神秘へのあこがれについて

矢木羽研(やきうけん)

Fly me to the Moon

「アポロ計画の謎、ですか?」

「そう。ショウネンは何か知っているかい?」


 僕、生田いくたみのりのことを先輩はそう呼ぶ。頭文字の「生」と「稔」を音読みしてショウネンというわけだ。なぜか先輩はこの呼び方にこだわる。


「実は月には行ってなかったって話ですよね? デタラメだらけでさんざん否定されたやつ」

「おやおや、いきなり手厳しいね」

「前にちょっと読んだことがあるんですが、僕ですらツッコミどころだらけってわかりますよ」


 オカルト研究会の部屋の中。相変わらず制服のスカートの下にジャージをはいた姿で本棚の前に立つ先輩は、僕の話に耳を傾けながら、うんうんとうなずいている。


「だいたい、面白くないんですよ。それに、夢がない」

「ほう。夢、とな」

「そうですよ。オカルトは何かの否定じゃなくて、肯定してこそだと思うんです!」

「素晴らしい!」


 先輩は僕の手を取り、目を輝かせながらそう言った。距離が近い!


「実はね。私がオカルトに興味を持ったきっかけもアポロだったんだ」

「やっぱり、否定論ですか?」

「そうじゃない。アポロの飛行士は月で宇宙人と密かに接触していた! という話だよ」

「へえ、面白そうですね」


 僕が興味を持つと、先輩は喜々として語りだした。謎の光や物体を見たという証言。通信が途絶した空白時間の謎。公開された写真が明らかに少ないという話など。


「さすが、詳しいですね」

「祖父が持っていた本で読んだんだよ。矢追やおい氏をはじめとするね」

「や、やおい?!」

「ふふふ、何を想像したんだいショウネン? 矢追純一やおいじゅんいちという研究者だよ。昔はテレビ番組も毎年のように放送していたという話さ」


 昔……例えば両親が子供の頃は、今よりも宇宙人の存在が真面目に信じられていたらしい。宇宙人の解剖シーンをもっともらしく放送していたのが怖かったという話を、母から聞いた覚えがある。


「今はテレビでUFO特集があっても、すぐ種明かししておしまいですからね」

「まあ、実証主義なのは嫌いじゃないがね。だが、わからないことが多かった時代のほうが"あこがれ"は強かったろうね」

「あこがれ、ですかぁ。確かに昔の本を読むと、幽霊や妖怪とかも身近だったような感じがしますからねぇ」


 今でこそ消滅寸前のオカルト研究会だが、昔は結構な人がいて、文化祭では同人誌を頒布していたりしたらしい。それほど「熱い」時代があったのだ。


「今日はちょうど、上弦の半月ですね」


 僕は部室にかけられたカレンダーを見て言った。月齢図が付いているのだ。


「南中は18時過ぎか。今なら窓からでも見えるんじゃないか?」


 窓辺に向かう先輩を追いかける。今なら真南よりやや東の空に浮かんでいるはずだ。窓から天を仰ぐ。


「えーっと……ありました!」

「何か見えるかい? UFOとか、トリの降臨とか」

「もう、なんですかそれ」


 窓辺で先輩と肩を寄せ合って空を見る。いつの間にか、あこがれの存在だった先輩との距離はずいぶん縮まった。


「昼間の月もきれいなものだな、ショウネン」

「もう、いつの時代のセリフ……ですか……」


 見上げていた顔を落とすと、ちょうど空を見上げていた先輩と間近で目が合って、思わず言葉に詰まる。


「ふふふ。私は見たままのことを言っただけだよ」


 そう言って、いつものような思わせぶりな表情を見せると、再び月を見上げた。僕にもう少し度胸があれば、ここで唇の一つくらいは奪えるのだろうか。そんなことを考えながら、僕は再び先輩と同じ月を見上げた。

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