第5話

 衣夜里が親友の雨月と酒盛りをした夜から、半月が過ぎた。


 季節は三月の下旬、桜が開花し始める頃だ。衣夜里は新しく出来た彼氏の九原くはらや雨月にその彼氏の小嶋さんの四人で自然公園まで来ていた。まあ、よく言うダブルデートをしている。


「うーん、いい天気で良かったあ」


「本当にね、雨月」


「衣夜、桜が綺麗だからさ。あっちに行かない?」


「あ、俺達もこっちのベンチで弁当を食べよう」


 一番目が衣夜里、二番目は雨月、三番目は九原、最後が小嶋さんだが。ちなみに、九原は衣夜里と同い年で四十歳、小嶋さんはちょっと上で四十三歳だ。衣夜里は雨月に目配せをする。あちらもすぐに気づいたらしい。頷いてくれた。


「分かった、行きましょ。小嶋さん」


「うん、先に飯にしよう」


 雨月が行ってしまうと、衣夜里は軽く息をつく。九原はちょっと嬉しそうにしている。何故か、彼は雨月に対抗意識を持っていた。


「……衣夜、あっちで俺達もお弁当を食べようか」


「そうだね、行こう」


 衣夜里が頷くと、九原は片手を差し出す。好意に甘えて自身の手を重ねる。キュッと握られた。春の暖かな日差しの中、二人はゆっくりと歩くのだった。


 あれから、半年が過ぎた。衣夜里は九原と入籍する。だが、二人共に良い年だからと式は挙げなかった。

 代わりに双方の両親を呼び、某料亭にて食事会をしたが。特に衣夜里の両親は遅めとはいえ、身を固めてくれたと喜んでいた。


「衣夜、今日は何を食べたい?」


「そうだなあ、さとしが得意な豚の生姜焼きが食べたいかな」


「分かった、夕飯で作るよ。材料を買って来ないとなあ」


 悟と言うのは衣夜里の旦那もとい、九原の下の名前だ。彼はにっこりと笑う。今日は日曜日で悟がお昼と夕食を担当してくれる。

 楽しみだなと衣夜里は思った。


 お昼は豚丼、夕食も生姜焼きとガッツリ系ではあるが。衣夜里はさすがにまずまずの量、悟は二倍くらいの量を食べていた。


「悟、昔から痩せの大食いだよね」


「うん、たくさん食べないとさ。すぐにお腹が減るんだよな」


「……ふうん」


 衣夜里は驚きながらもご飯を口に運ぶ。悟お手製のお味噌汁やほうれん草のお浸しはあっさりしている。これらなら、衣夜里も食べやすい。


「衣夜里、君も今は大事な時期なんだし。せめて、メインが無理でもさ。お浸しは食べてくれよ」


「分かったよ、ただね。私は悪阻つわりが軽いから、大丈夫だよ」


「それでも、心配なんだよ。しかも、先生の見立てだと双子らしいじゃないか」


 悟が言うと衣夜里は苦笑いした。そう、衣夜里は彼と結婚して三ヶ月目に妊娠が判明した。周囲、特に義両親や両親は驚いていた。ちなみに、雨月や旦那の小嶋さんもだが。

 実は雨月も二ヶ月前に小嶋さんと結婚している。衣夜里や悟も大いに祝福した。


「うん、産むのは不安だけど。雨月が凄く気にしてくれてるし、大丈夫な気がする」


「……衣夜は雨月さんと本当に仲が良いね」


「まあ、昔からの友人だからなあ」


 衣夜里が言うと悟はちょっと拗ねたような表情になる。以前から、悟は雨月にライバル心を抱いていた。女友達だからと言っても彼はなかなか納得しそうにない。それ以外は良い旦那なのだが。ちょっと、苦い笑いが込みあげてきたのだった。


 あれから、半年と少しが経っていた。無事に衣夜里は元気な男の子と女の子の双子が産み落とす。兄は旦那で父の悟の一字をもらい、とおると名付けられる。妹は妻で母の衣夜里の一字から、凛香りんかと名付けた。

 亨と凛香は二人共に元気ですくすくと育つ。季節は六月の下旬、真夏に一歩ずつ近づいていた。


「ふう、病院から退院して一週間かあ」


「うん、お疲れさん。衣夜」


 双子がすやすやと昼寝をする中、つかの間の休息を衣夜里はとっていた。傍らには悟がいる。もう、日差しは強くて空も夏の色になっていた。


「これから、大変になるね。悟」


「ああ、けどさ。頑張っていくしかないぞ」


「だね、しっかりと亨や凛香を育てないと」


「俺もサポートするよ」


「うん、よろしく。パパ」


 衣夜里が言うと悟は顔をくしゃくしゃにしながら、笑う。代わりに彼女の左手を握った。衣夜里はその温もりとがっしりとした感覚に安堵感をひしひしと噛み締めた。笑い返したのだった。


  ――End――

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初春に降る雨 入江 涼子 @irie05

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