アイドルに生はキケンですっ!

小絲 さなこ


 金曜日午後八時。

 軽快な音楽が流れ始める。


『アオイトリの翼の、トリの降臨〜!』


 元気いっぱいの三人の少女の声。

 飛ぶ鳥を落とす勢いで人気上昇中のアイドルグループ『アオイトリの翼』のレギュラーラジオ番組が始まる。



 狭いラジオブース。

 テーブルの上には進行表が無造作に置かれている。


 私たち『アオイトリの翼』のレギュラーラジオ番組『アオイトリの翼のトリの降臨』は、台本なしの生放送。

 その日のテーマ、曲をかける時間、告知タイムの文言は決まっているが、あとは自由にさせてもらっている。

 毎回ちょっとしたハプニングがあるけど、最近は慣れてきたのもあって、緊張感よりもワクワクした気持ちの方が強くなっている。

 

 ガラスの向こう側──副調整室に目線を送る。

 オープニング曲がフェードアウトしていく。



「こんばんは! アオイトリの翼、大空を飛び回りたい、鴨居かもいソラです!」


 ソラはキャラメル色に染めた髪をかきあげ、元気いっぱいに名乗る。


「ごきげんよう。アオイトリの翼、白鳥のように優雅に生きたい、おおとりルリでございます」


 私は、いついかなる時も慎ましく上品に振る舞うよう心がけている。もちろん、ファンの視線がない場面でも。


「こんばんはぁ〜。アオイトリの翼、みんなに幸せ届けたい、鶴峰つるみねまりんで〜す」

 

 見た目も口調もプリンのようなまりんは私の癒しだ。これ終わったら抱きしめさせてもらおう。



 進行表を引き寄せ、ソラが唇を開く。


「さて、三月といえば、ひなまつり! と、いうわけで今日のテーマはひなまつり……なんだけど、ルリとまりんはひなまつりの思い出って何かある?」


 いきなり思い出聞くか!

 打ち合わせのとき、私、ひなまつりの起源やら各地の風習を調べてきたって話したよね?

 どうやってそっちに話を持って行こう……いや、持っていかなくていいか。思い出話で盛り上がるのなら。


 

「まりんはねぇ〜、ちっちゃい頃から、ひなあられ大好きなんだぁ」

「そうなんだ。渋いね」

「小さくてぇ〜甘くて〜美味しいよね〜」

「え? ひなあられって甘くないよね」

「ええっ⁈ 甘いよ〜!」

「地域によって、ポン菓子だったり、おかきだったりするらしいですわよ」


 私はふたりの会話に割り込んだ。

 事前に調べておいて良かったー!

 ひなあられには地域差があるのです。

 

『トリの降臨』は日本全国リアムタイムで聴くことができる。

 私はたちのファンは三分の一は女性だから、このひなあられの地域差に関する投稿があるかもしれない。

 テーブルの上に置いているタブレットを操作。SNSで『#トリの降臨ラジオ』と検索する。

 SNSの反応をチェックするのは私の役目なのだ。 


「そうなんだ。さっすがルリ、物知りだねー。あたし甘いひなあられって食べたことないかも」

「まりんもおかきのひなあられ食べてみたいな〜。ひなあられも好きだけどぉ、毎年ママがちらし寿司作ってくれるの。美味しくて〜ありがとうママ〜って思うんだぁ」


 くぅっ! まりん、可愛い!


 はっ! 今は生放送中だった。危うくテーブルを乗り越えて抱きつくところだったわ。危ないアブナイ……


「もー、まりんってば食いしん坊なんだからっ!」


 ぷに、とソラがまりんの頬をつつく。

 うほはぁ〜!

 ソラとまりんのイチャイチャシーンきたあああ!

 はあはあはあはあ……

 やっぱ、ソラまりはいいわ……


 って、ダメダメ、今は生放送中なんだから!

 気持ちを切り替えますわよ、ルリ!



「実家に祖母、母、私、と受け継がれてきたおひなさまがあるんだけど……」


 このまま食べ物トークになってしまうと飯テロラジオになってしまうので、軌道修正を試みる。

 

 毎年、祖母と母、私で七段飾りを飾り付け、天気の良い日を選んで仕舞う。我が家の大切な行事のひとつだ。実家の祖母を思い出し、少し寂しくなる。声に現れないようにしたけど、大丈夫かな。


 

「すてき〜! まりんのおひなさま、ふたりだけだから、七段のって、あこがれちゃう〜」 

「じゃあ、来年一緒におひなさま飾ってみますか?」 

「いいの? やったぁ〜」


 いよっしゃー!

 まりんとひなまつりの約束取り付けた!

