【KAC用】ひなまつりのキセキ

しろまり

ひなまつりのキセキ

2月の節分が終わり、中旬に差し掛かろうとしていたある日。


私は飾り台を出して、雛人形を飾った。


一人暮らしの私が持つには立派な雛人形。


お内裏様とお雛様、三人官女の他に五人囃子と随身までもが揃う。


お陰で、リビングは雛人形が占拠してしまった。


けれど、子どもの時に買って貰った大切な思い出の品なので、部屋が狭くなっても私は満足している。


雛人形を飾ると、子どもの頃に家族と祝った楽しい雛祭りを思い出すから。




そして今日は3月3日、雛祭り当日。


お雛様を見ながら、ひなあられでも食べようとリビングに行くと話し声が聞こえた。


「この浮気者!」


「いや、違うんだ」


「何が違うとおっしゃるの?! わらわは知っているのよ! あの女のコソコソと、夜な夜な密会しているのを!」


「いや、だから誤解なのだ。別に密会していた訳ではなくて」


「嘘おっしゃい! こう、女の耳に口を寄せて楽し気に話していたではないの!!」


「別に楽し気になんてしてないから。それは姫の勘違いだから! 知っているだろう? 我には姫しかいないと」


「そんな事をおっしゃっても、絆されたりしませんからね!」


修羅場だ。


何故か、一人暮らしの我が家で修羅場が繰り広げられている。


(というか、誰? そこにいるのは誰?!)


誰もいないはずの部屋。聞こえてくる男女の声。


正直、怖い。


でも確かめずにいる訳にはいかない。


そっとリビングを覗くと、そこには―――


(えっ、嘘……雛人形が動いて喋ってる?!)


その光景にも驚いたけど、会話の内容と絵面が昼メロ過ぎてフリーズしてしまった。


言い争っていたのは最上段に飾られた、お内裏様とお雛様。


お雛様が「浮気者! わらわよりも、あの女の方が良いとおっしゃるの?!」と責めながら、お内裏様の胸をポカポカと叩いている。


お内裏様はというと「何を言う、我が好いておるのは姫だけだ」と、よくTVドラマで見る浮気男と同じ言葉で、お雛様を宥めていた。


お雛様に気圧されるお内裏様の姿は、殿のはずなのに威厳が微塵も感じられない。


(マジか……まぁ、そうだよね。雛人形の中でカップルなのって、その二人だよね)


二人と言っていいのか。正確には、二体と言うべきなのか。それとも一対か一組か。


この際、まるで人間のような会話をしているので二人と言わせていただこう。


よく見ると、その二人以外の雛人形達は気まずそうにしている。


(そりゃ、そうだ。目の前、というか上段で修羅場が起きちゃ、居た堪れないよね)


お雛様が『あの女』と言っていたのは、三人官女の一人。


長柄銚子を持っている、その人は口を出した方が良いのだろうかとオロオロしている。


(これは、お内裏様によるお手付きが発生した感じ? いや、魔が差したって事がなくもないかもしれないけど……でも、そんな事をしたら今後が困らない?)


ここにあるのは雛人形。


ずっと一つの家にいて、季節が過ぎれば揃って仕舞われてしまう。


現実の人間と違って、別れたり、家を出たり出来る訳ではない。


そうこうしている間も、お雛様の責めはヒートアップしていく。


日頃、お内裏様に対して思う事があるのだろう。


それらも一緒に合わせて、ただいま大噴火中である。


たじたじになっているお内裏様のライフは底を突きそうだ。


(これは、止めに入った方がいいんじゃ)


流石に見ていられず、気づけば口を出していた。


「まぁまぁ、お雛様、落ち着いて。お内裏様は本当に浮気していないかもしれませんよ」


「何をおっしゃるの! あの女に身体を寄せて、親密にしていたのよ!」


「だから、誤解だって。ちょっと聞かれたらマズイ話だったから距離は近かったかもしれないけど、身体を寄せたりなんかしてな


「やっぱり! わらわに聞かれたくない話をしていらっしゃったのでしょう?! この、浮気者!」


お内裏様の弁解は、火に油を注いだ。


(馬鹿じゃないの?! こっちが折角、宥めようとしていたのに!)


