第20話 人間味
教室に着くと、女子達の集まりが出来ていた。規模もそれなりに大きめだ。
一体何の騒ぎかと耳をそばだててみると、どうやら七城尾花が中心となって形成された集まりらしかった(朝の島津屋の話ではないが)。彼女の復学初日を彷彿とさせる。「綺麗〜」「似合ってる似合ってる」「どこで買ったの?」と、完全に女子トークといったご様子だ。
朝から賑やかだね……と、横目でそれを流し見しながら彰人は自身の席に着いた。昨日、散々な目に遭った身としては、そんな何気のない光景が、ひどく平和に目にうつる。
「あ、七城さん。千鶴が来たよ」
「愛しの千鶴に見せたげなよ」
「絶対惚れ直すって~」
「やだなー、みんな。あたしと千鶴くんは、まだそういう関係じゃないって~」
最後の発言は、七城尾花のものだった。やけに嬉しそうに、声が弾んでいる。藪から棒に三度も名前を呼ばれ、「えっ、何?」と思わず口から洩れてしまう彰人。
ス……と門が開くかのように女子達の塊が割れ、そのど真ん中を、七城尾花がファッションショーのような足取りで歩いてくる。
「へへ。千鶴くん、どうかなこのメイク。自分なりに頑張ってみたんだー」
七城尾花は手の甲でプラチナブロンドの髪を掬い上げ、破顔しながら彰人に問うた。見せたいものとは、どうやら
「おー……」
――変化だけでいえば、それは大それたものではないのかもしれない。だが、その小さな変化が齎した効果は大きかった。今日の彼女は、明らかに印象が変わって見える。
真っ白だった睫毛と眉が、ダークブラウンに軽く着色されている。これが一番の変化といっていい。真っ白だった眉と睫毛に色が入ったことにより、少し色素は薄いが日本人女性と十分認識できるようになり、浮世離れした感が一気に薄れ、親しみやすさが増している。
瞼周りには薄いピンクのアイシャドウ。その発色により、普段より血色もよく見える。そして涙袋部分には、よくよく見ると小さく光るラメ入りのパール色のアイライナーが入っている。じっくり顔を見ないとわからない具合なのが、生徒指導に引っかかるか否かのギリギリのラインを攻めている感がある。唇に塗られたグロスも、唇のボリュームと艶感を演出している。
彼女のように、どこを取っても真っ白だと、少しの過剰が即悪目立ちに繋がりそうなものなのだが、その辺の塩梅も殆ど気にならない。日和って控えめになりすぎた感もない。
総評を述べれば――普段の七城尾花の、髪や眉、睫毛に至るまで純白で、赤眼で白い肌という、幻想的で現実離れした美貌は、神聖さのあまり、ともすれば近寄りがたい雰囲気すら漂わせていた。そんな彼女の外見を、敢えて普通の女の子に近づけるようメイクをすることで、
「これ……もしかして昨日、浜倉が部室できみに指導してたやつ?」
「ピンポーン。そうそう、それそれ。言われた通りにやってみたのがこれって訳。即興でこんなの考えつくなんて鈴奈スゴいよね」
「いや、本当に。それにしても、浜倉に顔作ってもらったわけじゃなくて、アドバイスだけきいて、一日で実践して見せるなんて……。メイクのことはサッパリだけど、印象が全然違って見えるよ」
と、目を丸くしていると、周囲の女子達がワイワイとしゃべりだす。
「あー浜倉の直伝か。なんか納得ー」
「ギャルいのだけじゃなくて、こういうメイクも教えられるのは流石だわ」
「本当は『ギャルのアタシに聞くことか?』って軽くツッコミ入れられたんだけどね。でも何だかんだで、バシッとアドバイスしてくれたよ!」
てへ、と小さく舌を出す七城尾花。
「おうおう。何だ? 何の集まりだこれは。アタシが何だってー?」
「あ、浜倉。噂をすれば」
隣のクラスから、噂の鈴奈が集まりに目をつけてやってきた。
「鈴奈! 言われたとおりにやってみたよ! どう? どう?」
おお……と、鈴奈は一瞬言葉を失った。
「お前……まさか昨日の今日で本当に実践してくるとか! だいぶ難しいこと言ったつもりなんだが……いや、おでれーた。すげーよお前」
この様子だと、上手くいかずに泣きついてくる想定でアドバイスしていたのかもしれない。自分の提案の的確さよりも、純粋に七城尾花のメイクの完成度に感動している。
「やー、評価してもらえて嬉しい限りだよ。――でも、このメイクは
「えー? 何で!?」
「凄いキレイなのに!」
唐突な今日限り宣言に、心底惜しそうに女子達が七城尾花を問い詰める。
「あー、もしかして時間か。尾花、オメー顔作るのに何時間かけた?」
「三時間半。ミスった時に備えて三時起きだったんだよ。慣れない事ばっかりだったから、まあ悪戦苦闘したよー。発色の加減とかになかなか納得いかなくてさー。自分の顔見飽きるくらいには鏡と格闘してたよ」
「さっ……さんじかんはん!?」
「デートでもない、たかだか学校行くのに三時間半!?」
周囲が騒然となる。遠巻きで見ていた者たちも「マジか……」「根性やばない?」「特殊メイクか何かかよ」と口々にし始める。
「さすがに毎日メイクにそこまで時間かけてられないし、あとほら、期末考査近いしさ。早起きするならベンキョーに時間かけないとね。ただでさえあたし、みんなより三か月遅れ取ってるわけだしさ。ノートまで借りさせていただいてる身としてはねえ」
一時間チョイで出来るようになるまで、夏休みの間に修行だわ。そう言って七城尾花は今日限りの理由を説明しきった。「七城さん真面目かよ」「やべー、そういえばもうそんな時期か」「全然勉強してねーわ」という声が口々に挙がった。
七城尾花の夏、亡者の秋。そして厄災の里 天流貞明 @04110510
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