初めての完璧なひなまつり【KAC2025参加作品】

カユウ

第1話

 静かに降り積もる雪を眺めながら、僕は窓際に立っていた。3月とは思えない雪景色が広がる中、電話に出た僕の胸に去来する感情は複雑だった。


「申し訳ありません!あいにく、本日の配達ができません。本当に申し訳ありません。道路状況が改善次第……」


 宅配業者からの謝罪。紹介キャンペーンや早期予約などを駆使した上で、溜め込んだ小遣いも注ぎ込んで注文した京都の老舗人形店の雛人形。娘が大好きないちご。どちらも、この雪のせいで届かないのだ。娘の初めての”ちゃんとした”ひなまつりだったのに。何ヶ月も前から計画していたのに。


 そう思うと、複雑な感情の中から、怒りが鎌首をもたげる。僕は、その苛烈な感情のままに言葉を出そうとした。しかし、それは叶わなかった。


「ぱぁぱ」


 そう。可愛い娘が、小さな手で僕のズボンを引っ張ったからだ。まだよちよち歩きの娘が両腕を上げて立っていた。丸い頬と無邪気な笑顔に、先ほどまでの怒りが一瞬で霧散した。娘の前で、カッコ悪いマネはできない。怒りに身を任せるなんて、かっこいいとは言えないだろう。


「……いえ、この雪じゃ仕方ないですよ。うちがお願いしているのは人形といちごなので、事故になってしまうほうが困ります。数日で雪もなくなると思うので、うちへの配達はそれからでも構いませんよ」


 謝罪を続ける宅配業者にそう伝えると、いつも丁寧な配達をしてれていることに感謝して電話を切る。


「ごめんね」


 電話をズボンのポケットに入れると、謝罪を呟きながら娘を抱き上げる。


「パパ、約束したのにね……」


 娘を抱っこしたままリビングに戻ると、そこには思いもよらない光景が広がっていた。妻が黙々と部屋の一角を折り紙や風船で飾り付けていたのだ。


「やっと来たわね。あなたも手伝って」


 妻は笑顔で言った。その表情に呆れと優しさが混ざっているのがわかった。僕は娘を床に下ろし、妻の指示に従って不器用な手つきで折り紙を折り始めた。


「誰から見ても上手って言われるようなものじゃなくていいの。大事なのは、あなたが作ったものってことよ」


 どう見ても三日月形にしか見えない僕が折った桃の花を見て、妻はそう言った。


 そうこうしながらも装飾が終わると、妻から袴風のロンパースを渡された。


「これ、いつ用意したの?」


 僕は驚きながら尋ねた。


「あなたが雛人形にこだわってる間に」


 妻は肩をすくめた。


「でも、あなたの気持ちもわかるわ。この子のために完璧なひなまつりを作りたかったんでしょ?お義母さんに電話で聞いちゃったわ。お義母さんも困ってたわよ。自分の子どものころのひなまつりなんて聞かれても、ほとんど覚えてないって」


 娘をあやしながら袴風のロンパースに着替えさせると、ふと思い出して棚から箱を取り出した。


「用意できたのはお菓子くらいか……」


 小さく呟くと、突然、妻が僕が持つお菓子を指さして突然笑い出した。


「あなた、ほら。ここに、雛人形あるじゃない」


 僕が買ったお菓子は、デパートのひなまつり特設コーナーで売られていたもの。お菓子の入ったカゴから、小さなお内裏様とお雛様の顔が覗いていたのだ。それを見て、思わず涙が込み上げてきた。


「バカね。あなたって本当に愛すべきバカよ」


 妻は優しく言った。


「ひなまつりってね、高級な人形が必要なんじゃないのよ。娘の幸せを願う気持ちが大切なんだから」


 僕は泣き笑いしながら妻と娘を抱きしめた。手作りの装飾をした部屋の隅で、三脚をセットして親子3人の写真を撮った。早速プリンタで印刷し、リビングの壁に飾る。このままスクスクと健康で幸せに育ってくれますように。つい手を合わせて拝んでしまった僕を見て、妻が笑い転げていた。


 晴れていればそろそろ日が沈む時間になった頃、チャイムが鳴った。


 ドアを開けると、雪まみれの配達員さんが立っていた。


「大変お待たせしました。いちごです。遅れてしまって、本当に申し訳ありません」


 電話では道路状況が改善したらということだった。だが、未だ雪が降っており、改善したようには見えない道路。今日は届かないと思っていた。


「え、あ……ありがとう、ございます。だ、大丈夫ですか?」


 あまりのことに気が動転してしまった僕に、配達員さんはにっこりと笑顔を向けたのだ。


「はい!お電話をさせていただいたのは私なのですが、厳しい言葉を言われるお客様が多い中、私たちのことを気遣ってくださったお客様の優しい言葉に救われました。上司に掛け合って歩いて配達する許可をもらい、なんとかお届けに来ることができました」


 深く頭を下げる配達員さんに、今度は心から感謝の気持ちが湧いた。僕は言葉を尽くして感謝を伝え、これで娘に喜んでもらえるということも伝えさせてもらった。そして、いくつかのホッカイロと飲み物を配達員さんに渡した。


 その夜の夕食、娘は大好物のいちごに目を輝かせた。高級な雛人形はなくても、手作りの飾りと家族の愛情、そして娘の笑顔があれば、それが最高のひなまつりだと気づいた瞬間だった。


 娘の幸せを願う気持ち。それこそが本当のひなまつりの意味なのだと、僕は心に刻んだ。

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