あこがれはそばにいる【KAC20252】

羽間慧

あこがれはそばにいる

 俺の目の前で、住民が弾き飛ばされていく。敵はオレンジ色のバスローブを翻し、右手に持っていた杖を掲げる。


「ふはははは。トリの降臨ぞ。ありがたく思うがよい」

「卑怯だぞ。住民を無力な卵に変えるなんて」


 俺は変身ベルトにカードを装着し、名乗りを上げる。町の平和はこの俺が守るんだ。

 敵との距離を一気に詰め、あこがれだったヒーローのように必殺技を繰り出す。


「キーーーーック!」

「ぬるい。近づいたのが運の尽きよ」


 いとも簡単によけた敵は、笑いながら詠唱を始める。かっこいい言葉がたくさんあって、全然悪役に聞こえない。

 膝をついた俺に、敵はなぜか焦り出す。


「しまった。このタイミングで杖を固定させていた術が剥がれるとは。無念……」


 止める力を失ったセロハンテープは、筒状だった新聞紙を分解していく。


「兄ちゃん! わざと負けないで!」

「ヒーローがやりたいんだろ? 強くて、かっこいいヒーロー。一度負けた敵にリベンジするヒーローがやりたいとは、お願いされなかったぞ」

「そうだけど。そうじゃないの」


 俺のために兄ちゃんが泥をかぶるなら、一人だけ綺麗なまま立っていたくない。兄ちゃんもかっこよくいてほしい。

 着けていたベルトを外し、兄ちゃんに差し出した。ずっとほしかった俺の誕生日プレゼント。兄ちゃんなら着けさせてあげてもいい。


「今度は兄ちゃんがヒーローだよ。俺のベルト貸してあげるから」


 目をきらきらさせた兄ちゃんは、すぐに心配そうな顔になる。


「嬉しいけど、怪人役できる? 俺のパンチを食らったら、泣きながら母さんのとこに行くんじゃない?」

「できるもん! 兄ちゃんの三つ下だからって、ばかにしないで!」

「ばかになんかしてないよ」

「じゃあ、思いっきりヒーローやってよ。手を抜いたら怒るからね!」


 兄ちゃんを説得して怪人役になった俺は、生成していたスライムを部屋中に投げまくる。それが洗濯を干し終えた母さんに見つかり、兄ちゃんと一緒に正座させられるのだった。


 楽しいことも嫌なことも、兄ちゃんと半分こ。わがままプリンセスが誕生するまでは幸せだった。兄弟以外が甘やかしまくったから。


 そんな苦難の日々に終止符を打ったヒーローが活躍するのは、また別のお話だ。

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