私の太陽
からから
私の太陽
私は家に帰って急いで夜ご飯とお風呂を終わらせるといつもそわそわする時間が始まる。通知が来るか来ないかで今日一日を終える時のテンションが変わるのだ。
時計をチラチラと見ながらもうすぐかな。今日はやってくれるかな。……それともお休みかな。推しの健康が第一だけど、やっぱり会えないのは寂しいな。そんなことを考えながら時間が過ぎていく。
ピロン。
スマートフォンが通知を知らせて私は急いで画面を点けて確認する。
「今日配信ある!」
そう。私が応援している人はネットで配信者をやっているのだ。
配信頻度は毎日じゃないが多い方だとは思う。私があんまり他の人を見てないから比べようはないけど。配信時間は夜が多くて、大体日付が変わる前には終わってくれるから翌日に響くことが少なくて助かっている。たまに調子が良くて長時間配信してくれる時もあるのは嬉しい反面、断腸の思いで配信を閉じて寝なきゃいけないのは寂しかったりもする。
そんな私の推しはいつも画面の向こうで私たちを楽しませてくれている。歌だったりゲームだったり雑談だったりと配信内容はその日によって様々だ。歌の頻度が高いときは歌うのが楽しい時期なのかなと勝手に思って嬉しなっちゃう。
楽しませてくれているだけじゃなく、こちらの背中も押してくれるのだ。私が推しと出会ったときはもう人気配信者の一人といっても過言ではなかった。でも、ずっと苦労していて努力を重ね続けてくれたから私が出会うことが出来たのだと知っている。そんな推しの言葉はたまに眩しすぎて直視出来なくて痛いくらい私に響く。
だからこそ私の毎日は推しに支えてもらっていると言い換えても差し支えはない。推しが家を掃除したと言えば翌日に掃除をして、推しが体力を付けるために頑張っていると言えばサボっていたストレッチを再開したりもした。推しが今日も頑張っていると思うだけで頑張る力が湧いてくるのだ。
そんな格好良い推しの今日の配信は何だろう。通知だけではよく分からなかったからアプリを開いてサムネイルを確認すれば「重大発表あり」という文字に心臓がドクンと急に早鐘を打ったようになった。
わ、私の推しはマイナスな事柄を言わなくちゃいけないときにはこんな風にはしない。そこに関しては今までの配信を見てきたことによる信頼がある。だから嬉しいことだとは思う。思うのだが、内容の想像が付かなくて手が震えてきてしまう。
誰かに手を握っていてほしい。そう強く願っても私は一人暮らしで、同じ担当の友達は会えるような距離には住んでいない。無情にも私に出来ることは時間が過ぎるのを待つことしかなかった。
私はずっと時計を見つめている。早く時間が過ぎていってほしいのか、時間の流れが遅くなって配信までもっと心の準備をする時間が欲しいのか。もう自分で分からなかった。
心臓がどうにかなりそうになっていると、時刻は推しの配信時間の始まりを指した。
あらかじめ配信ページを開いていたから少しの待機時間の後、配信が始まった。いつも笑顔で見ている推しの姿を今日の私は緊張しながら見守っている。
『こんばんは! いや~突然の重大発表ってことで皆を驚かせちゃったかと思うんですけどね!』
最初のトークも上手く私の耳に入ってこない。入ってきてはいるのだろうけど、もう片方の耳から抜けていっている気がする。落ち着いたらアーカイブで見直さなきゃと冷静な私が言ってくるが、果たして私に冷静な瞬間が訪れるのかはよく分かっていない。
トークでこちらの緊張を緩ませようとしているのは伝わってくる。でも、私はずっと手の平に汗をかいていて、背中に力が入りすぎて肩が凝りそうだとも思う。
『あんまり喋っていると引き延ばしてると思われそうなのでそろそろ発表しちゃいましょうかね! ちゃんと画像も用意してきたんで出しますね。えーっと……はい!』
画面いっぱいに映し出された画像に私はこの一瞬では理解が追いついていないのを感じていた。
『というわけで1stライブやります! 皆が僕と直接会いたいと思ってくれていたことはずっと前から感じていて、ようやくそれが叶えられます! 本当に、本当に皆の応援がなかったここまで来れませんでした。ありがとう!!! 僕に会いにきてほしい!!!』
スマートフォンの画面に水滴が落ちたことで私は自分が泣いていたことに気付いた。
推しがライブについて色々と説明してくれている気がするが私の頭には何も入ってこない。推しのことだから後でちゃんと説明画像を上げてくれるだろうという甘えもあるのかもしれない。
ずっと、推しがずっと歌が大好きなのは知っていた。配信で歌ってくれる時はいつも楽しそうで、過去に一回だけ『直接皆の前で歌えたらいいな』と零していたことも覚えている。あんなポロッと言ってしまったみたいな本音を忘れることなんて出来ない。
だからこそ今日の発表は私達リスナーの夢であり、推しの夢でもあるのだ。こんな、こんな嬉しいことが他にあるだろうか。少なくとも私が今まで生きてきた人生の中ではなかったと胸を張って言える。
ボタボタと目から涙が落ちてしまう。私はスマートフォンの位置を少しだけずらすと涙を拭うこともせず、推しの嬉しそうな声を聞いていた。
重大発表があったあの配信から十ヶ月後、私が応援している人は今ステージの上でキラキラと太陽みたいに輝いている。
画面越しじゃなくて、間違いなく目の前にいる。楽しそうに客席にいる皆を一人残らず目に焼き付けてやるという勢いで歌いながらこちらを見てくれていた。
私はいつだってあなたの自分が楽しみながらも、こちらを楽しませようと努力を続けてくれたところが好きなんだ。
目が潰れそうなほど眩しい光を放つ世界で一番大好きな人を直接この目で見ながら私は人生で一番大きな声を出して彼の名前を呼んだ。
私の太陽 からから @kirinomi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます