遅れてきたおひなさま
旗尾 鉄
第1話
三月三日、夜。
実家の父から、私宛に荷物が届いた。
一メートル四方もありそうな、かなり大きめの箱が三つ。
発送元の欄には、有名な人形店の名前が印刷されている。
これって、まさか。
時節がら、思い当たるものがある。
箱を開けてみると、予想通りの品が現れた。
雛飾りだ。
しかも、七段飾りの本格的なセットである。
お内裏様とお雛様、三人官女に五人囃子、右大臣左大臣、その下の段の三人はなんて呼ぶのかわからないけど、その人たち、嫁入り道具類、全部揃っている。
正直言って、呆れた。
私は二十七歳OL、独身、一人暮らしである。
断わっておくが、シングルマザーでもないし、隠し子も養女もいない。
ということはつまり、この雛人形は私のために買ったもの、ということになる。
何を考えているのか。
母が亡くなって五年、認知症を発症して私の年齢がわからなくなったのか、自分に孫娘がいると思い込んでいるのか。
いや、それはないだろう。数日前に電話で話したときは、そんな兆候はなかった。
いぶかしみながら父に電話をする。
コール音を聞きながら思い出した。父は、この手のサプライズが大好きだったことを。
電話にでた父は、やはりというか上機嫌だった。
「そうか、届いたか。どうだ、なかなか良いだろ?」
などと言って、はしゃいだ声を上げている。
「どうするの、これ。あたしまだ子供どころか結婚もする予定もないよ?」
「それはわかってるよ。でもそれ、おまえに買ったんだから」
「あたし二十七だよ。子供じゃないんだから」
「何歳だっていいじゃないか。おまえは俺の子供なんだから」
「でも普通は……」
「……それにさ」
父の声が、急にしんみりした調子になった。
「ずっと気になってたんだよ。おまえが生まれた頃はまだ、生活、苦しくてさ。お雛様、買ってやれなくて。いつかいつかと思ってるうちに、今になってしまったんだ」
父の言葉で、私の記憶は子供時代へと飛んでいた。
でも、親子三人で暮らしたその記憶には父の言うような悲壮感はない。むしろ、楽しい毎日を過ごした記憶だ。
「あたしは、平気だったけどな。猫のお雛様、大好きだったし。そんな、子供に気を遣わないでよ」
雛飾りが無かった我が家では、猫のぬいぐるみに画用紙で作った服を着せ、即席の
お雛様にしていたのだ。母と一緒にやった衣装作りは、とても楽しかった。
「猫のお雛様かあ。やってたなあ。……まあとにかく、そういうわけだから。じゃあ、仕事、あんまり無理するなよ」
照れ臭くなったのか、あるいは電話口で泣きそうになったのか、父はそそくさと通話を終了してしまった。
夕食をカップラーメンで済ませると、私は大急ぎで飾りつけを始めた。
なにしろ今は三月三日、午後九時。
あと三時間しかないのだ。
いかにも父らしい買い物の仕方である。
やがて完成した雛飾りは、部屋の半分以上を占領していた。
スマホで写真を撮って、父に送った。
すべて終えたのは、午後十一時三十分。
雛飾りは、早く片付けないと嫁に行くのが遅れるという。
でもそんなの、どうだっていい。
父の気持ちがこもったお雛様、片付けるなんてもったいない。
これから毎日、たっぷりと鑑賞するつもりだ。
明日は、甘酒を買ってこよう。
了
遅れてきたおひなさま 旗尾 鉄 @hatao_iron
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