おむすびころんで雛祭り

牧瀬実那

梅花鷹匠物語 番外編 其の三 桃の節句の幕

 江戸の幕臣、緒方家の若隠居である盛一郎を訪れる三羽の雀があった。

 尋常の雀とは異なり、三羽共にちゅんちゅんと囀るように人の言葉を繰った。曰く、豊穣神に仕える神使しんしで厄をついばみ福をもたらす福良ふくら雀あるという。

 そして盛一郎を今年の「雛祭り」へと招待したいのだと口々に告げた。

 はて、と盛一郎は布団に足を突っ込んだまま小首を傾げた。元は端正なはずの顔立ちは、冬の寒さに当てられたせいかやや頬がこけて青白い。


 この盛一郎という男はひどく体が弱く、布団のみならず棺桶に片足を突っ込んでいることもしばしばあるような始末である。

 それ故に緒方家の嫡子という立場を弟へ(半ば押し付けるように)譲り、離れで静養する日々は穀潰しに見える一方で、盛一郎は密かに父――引いてはお上から表立っては言えないような仕事を引き受けていた。

 棺桶に片足を突っ込んでいるような体質の盛一郎は昔から幽霊やら妖怪やらにも縁深く、新しく切り拓かれた土地の多い江戸市中において、人ならざるもとの沙汰やら調査やら記録付けやらを任されているのだ。その縁から異界の祭や祝宴に招待されることもしばしばあるのだが。


「ひなまつりなるものは聞いたことが無いねぇ。森羅は知っているかい?」

 盛一郎は傍らで主人に飲ませる為の白湯と薬を用意している従者の少年へ話を振る。はあ、と森羅は気の抜けた返事をし、盛一郎へ白湯を渡しながらゆるやかにかぶりを振った。

「僕も聞いたことがないですね」続けざまに薬を押し付けつつ森羅は言葉を続ける。「この時期といえば桃の節句で立雛を飾ったり遊びに興じるおいえも多いですが、雛といっても鳥の雛ではなく人形だと覚えています」

 森羅が胡散臭そうに細めた目を、すいと雀達に向けると雀達はちゅんちゅんと騒ぎ立てた。

「ええまあ、近年というより今年から始める祝い事ではございます」

 と右に左に首を振りながら話したのはよき・・と名乗った雀である。よきの隣で頷きながらこと・・という雀が話を続ける。

「人の戦が一段落して森林田畑が焼かれることも減り、我らの食も以前より豊かになりつつあります」

三羽目のきく・・が更に引き継ぐ。どうも雀達は短くかしましく喋るのが癖のようで、くるくると話者が変わる。その内、誰が喋っているのかわからなくなりそうだ、とぼんやり思いながら盛一郎は雀達へ耳を傾ける。薬は敢えて目に入れないようにして手元で転がしている。

「食が豊かになるということは育つ子も増えるということ。子が増えることはめでたきこと」

「めでたきことは祝わねば!」

「八百万の神々は祝いや騒ぎがお気に入り故、賓客として招き入れれば福も増えましょう!」

「そも、我らが主さまも祭り事や派手事が大好きで!」

「これはもう祝いの宴を催すより他なく!」

「是非に是非に!」

「そして盛一郎さまには常日頃より世話になりそうらえば!」

「福良雀一同、感謝に堪えませぬ!」

「ここは是非ともご参加いただきたく!」

「宜しくお願い申し上げます!」

「お願い申し上げます」!

「平に平に!」

「ちゅんちゅんちゅんちゅん喧しい。一度落ち着け」

 徐々に盛り上がって大声で囀る雀達を森羅冷たく一蹴する。雀達は一瞬ハッと嘴を閉じたものの、興奮が続いてるのかくすくすと喉を鳴らして楽しげに跳ねている。

「どうします?」

 森羅が主人を振り返ると、盛一郎はうーんと唸った。

「慶事を断るのも縁起が悪い。最近は暖かくなってきたのもあって体の調子も少しずつ良くなってきているし、できる限り顔を出したいものだけれど」

「盛一郎様が招待された理由、ですよね」

「そうなんだよねぇ」

 確かにそこそこの沙汰を収めたとはいえ、盛一郎には雀達の宴に招かれるようなことをした覚えがない。放生会に倣って庭に米や粟などの穀物を撒いたことはなくもないが、各寺社が先導する行事であり、盛一郎だけが特別行っていることでもない。