「いや、浮気じゃなくて、ただ話していただけかもしれないですし?」


「そうだ、そうなんだよ。ただの内緒話なんだよ」


「内緒話ですって? どんな内緒話だとおっしゃるの! わらわには言えなくて、あの女に言える話って何なのよ!」


(もう! ちょっと、お内裏様は黙ってて!)


「お雛様、落ち着いて。ほら、もしかしたら、その三人官女さんが五人囃子の誰かを好きになったから力を貸して欲しいって話かもしれないじゃないですか?」


話の方向を何とか逸らそうと、適当に言った。


本当に適当だった。


それなのに―――


「「!!!!」」


お内裏様とオロオロしていた三人官女の一人が目を丸くする。


目を吊り上げるお雛様といい、人形なのに表情が豊かだ。


(待って、その反応……まさか)


「ど、どうして知っているのだ? 秘密の話のはずなのに」


お内裏様が驚愕しつつ、ポロリと零した。


どうやらお内裏様は分かりやす過ぎる上に、口も滑りやすいらしい。


秘密の相談をする相手には向かないタイプと思う。


そんなお内裏様の反応に、お雛様は冷静さを取り戻したようだ。


「え、そうなのですか?」


「あぁ、そうだ。密かに相談されてな」


お雛様は、お内裏様を見た後『あの女』呼ばわりしていた三人官女に視線を向けた。


「何故、わららに相談してくれなかったのです?」


「姫様の手を煩わせたくなくて……それに、殿方の事は殿方の方が分かっているはずだと、他の三人官女に言われたものですから」


「そうなのね」


『餅は餅屋』みたいに言われて、お雛様は口を噤んだ。


そう言われたら、女性であるお雛様は何も言えないだろう。


どうやら仲間(?)の三人官女には相談していたらしい。


その相談されていた三人官女の二人は、先程からチラチラと五人囃子の一人を見ている。お内裏様も同じだ。


(いや、分かりやす過ぎでしょう?! 隠している意味ある?!)


三人の視線を受けて五人囃子の一人、小鼓を持った人形が「え、もしかして自分?!」って顔をしている。


それに気づいた長柄銚子を持った三人官女は顔を赤らめて、もじもじとし始めた。


小鼓を持った五人囃子の一人は中央に位置するため、両サイドの五人囃子から「お、やったな~」「コイツ~、このこの~」と突かれたり茶化されながらも、満更ではない表情を浮かべている。


(これは円満解決なのでは?)


そう思うと、三人官女と五人囃子の間にある雛壇が、恋する二人を隔てているようで可哀想に感じる。


私は、時間をかけて飾った雛人形達を床に並べる事にした。


一応、地位ファースト(?)で身分的に一番偉いお内裏様とお雛様から下ろして、三人官女、五人囃子、随身と下ろして行く。


「え、何で?」って不思議そうな顔をしながらも、全員、大人しく下ろされてくれた。


お内裏様とお雛様は誤解が解けたようで、先程までの修羅場が嘘のようにイチャイチャしている。


段がなくなり、対面で会話できるようなった小鼓の五人囃子と長柄銚子の三人官女は、テレテレしながら二人並んで告白合戦をし始めた。


「君の長柄銚子を持つ手が美しくて、いつも見惚れていた」とか


「あなたの小鼓の音(ね)が耳に心地よく、ずっと聞いていたかった」とか


どうやら長柄銚子の彼女は、小鼓の彼が元服前の少年だからと自分の気持ちを言い出せずにいたらしい。


小鼓の彼も、いつしか長柄銚子の彼女に想いを募らせていたのだとか。


けれど、元服前だからと自分の気持ちを抑えてきたと言う。


確かに雛人形として作られた設定は、そうかもしれない。


しかし長年、一緒にいるのだ。


そして成長もしない。


もはや年齢の設定など、あってないものだろう。


気持ちを確かめ合った二人は、互いに一歩ずつ距離を詰めると、頬を桃色に染めた。


そんな初々しい姿の二人を、残りの三人官女と五人囃子は「良かったね~」と見守っている。


私が「めでたし、めでたしだね!」と思っていると、場を仕切るような声が上がった。


しがれた声の主は左大臣だ。


「ところで何故、其方は我々の声が聞こえるのですかな?」


まさか自分に声を掛けられると思わず一瞬、反応が遅れた。


その間(ま)に、雛人形達がハッとしたように集まってくる。


「そう言われると、自然すぎて気づかなかったが、どうして人間に我らの声が届いているのだ?」


お内裏様の言葉で、雛人形達は「そうだ、そうだ」と私を見る。


一斉に、人形に視線を向けられて少し怖くなった。


ちょっとだけ日本人形のホラー映画が脳裏を過る。


(いやいや、きっと大丈夫。多分、きっと)


