブリュフャーを救う!」

「・・・ほう」

 どこか感心したような吐息を漏らしたヴォルデックに代わり、航行長がクラウスの眼前に立つ。

「正気ですか、副長!?我らの艦はブリッジを損壊し、少なくない犠牲を出しておるのです。この上、敵に仕掛けるなどと!死にに行くようなものです」

「戻っても死ぬ!」

 自分でも分からないくらいに大きな声が、クラウスの喉を震わせて出た。

「それも、友軍を見捨てて逃げ帰った咎としての、不名誉な死を賜ることになろう!同じ死ぬなら、せめて友軍を助けた結果としての名誉の戦死を遂げる方を、小官は選ぶ!」

「自分の名誉の為に、乗組員全員を危険に晒すと仰るので!?」

「死を厭うのであれば、そも軍籍になどついていない。それは貴官らも同じであろう!」

 バシリ、と彼の肩に置かれた手を振り払って、クラウスは告げた。そしてその数秒後、告げてしまったと恐る恐る潰してしまった航行長の顔を見れば、なんということだろう。

「成程」

 ニヤリと不敵に口角を歪めて、キョドキョドと目を泳がせるクラウスを見つめ返しているではないか。

 そして、「何だ?」と問う間もなく彼はこのやり取りを静かに聞いていた艦橋要員へと向き直ると、

「諸君、聞いたな!この、生っちろい新任の坊やが、脚を震わせながら言ってくれたぞ!」

「そうだ!この若造が命を賭して戦う気概を見せたのだ、怖気づき、それに後れをとる者はこの中にはおらぬな!」

 航行長と、それに続けて大声を張り上げたヴォルデックの言葉に艦橋要員の全員はその手近にいる者とそれぞれ顔を見合わせ、頷き合う。そうして彼らは真剣な顔でクラウスを仰ぎ見て、

「「「応!!」」」

 負けじと大きな声を出して応えた。それは、彼ら全員がクラウスの決断を認めた証であった。

「よおし、その意気や良し!各員、戦闘準備にかかれ!」

 ヴォルデック砲雷長が本来のクラウスの役割をこなすように指示を飛ばすと、その声に応えるようにテキパキと作業をこなしていく。

「・・・・・ふう」

「お疲れでした。お掛けを」

「いや、まだだ。まだ座ってはいけない」

 震える脚を叱咤して、クラウスは艦長席の脇に立つ。そうとも、あのシュピーゲル大佐もそうだった。いつでも大股に開いた2本の脚でしっかと立って、自分たちを鼓舞しながら指揮をとっていたではないか。

 ならば、自分もそうしなくてどうすると、クラウスは重過ぎる重圧に負けじと立ちはだかった。

「結構。ではどうしましょう?」

「恐らく、敵は我が艦が戦闘不能となったと見ている・・・だろう。だから、いきなり耳目を引くような真似をしては、その利点を消すことになる・・・か?」

 ヴォルデックが静かに頷いてくれたことから、その判断が誤りでないと確信する。

「で、あれば・・・このまましばらくは漂流したように動きつつ、射程圏内に入って・・・いや、もっと近づこう。複数の目標を捉えられるようになったところで牙を剥き、果敢に挑む、ではどうか?」

「宜しいかと。そして、その後は?」

「ブリュフャーと合流し、敵を殲滅・・・は、無理だな」

 敵艦隊の内仕掛けて来ているのは今のところ陸戦艇のみだが、指呼の距離に陸上戦艦、恐らくはロイアル・ソブリン級が控えている。手負いの巡行艦2隻で仕留め切れる戦力ではない。

「包囲を内外から喰い破って撤退。ゲーベンたちと合流して領内へ帰還、参謀本部の指示を仰ぐ」

「結局は尻尾を巻いて逃げる、と?」

「一当てして、友軍を救ってから、だ。怯懦とは言われまい。言われた時は・・・小官が責任を取る」

「夥しい結構のこと。しかし、万一そうなった場合はこの皺首が責任を被りましょう」

 もはやカートラル艦長、ヴォルデック副長と化したようなやり取りを、航行長他全ての艦橋要員はそれを微笑ましそうに聞いていた。

「では、作戦開始とする。航行長、操艦及び砲撃の指揮は任せましたぞ!」

「了解!力不足ですが、精々代わりを務めさせて頂きますぞ、ヴォルデック砲雷長!」

 そんな会話を聞きながら、クラウスはただまんじりともせずに正面モニター、船窓の向こうに見える敵陸戦艇の群れを凝視していた。


 そこから先の記憶は定かではない。ただクラウスが覚えているのは飛び交う報告の嵐の中から必要な情報を聞き出し、それに対して必要な指示をひっきりなしに出す。その繰り返しだけだ。

 そして、気付いた時には視界には静かな環境・・・否、艦橋があり。右手側の船窓には黒煙を上げるブリュフャー、左手側の船窓にはゲーベンが居並んでいた。

「お疲れですな」

「ん?あ、ああ・・・そうか、ヴォルデック砲雷長」

「ええ。恐らくは覚えておられぬでしょうから申しますが、見事な指揮ぶりでしたぞ」

「それは、どうも」

 もっと巧い物言いがあるだろうが、疲れ切った精神ではそう答えるのがやっとだった。何せ、いつの間に艦長席に座り込んでいたのかさえ、記憶の中には無いのだから。

「それで、砲雷長。ここは・・・」

「先ほどの戦域から7000メートル、帝国領内に入っております」

「そうか・・・。参謀本部は何と?」

「取り敢えず、至近の基地まで帰投せよと」

「我々の処分はそれから、か」

 然り、と頷いたヴォルデックの顔は、鹿爪らしい中にも慈愛のような成分が感じられた。気のせいかもしれないが。

「お疲れでしょう、副長。少しお休みになっても」

「そうもいかんだろう」

 これでも一応は艦長代理だ、グーテンタークと言って目を瞑るには早すぎる。

 そう自身の精神を叱咤しながら、クラウスはその身分不相応の席に深く腰を預けた。

「一先ずは艦も、乗組員も。連れ帰ることが出来たか」

 そんな風に、口の中で転がって消えるような独り言を呟いたクラウスの視線の先に。幻視だろうか、いつものように立つシュピーゲル艦長の姿が見えた。その艦長らしき姿は振り向いてフッと笑いかけてくれると、掻き消えるようにして見えなくなった。

 しかし、クラウスの目には艦が基地に入港するまでしっかりと、その堂々たる背中が灼け付いていた。そう、その憧れていた、そして彼へと受け継がれた背中が。


 

 

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