あこがれの舞台で大役をつとめる

坂本 光陽

あこがれの舞台で大役をつとめる


 信じられないことが起こった。思わず、耳を疑ったほどだ。


 仕事で御一緒にしたことがある先輩が二人、急遽きゅうきょ出演をキャンセルしたらしい。地元では伝統のある「ひなまつりコンサート」だけど、場所は小さな公民館だし、ギャランティも雀の涙。他の仕事を優先した気持ちは理解できる。


 だけど、私は違う。幼いころから毎年「ひなまつりコンサート」を楽しみにしてきたし、素晴らしいパフォーマンスに目を輝かせて、観客席から拍手をおくってきたのだ。


 私が歌手になろうと思ったのも、夢を実現するために頑張ってきたのも、「ひなまつりコンサート」がきっかけだと言っても過言ではない。「ひなまつりコンサート」は私にとって、あこがれの舞台だったのだ。それは公民館だとしても変わりはない。


 だけど、開始時間まで一時間半を切っても、現場は混乱していた。充分なリハーサルは行えないと言われたし、最悪の状況もありうると聞かされていた。つまり、コンサートは中止になるかもしれない。


 私は何が何でも、それだけは阻止したかった。ようやく、念願の「ひなまつりコンサート」の舞台に立てる機会を得たのだ。このチャンスを逃すつもりはない。来年まで大人しく待つことなどできなかった。


 普段は控えめな私だけど、今日だけは違う。気が付いた時には、自分でも驚くような行動を起こしていた。私は主催者に直談判じかだんぱんをして、「コンサートを開催するなら、何でもやります」と強く訴えたのだ。


 何といっても、ギター一本の弾き語りができるのが強みだ。充分なリハーサルがなくても、ぶっつけ本番であっても何とかなる。路上で鍛えた私には、その自信があった。


 何なら裏方仕事も辞さない覚悟だったのだが、主催者側にとって、私の申し出は渡りに船だったらしい。その後は頭をフル回転させて、嵐のような打ち合わせをこなすことになった。


 あまりにも頭を働かせすぎたので、ほとんど記憶がない。


 覚えているのは、極度の緊張から身体がふわふわしていたことと、やけに喉がかわいたことだけ。あこがれの「ひなまつりコンサート」で、重要なポジションを任されたのだから、当たり前のことかもしれない。


「いよいよ、です! この人ほど、トリにふさわしい方はいないでしょう。本日ラストを締めくくるのは地元出身のシンガーソングライター、その名も大鳥つばささん!」


 MCの呼び込みを受けて、私は弾かれるようにステージに駆け上がっていく。



                 了



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