一夜の過ちにしては

雨宮ロミ

1

「お願いです。私のこと、好きじゃなくてもいいので、抱いてください」


 会社の憧れの先輩に、そんなことを言ってしまった。先輩は優しいから、いいよ、って言ってくれた。次の日は休みだったから、先輩の車に乗って、少し遠いラブホテルに行った。会社の人にバレたらまずいから。


 シャワーを浴びて、ご飯を食べた。「いいよ、俺が出すから」って言われて。私はパフェを食べて、先輩はピザを食べてた。社食だと丼ものだったから。ちょっと新鮮だった。


 その後に、シャワーを浴びた。先輩が先で、私が後。待っている時間は、罪悪感と、緊張と、嬉しさと、そして、終わってほしくない、が頭の中でぐるぐるしていた。


 シャワーを浴び終えたら、本当に幸せな時間が待っていた。


 私の名前を呼ぶ甘い声、かたくて、厚い身体。私の手を握る男の人、って感じの手。唇の感触。どれもこれもが嬉しくて、ああ、ここで死ねたら、どれだけ幸せなんだろう、って思ってしまった。


 幸せな時間は、一瞬で過ぎてしまった。


 ベッドの上で話したのは、感想と、あと、仕事のちょっとした話、とか。それが、線引きのように思えてしまった。「ありがとうございました」って返したら「どういたしまして」って返ってきた。それが答え。


 それを、一夜の過ち、と呼んでしまうには、あまりにも、幸福な時間だった。


 あの日から、先輩と私以外は何も、変わることはなかった。

 先輩は優しいから、言いふらすことも、なんにもなくって、ただ、一夜だけの関係から、会社の先輩後輩、に戻っただけだった。

 でも、あの夜が、恋しい、って思ってしまう。


 一夜の過ち、にしては、あまりにも幸せだった時間を。

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一夜の過ちにしては 雨宮ロミ @amemiyaromi27

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