サイコロ人生
至福一兆
第1話
4つの面を持つサイコロが回る。面にはそれぞれ『春』、『夏』、『秋』、『冬』と書いてあり、それは君の運命を表している。このサイコロはいずれ止まり、書かれた運命は君を逃すことはない。サイコロは君の人生を支配している。君は出目の確認要員だ。これは人生最初の君の仕事だ。君のサイコロは、『冬』と書かれた面で止まった。
「おぎゃーおぎゃー!」
君は今産まれた。冬のことだった。分娩室の外は0度を下回るほど寒い。しかし、そんな寒さも、君のたんが絡んだような泣き声で吹き飛んでしまう。実際には君の泣き声は防音がしっかりと施された分娩室の壁を通り抜けることはできなかったが、君の泣き声を聞いた人たち全員はそう感じた。それほどに感動的な出来事だった。君の両親にとって、君は天使だった。5体満足、出産が早まることも遅くなることもない完璧な出産だった。これから、君の人生が始まる。
君が流産する確率、15%
さあ、朝が始まる。(太陽が昇る確率99、99,99999999999999999999999…%)
朝、受験する学校に遅れないように早めにホテルをでる。今回だけは、決して失敗は許されない。そう、僕は1浪していた。(20%)
なぜ一浪したかと言われると、偶然だったとしか言いようがない。僕の人生を操るサイコロが決めた出来事であって、僕の起こした出来事ではない。その日、受験校に向かっていた僕はコケた。それだけだった。何もないところで、たまたま転んで、当たりどころが悪かった。それで骨折、そして浪人。運命のサイコロは手際よく、僕の人生を崖っぷちまで追いやった。最初は自分を責めたものだが、今ではそんなことはしない。1年間続いた地獄のような日々によって人生は運だと気付かされた。努力によって確率を多少変えることができたが、最終的にはサイコロを回さなければならない。そこでしくじった運のない奴は社会、ひどい時は人生そのものから追い出される。
そんなことを考えながら、道を歩く。今日は快晴だった。(30%)2月の朝は心地よい寒さをしていた。頭が冷やされ、良く回る。気分が良くて、僕は浮かれていた。と言っても警戒は怠らない。受験会場まで、電車に乗ってちょっと歩くだけ。1時間前には到着するだろう。緊張することなんてない。僕の学力からして、第一志望に受かるのは当然のことだった。死に物狂いの努力をしたからだ。僕の落ちる確率はガリガリ君が2本連続で当たる確率と同じくらいだ。(0,0016%)過去問だって満点に限りなく近い点数を取れる。これでも心配するのは相当なマヌケだけだ。
さて、もう駅に着いたようだ。ここまでは何も起こらなかった。次は電車が遅れないかだ。予行練習の通りに、大学の最寄り駅まで向かう電車のホームへ迷いなく移動する。完璧な動きだ。彼は列の一番前に並ぶ。さて、電車が遅れないように、祈ろう。できることはそれだけだ。
サイコロが回り始めた。僕はそれを見ていることしかできない。確率はだいぶ低いが、前回そのだいぶ低い確率とやらにやられてしまった。サイコロはいつだってそこにある。
…ガタンゴトン
電車は5分以上遅れることなくやってきた。(0,333…%)まあ、当然だ。電車から人が降りるのを待って乗り込む。ラッキーなことに、僕は席につくことができた。
スマホを取り出し、お気に入りの本を読もうとする。この本を読むのはいつぶりだろうか。僕は読書好き(59,7%)で、小説を良く読んでいた。(37,1%)スマホの電源をつけると、母から大量の通知が来ていた。その内容は母のもつ恨みが滲み出ていた。大抵が僕に対する脅しなのだ。『忘れ物はないでしょうね!』『もう浪人はさせないから』、『しっかり気を付けなさい!』、『次くだらない失敗をしたら許さないわよ!』なんてたくさんのメッセージだ。全く、母は応援とかそう言ったことを全くしようとしない。1浪した時点で僕は母の頭の中でドラ息子ということになってしまっていた。僕が足を滑らして転んだことについて、全てにおいて僕が悪いと思っているのだ。母はこう言った「あなたが気を付けないのが悪いんでしょ!」と、僕が転んだ理由は、ただ単に運が悪かっただけということがわからないのだ。転んで、怪我をした。これだけ聞けば僕が悪い。しかし、僕は別に焦ったりしていなかった。ただ普通に道を歩いていたら偶然石につまずき、さらに偶然が重なって骨折。それらは僕がちゃんとしていないのが悪いのだと母は言う。彼女はちゃんとしている人の元にはいかなる不運も起こらないと思っているのだ。