 私は心の中でガッツポーズをとった。

 

「ルリはお嬢様だねー。うちのは一段の雛人形だったよ」

「ソラさんも来年、うちの実家にいらして。一緒にひなまつりしましょう」

「実はさ、あたし雛人形って苦手だったんだよね。夜中に目が光ったりするし……」


 ソラがニヤリと笑う。

 

「ちょっ、怖い話はやめてくださる?」


 両手で耳を塞ぐ。

 私は怪談が大の苦手なのだ。

 

「わかる〜! 夜、騒がしいなぁ〜と思って起きたら、おひなさまの首がすぽーんって取れて部屋中飛び回ってたことがあってぇ……」

 

 乗らないでよ、まりん!


「あー、あるある!」 

「やっぱりよくあることなんだねぇ〜」

 

 ないよ!


「朝、男雛の体に女雛の顔がハマってて、女雛の体に男雛の顔がハマってたりとかね」

「直しても〜、次の日にまた逆になってるんだよねぇ〜。ママに訊いたら『よくあることだから』って言われたし〜」


 いや、ないよ!

 少なくともうちの実家では、一度もないよ!


 副調整室に視線を向けると、マネージャーとディレクターが頷いている。

 え、よくあること?

 私の隣に座っている放送作家も頷いている。

 え、普通は夜中におひなさまが動いてるって?

 ま、マジで……?


 

 

「では、ここで一曲。一月にリリースした曲をかけるね〜。振り付けが蛇みたいで可愛いから〜みんなも踊ってくれると、まりん嬉しいなぁ。アオイトリの翼で『じゃの道はヘブン』」


 曲がかかっている間に、進行表を読み返しSNSの反応をチェック。番組内で取り上げるものをピックアップし、曲が終わり次第、いくつか読み上げる。

 

 私たちアイドルは、ファンがいないと存在できない。

 ファンはアイドルの命であり、パワーの源。私はそう思っている。


 

 今回も盛り上がるSNSの『#トリの降臨ラジオ』に感謝し、安堵する。

 SNSで話題になるのは、怖いなと感じることもあるけど、嬉しい気持ちの方が大きい。

 今夜も『トリの降臨』がトレンド入りしますように!

 

 

「昔の話だけど……あたしにとって、ひなまつりってあまりピンとこない行事だったんだ」


 遠くを見つめながら、ソラがぽつりと呟く。

 

「そうなんだぁ〜」

「実はあたし、前世男だったんだけど──」

「なんて?」


 思わず素で聞き返してしまったけど、えーと、これ、生放送で言っていいやつ?


 前代未聞のカミングアウトをしたソラは、いつも通りの笑顔。

 副調整室のマネージャーとディレクターに視線を向ける。 

 いやいや、おもしろそうだからそのまま行けって、おい!

 放送作家さんも『オーケーオーケー』じゃねぇよ!

 


「前世では、ひなまつりってひなあられ食べるだけの行事だと思ってたんだよね。でも今あたし女の子じゃん。ひなまつりってこんな楽しいものだったんだね。フッヒョォーイって感じするよ」


 わかんねーよ。フッヒョォーイって、どんなだよ。

 

「そうなんだぁ。ソラちゃん男の子だったんだぁ。じゃあ、まりんも前世男の子だったかもだねぇ」


 いや、それはあり得るかもしれないけど、まりんには身も心も女の子でいてほしい!


「そうかもね」


 ソラはそう言うと、私をじっと見つめる。


「前世が男だったからかな。あたしルリのことが好きなんだよね」


 初めて見るソラの表情。

 飢えたような、熱を孕んだような……


 

 え、え、え……まって、マジ?

 これ、ドッキリ番組とかだよね?

 違うの?

 

「え、あの……その好きってもしかして……」


 震える声に自分でも驚く。

 顔が熱い……


「マジなやつだよ」

  

「え、えっ、そんなこと言われましても……だって、私も前世男で──」


 思わずトップシークレットが出てしまい、私は口を両手で押さえた。




 なま!


 これ、生だからあああ!

 

 

「ええ〜! ふたりとも前世男の子だったんだぁ。ズルい〜! まりんも前世男だってことにするぅ!」


 いや、しなくていいから!

 

 三人全員前世男のアイドルグループ。それはそれで売りになるかもしれないけど!

 おいこらマネージャー!

『それだ!』じゃねえよ!


 ていうか、どうすんのこれ!

 怖くてエゴサできねぇ!

 


「でもでも〜ぉ、ソラちゃんがルリちゃんのこと本気で好きってことは〜、ほらあの、こーいうの、ゆり……っていうの、なのかな。それとも精神的びーえるなのかなぁ」


 

 カット!


 曲終わってからのトーク、全部カットして──って無理じゃん!



  


 

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