そう自分に言い聞かせながら、私は口を開いた。


「いや、私も何故かは分からなくて」


「そうか……」


お内裏様は考えるように、顎に手を当てる。


「言葉が通じるのなら、ちょうどいい。其方に言いたい事があるのだ」


人の上に立つ人間と同じ口調で、私に用があると言う。


(さすがお内裏様、偉そう。いや、殿だから偉いんだけど)


先程まで、殿の威厳が全くなかったので少し忘れていた。


「何でしょうか?」


「うむ。実はな、数年前に樟脳を変えたであろう? あれは止めてはくれぬか?」


樟脳は、雛人形や道具類を虫食いから守るための防虫剤だ。


毎年、雛人形を仕舞う時に新しい物を入れている。


確か、数年前から安い商品に変えたはずだ。


「樟脳? 何故ですか?」


「それがな、あの樟脳の匂いが臭くて堪らんのだ」


眉間に皺を寄せたお内裏様の発言を皮切りに、他の雛人形達からも声が上がる。


「そうそう、匂いがきつくて」


「あれじゃ、自分達が殺虫されちゃうよな」


「むせ返るようで、息苦しいのですわ」


「あのような香りと共に仕舞われるのは、ちょっと……」


ブーイングの嵐である。


「ふん、若者は我慢が足らんな」


そこに年の功、左大臣が“今時の若者は~”的な言葉を口にしつつ、ヤレヤレといった様子で肩を竦めた。


「何を言っているの。じぃだって『これでは息が出来ぬ!』って嫌がっていたではないの」


「うっ、姫様……」


お雛様の暴露に、言わないで欲しかったと左大臣の肩は落ちた。


(私には分からなかったけど、そんなに嫌だったんだ)


「分かりました。その前に使っていた樟脳なら大丈夫ですか?」


「あぁ、あれなら平気だ」


お内裏様はウンウンと頷くと、「他に言いたい事はないから、戻るとするか」と雛壇を見た。


「え、ないんですか?」


「うむ」


驚く私に、お内裏様は力強く首肯する。


「そうなんですか? てっきり、髪を整えて欲しいとか、衣装の解(ほつ)れを繕いで欲しいとか、壊れた道具を治して欲しいとか、何かしらあると思ったんですけど」


何かあるんじゃないかな?と思っていた私の言葉を聞いた瞬間、辺りがザワッと騒がしくなった。


「髪は自分で整えられるけど、この解れはどうにも出来なくて」


最初に口火を切った三人官女の一人。


裁縫道具がないから繕えないと言う。


確かに、我が家の雛人形セットには裁縫道具がない。


雛人形は揃えたけど、そこで予算が尽きてしまい、道具類は追々という事で後回しになっていた。


結果、追加する事はなく、道具といえる道具はないままになっている。


(まぁ、たとえ裁縫道具があっても、実際に裁縫が出来る物か分からないけど)


そこまで精密に作られたりはしていない気がした。


次に声を上げたのは、太鼓を持った五人囃子の一人だった。


「実は、面が破れてしまって……」


「えっ、それは私が直せるかな?」


「大丈夫です。これは紙で作られた物なので、和紙をいただけたら自分で直せます」


繕うぐらいなら何とかなるけど、さすがに楽器を直す自信はない。


そう、不安に思っていたら頼もしい返事が返って来た。


(あの三人官女じゃないけど、ちょっとキュンときちゃったよ)


それから、おずおずと手を挙げたのは右大臣だった。


「実は、弓の弦が緩んでしまっているのです。これでは、殿をお守りするのに不備がある」


護衛である右大臣は「それでは困るのです」と熱の籠った声で言った。


(しかし弓の弦と言われても、困るのは私の方ですが? 素材は何?!)


