ヒナのお祭り

瑠東睦果

ヒナのお祭り

 その日、スマートフォンの画面に『3月3日 月曜日 0:00』と表示された瞬間から、ある平凡な女子高生──鏡石美咲は、ひどく興奮していた。その感情のままに、美咲は電話をかける。


「もしもし?」

「おめでとう、ヒナ!!!!!!」



「……えっ?」


 美咲は通話が開始されたと見るや開口一番、祝いの言葉を口にした。その声量は大きく、日付が変わる夜更けに出すようなものではなかったが、美咲はその程度のことを気にするような人間ではない。


 今現在、美咲の頭の中を占めていることといえば、どうすればこの同じ女子校のクラスメイトである川井ヒナを、めいいっぱい祝すことができるか。ただそれだけであった。


「なんかもう、今日の記念日のパーティーは、めちゃくちゃ派手にしたいね。飾り付けに古今東西の縁起物とか使っちゃおうよ。そういうのアタシ、結構持ってるし……最近だと、祈るだけでトリの降臨が確実に起こる、なんて噂されてる置物なんかも……」


「……ま、待って待って。その……何言ってるの、美咲ちゃん?」


 電話口から、困惑を滲ませた声が聞こえ、美咲は首をかしげる。その疑念が届いたのか、ヒナが言葉を続けた。


「わたし、夏生まれだよ? 誕生日でもないのに……記念日、ってどういうこと?」


「え? だって今日は、ヒナのお祭りでしょ」


 美咲は自信を持って答える。3月3日は『ひなまつり』。あらゆる女の子にとっての祝祭であり、それはヒナにとっても『ヒナ祭り』である、と。そういう理屈であった。


 んん、とヒナが軽く咳払いをした音が聞こえる。美咲はヒナの言葉を待った。


「その……気持ちは嬉しいんだけど、別にわたしの記念日でもないのに、わざわざ何かしてもらうのはちょっと……」


「え」


 なんということだ。これでは、きたる今日のために半年前から準備していた自分はなんなんだ、と美咲は思う。思うが、ただ同時に、これはチャンスではないか、とも考えるのが美咲という人間である。


「何言ってるのヒナ!!! 記念日なんていくらあっても困らないじゃん!!!!! むしろ、新しく作ってどんどん増やしていくものでしょ!?」

「何言ってるの、はこっちの台詞だよ、美咲ちゃん……」


 両者ともに相手を説得させるべく始まった会話は、朝日が顔をのぞかせる時間まで続き、結局は3月4日に日付が変わるその瞬間まで終わることはなかった。

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ヒナのお祭り 瑠東睦果 @ruto_mutsuha

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