「どこぞをほっつき歩いて奇縁を拾ってしまったのでしょうか? これだからひとりで屋敷を抜け出すのは控えていただきたいといつも申し上げていますのに」

 わざとらしく大きくため息をつく森羅に、盛一郎はわたわたと首を振った。

「今回ばかりは濡れ衣だよ! そもそも私が最近床に臥せっていたのは君が一番よく知っているだろう!?」

「あいにくと盛一郎様におかれましては具合が悪くてもふらふらと外へ行く悪癖があるので」

「ぐう、日頃の行い! ともかく信頼しておくれよ!」

 この通りだから、と手を合わせる盛一郎を一瞥し、「ならとっとと薬を飲んでください」とすげなく告げて森羅は雀達に問いかける。

「聞きたいことがたくさんあるんだけど、いい?」

「ちゅん! なんなりと!」

「ひとまず日程。招かれたのはとても嬉しいけど、盛一郎様も人としての立場がある。浦島の様に桃源郷で心地よく過ごしたら此岸では百年の月日が経っておりました、というわけにもいかないんだけど、そこんとこどう?」

「ちゅちゅん! ご安心を! 我ら福良雀は元はただの雀から派生した者共なれば、時の流れも浮世と同じ。午より半刻過ぎた頃から八つ時までが精々にございます」

「そう」

と、ようやく表情を和らげた森羅は、改めて胡坐座になり頬杖をついて続ける。

「じゃあ次。君らの主は盛一郎様に関心はある? それとも君ら自身が盛一郎様を招きたいの?」

「ちゅんちゅちゅん! 我らが主さまは我らたっての希望に応えてくださっただけで、盛一郎様への特段関心はありませぬ!

「なら引き止められることもないか。うん。じゃあ盛一郎様も興味があるようだし行くよ」

「やったー!」

「わぁい!」

「ありがたし!」

「って森羅が許しを出すのかい!?」

 とんとん拍子の流れに思わず盛一郎が突っ込む。

「もちろん。先日まで床に臥せっていたのをお忘れですか? 当日の加減を含めて出掛けるか否かの判断はこちらでさせていただきます」

「日頃の行い……!」

 ぐぬぬ、と呻く盛一郎を無視し、森羅は雀達との会話を続ける。

「当日はどこで待ってればいい?」

「お屋敷にて! 我らがお迎えに参りまする!」

「それは助かるよ」

「いえいえ招待したのなら当然!」

「ふふ」

 大抵はこちらから出向くのに勤勉なことだ、と、森羅は口には出さずほほ笑んだ。このような連中なら、先程申告した日程も嘘偽りなどありはしないだろう。

 盛一郎様も良い縁を持ったなぁ、と感心していたが、やはり気になることがひとつあった。

「結局、盛一郎様このひとが君らにしたことってなんなの? 本人は心当たりがないみたいなんだけど」

 差し支えなければ教えて、と続けつつ、まあ雀のことだから覚えてないかも、とも考えながら森羅は答えを待った。後ろで盛一郎が同じく興味津々といった様子で聞き耳を立てているのが伝わってくる。

 雀達は顔を見合わせ、それから意外そうにこう述べた。

「盛一郎さまは我らに時折握り飯を恵んでくださるではありませんか!」

「握り飯……?」

「はい! 我らにとって握り飯のように一度にたくさんの米を得られる食べ物は非常にありがたく!」

「おかげで子らもすくすくと立派に育ちました!」

 嬉しそうに跳ねる雀達とは反対に、はあ、と盛一郎と森羅は顔を見合わせる。

「え、まさか盛一郎様、せっかくの飯を庭に打ち捨てているのですか?」

「そんなわけないだろう! 出された食事はできる限り胃に収めているし、食べきれないときは器に残しているよ」

「じゃあ、雀達の言い分は?」

 うーん、としばらく考え込んだ盛一郎は、ややあって「あ」と声を上げた。

「あれかな。たまに気分がいいとき縁側に座って食事をすることがあるのだけれど、そのときたまに、稀に、本当に偶然ぽろっと落としてしまうことはある、かな……」

「……」

「……わざとではないよ、誓って。うん」

「……まあ、そういうこともありましょう」

「ならその半目で見るのをやめてもらっていいかい?」

「次から気を付けてくださるのなら」

「……はい」


 ともあれ。


 こうして盛一郎と森羅は、桃の節句に催された福良雀達の雛祭りへと赴くのであった。

 なお、盛一郎が飯を落とさなくなったかどうかは、その後も雀達から感謝され続けた、という事実が物語る通りである。

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