そんな戸惑いを察したのか、右大臣は表情を和らげて


「なに、麻の糸を一本いただければ良いのです。自分の武器は、自分で直せます故」


ふわりと微笑んだ。


その笑みという矢に、私の心臓は撃ち抜かれる。


(はわぁ、イケメンだ!!)


先程のキュンは愛らしさからのキュン。


今のは格好良さからのキュンである。


(そういえば昔、右大臣が好きだったなぁ)


お内裏様には、お雛様がいるから好きになる対象ではなかった。


それに対して、若くて武具を身につけている右大臣は、頼もしさを感じて好んでいた記憶がある。


(いや、別に人形に恋していた訳じゃないけどね)


そこからは色々な要望が上がりつつ、修繕に必要な物をリビングに持って来ては色々直しつつ、和気藹々と時間が過ぎていった。


(こんなに賑やかな雛祭りは久しぶりだなぁ)


私も雛人形達も会話が弾む。


楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。


気づけば夜になっていて、私は雛人形達を床に残したまま「おやすみ」と声を掛けた。


棚に戻すよりも、こうして並べている方が雛人形達も好きに過ごせると思ったのだ。


私は雛人形達の「おやすみなさい」という言葉を聞きながら、リビングの電気を消す。


そして自分のベッドに潜り込むと、眠りについた。


明日は何を話そうかな?とワクワクしながら。




翌日、目を覚ました私は雛人形の元へ行くと「おはよう!」と声を掛ける。


けれど、返事は返ってこなかった。


見ると雛人形達は、雛壇に置く順番で綺麗に並んでいる。


そして、全く動かなかった。


昨晩、遅くなったからと散らかしたままだった修繕に使った道具やゴミやらは、ちゃんと片付けられている。


恐らく、私が眠った後に雛人形達が整理したのだろう。


「ねぇ、もう喋ってはくれないの?」


どんなに声を掛けても返事はない。


どんなに触ってみても動かない。


(あぁ、そうか)


彼らは人形に戻ってしまったのだ。


昨日の出来事は、3月3日の『桃の節句』が起こした奇跡だったのだろう。


胸に寂しさを感じながら、私は必要な物を買いに出掛けた。


帰宅すると、買ってきた物を雛人形達の前に置く。


「はい、まずは樟脳。これで良いですね?」


私は以前、使っていた樟脳を掲げた。


皆が喜んでくれた気がする。


次に私は大きな箱を取り出す。


箱の中に、仕切りとなる透明な棚を組み立てれば完成だ。


「ふふふっ、すごいでしょう? これは皆を重ねて、一つの箱に仕舞うことが出来るんだよ。こうすれば、いつでも話が出来て寂しくないでしょう?」


修繕している時、雛人形達が言っていた。


一年で、この時しか話が出来ないと。


まさか『織姫と彦星』と同じ現象になっているとは思いもしなかった。


でも考えてみると、そうだなと思う。


だって雛人形達は、それぞれ個別の箱に入れて仕舞われていたのだから。


髪や衣装がグシャグシャにならないようにと配慮した結果、雛人形達は寂しい思いをしていたらしい。


箱が邪魔で会話にならなかったという訳だ。


私は雛人形を仕舞っていく。


衣装が皺にならないように注意を払い、顔は面紙で保護する。


昨年よりも丁寧に、昨年とは違う樟脳を入れて、ゆっくりと時間をかけた。


別れを惜しむように。


そうして予定通り、雛人形を一つの箱に仕舞うことが出来た。


(まぁ、これの問題点があるとすれば、プライバシーがなくなる事かもしれないけど)


それは、また来年の雛祭りの日に確かめれば良いと思った。


きっと来年も、雛人形達の声を聞けると期待を込めた私の願望。


「また来年。みんなと話すのを楽しみにしているからね!」


声を掛けながら、箱の蓋を閉めた。


『またね』と聞えた気がして、私の口元は緩む。


また来年が楽しみ!


そんな風に、この時の私は悠長に思っていた。


それが、よもや……五人囃子でも恋をして良いんだと思った二人が、一人の三人官女に想いを寄せるも、その三人官女は雛壇の近くの棚に飾ってあったフィギュア(某国のプリンス)に恋をしていて、問題のフィギュアはお雛様に一目惚れして……と恋の大波乱を呼んでいたとは知る由もなかった。

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