あこがれのアイドルに夢見たあの日

タルタルソース柱島

アイドルにあこがれたあの日の話

「ミホミホ、聞いてよ」


朝の教室でスマホをいじっていたミホに、マユリが突然話しかけてきた。


「おはー。今度は何?」


「いやさー、昔はあーし、アイドルになりたかったなーって思って」


「……は?」


ミホは一瞬、聞き間違えたかと思った。


「アイドルって、あのアイドル?」


「そうそう、ステージでスポットライト浴びてさ、キラキラの衣装着て、みんなを笑顔にするやつ!」


マユリが目を輝かせながら両手を広げる。


「夢と希望を届ける、そんな存在になりたかったんだよね~」


ミホは唖然とした。


普段、金儲けと怪しいビジネスの話ばかりしているマユリが、こんなロマンチックなことを語るとは……。

 確かにマユリは運動神経もいいし、バク転なんかも軽々とやってのける。

 アイドルにあこがれたというのも分からないでもない。


「へぇ、意外。で、なんでやめたの?」


「儲からなさそうだったから」


「……うん?」


ミホは、目の前の少女が一瞬にして現実的な発言をしたことに混乱した。


「いやさ、アイドルって夢のある職業じゃん? でもさ、調べたら新人はバイト掛け持ちしなきゃ食っていけないし、売れなかったら数年で消えるし、売れても給料が激安だったりするんだよね」


「夢と希望はどこいったの!?」


「あと、オーディションって倍率エグいじゃん? 1000人受けて1人受かるとかさ。労力に対してリターンが少なすぎるんよ」


「身も蓋もない!!」


ミホは思わず机をバンと叩いた。


「でもでも!」


マユリは指を立てる。


「一瞬は考えたの! じゃあ最初から売れる方法でやればいいんじゃね? って!」


「……うん?」


「だから、資金を集めてセルフプロデュース! スポンサーつけて、初期投資して、YouTubeやSNSで話題作りして、ファン層を固定していけば、いけるんじゃね? って!」


「……えっと、つまり?」


「金とマーケティングがあれば、アイドルは作れる!」


「もはやアイドルじゃなくてプロデューサーの発想!!」


ミホのツッコミも虚しく、マユリはもう自分の世界に入っていた。


「まずは炎上商法で知名度を上げるじゃん? で、クラファンで初期資金を集めて、オリジナル楽曲と衣装を作る!」


「待って待って、炎上商法ってもうアイドルのやることじゃなくない?」


「いやいや、令和の時代、バズらなきゃ始まらんのよ!」


ミホは頭を抱えた。


「で、次は?」


「ライブやる!」


「おぉ、やっとアイドルっぽい」


「でも会場レンタル費が高いから、廃校とか廃工場借りてやる!」


「もうそれホラーイベントじゃん!!」


「で、ライブチケットは転売対策として、NFTで発行!」


「急にWeb3の話やめて!?」


「そんで、売上が伸びたらグッズ展開! でも物販は在庫リスクがあるから、受注生産メインで!」


「アイドルじゃなくてビジネスプランじゃん!!!」


ミホは完全にツッコミ疲れていた。


「結論として、アイドル業界ってロマンはあるけど、リスクが高すぎるのよ」


「うん、まあ、それはそうかも……」


「だから、やるなら裏方! プロデューサー! アイドルは儲からないけど、アイドルをプロデュースする側は儲かる!」


「もはや夢じゃなくて資本主義の話!」


ミホは泣きたい気持ちだった。


マユリのアイドルへの憧れは、儲からなさそうという理由で見事に砕かれた。


「てことで、ミホミホ、一緒にアイドルプロジェクトやんない?」


「やんない!!!!」


こうして、マユリのアイドルビジネス計画は開始5秒で白紙に戻されたのだった。

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