しっかりと生きている人なら、サイコロの出目だって変えてしまえるらしい。事故なんて一切起こらないし、戦争なんて起こらないと。これはひどい勘違いだった。宝くじで当たった人(0,00001%)には何かコツがあって、ただ運が良かっただけではないと思っているのだ。
そう思っていると、新しい通知が届いた。
『私の聞いた話だと、受験当日に水を飲みすぎて…』
出た、母のいつものやり口、“例を挙げる”。たった1人の例を大げさに取り上げて、騙そうとしてくるものだ。母はおあつらえ向きの話を探して、僕みたいな人に突きつけることが大の得意だった。どこにでも転がっているごく一部の例、それが誰しもに差し迫っている危険のように話す。これに騙される人の多いこと多いこと。母に限らずこれは社会のどこでも行われている悪どい歴史あるやり口だ。
僕はこんな手口には引っかからない。母はまんまと騙されているようだったが。
電車が到着した。
予行練習の通りのスムーズな移動、それを再びして大学の前まで、少し歩く。
散々な言いようだったが、僕は母が嫌いではない。迷信深いと言うことは善良であるということであったし、母に目立つ欠点があるわけではない。ただの中流階級の人で、(65%)僕に献身的な育児をしてくれた。それだけで尊敬する理由は十分だった。
さて、最もあり得そうな事故である交通事故(0,000088%)に遭ったり火事に遭ったり(0,000077%)南海トラフが起こる(0,0073%)ということもなく無事に校門まで辿り着いた。
さあ、さっさと行って、合格してこよう。
ドサ!後ろで音がして振り返る。するとそこには落ちた蜂の巣があった。(?%)マズイ!早く逃げないと!反射的に、蜂の巣とは反対方向へ走り出す。急げ!急げ!
よし、大丈夫だ。十数秒走り続けていたが、蜂は襲ってこなかった。早くに離れたのがうまく行った。
ドゴーーーーン!目の前が真っ白になり、風圧でよろける。耳がキーンと言っている。どうやら、目の前に隕石が落ちたらしい、(?%)信じがたいが、そのようだった。とりあえず、横にそれて体制を立て直そう。蜂から離れていく必要もある。まさに前門の虎後門の狼、いや、泣きっ面に蜂と言うべきだろうか、文字通り蜂に襲われたし。
くだらないことを考える余裕が再び生まれた。この調子で、余裕を持って、冷静に、数歩後ずさって…
「あっ」
踵に硬い感触があった。段差に躓いて(?)転んだらしい。時間がゆっくりになる。2月の澄んだ空気とキラキラと光る太陽を見ながら、去年自分に起こったことを思い出す。確かあの時は当たりどころが悪かった。今回も今倒れている地面に石が落ちている可能性(?%)がある。サイコロに祈ろう。それしかない。
享年19歳(0,00506%)
「本日はお忙しい中、息子の葬儀にご参列いただき、誠にありがとうございます。遺族、親戚を代表いたしまして、ごあいさつ申し上げます。
息子は、2月15日、事故により永眠いたしました。享年19歳でございました。
息子は、そそっかしい子でした。今回の事故と同じような事が去年も起こって…それで…怪我をしました。私が、私が!注意するようもっと言っておけば、息子は、死ななかったかもしれません。今でもそのことは、悔やんでも悔やみきれません。
……すいません。少し涙が……。
本日は…最後までお見送りいただきまして…ありがとうございました。」
サイコロ人生 至福一兆 @ouzi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます