雪なき国
愛知県立大学 小説サアクル赤ゐ靴
雪なき国
地球に生まれて大人になるまでずっと、雪を見てみたいと祈っていた。
母の故郷は雪が降らない地方で、他県に越したことのない母の元で育った私は雪を見たことがなかった。どうやら私が生まれる何年か前には珍しく雪が積もったらしいと、雪を見たことがない友人が口先でぼそぼそとつぶやいていたのを聞いたことはあった。冬になると、朝のニュースではよく雪による被害が騒がれているが、私にとっては宝の持ち腐れのように思えて、恨めしいとまで思っていた。それほど、私はひどく雪に恋い焦がれていた。テレビに映し出される雪はふわふわと舞って、やさしく人を包み込んで、カラフルで煩雑な街を一瞬で白く染め上げてしまえる強制力をもっていて、そして、きっと食べたら舌の上でじゅわっと溶けて私を冬に連れて行ってくれるのだ。非日常を運んでくれる、そんな雪を見てみたかった。
大人になって、地元で就職するのをやめて、都会に出ることにした。そうすれば冬の間はずっと、大好きな雪に囲まれて生活できると思った。
予想通り、冬も盛りになると、一日中降り続けることはないが、ちらちらと細雪が舞う日は多い。それでも夢に見たような景色ではなくて、街も日常となんら変わりなく息をしていた。雪が積もる日が待ち遠しかった。
ある夜、仕事を終えてビルから出ると、街は待ちに待った雪景色だった。大喜びで目を見張ると、雪は土足で踏み荒らされて灰がかっていた。べちゃべちゃと不愉快に私の靴を濡らした。まともに歩くことすらかなわずに、滑る足元を睨みながらスーパーに入った。私の靴は水分を含んで、床材とキスをすると間抜けな音を鳴らした。恥ずかしかった。故郷の海が見たいな、と思って、割引シールが積もった弁当をカゴに投げ入れた。
雪なき国 愛知県立大学 小説サアクル赤ゐ靴 @apcnovel
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