夏の終わり、君と春を見た。

夏/もく(きむ)

夏の終わり、君と春を見た。



「もう今日は帰る!」


 夕闇に染まる神社の石段。ひぐらしが騒がしく鳴いていた。

 私たちは些細なことで喧嘩をして、なにも言わずに分かれた。


 帰路につく頃には怒りも収まっていて、次に会う約束をしていた花火大会の日に謝ろうと、そう思っていた。


 だけど、君とはあの日が最後だった。


 またね、大好き。

 照れくさいけど分かれ際はいつもお互い言い合っていたのに、あの日だけは言えなかった。


 どうして意地を張ってしまったんだろう。

 どうして喧嘩なんかしてしまったんだろう。


 ……どうして私は、君が抱えていた余命すら知らなかったんだろう。


 後悔したところで、もう君はこの世界のどこにもいないのに。



 ***



 君の葬儀で知ったこと。


 来年の春まで生きられるかわからないと、そう伝えられていたらしい。


 思い返すと確かに不自然なところは多々あった。


 今年受験生なのにまったく勉強をしていなかったり、頻繁に遊びに出かけていたり、志望大について話してくれなかったり。


 それは君が、すでに生きることに見切りをつけていたからこその行動だったのだと、いなくなった今だからわかる。


 そのくせデートになればいつも「お参りしてこう」と言って、長いこと手を合わせていたのも知っている。


 それもまた、諦めているようで、諦めきれていなかった君の心の表れだったに違いない。


「なあ、明日はどうする」

「明日も出かけるの?」

「ダメ?」

「だって来週は花火大会にも行くし、遊んでばかりいたら本当に大学落ちるよ」

「お前なら大丈夫だって」


 そのとき、受験勉強がうまくいっていなかったこともあり、お気楽な発言にカチンときてしまった。


「前にも話したでしょ。うちってみんな医者家系なの。親も医者になれないような人間は自分の子供じゃないと思ってるくらいで」


 だから君みたいに呑気に考えていられないの、と。

 つい口を滑らせてしまった。


 最悪だ。喧嘩といっても、私が一方的に苛立ちをぶつけて、君はただ悲しそうにしていたんだから。



 結局、私は浪人して、親の期待から外れた人生を送りつつある。

 今年こそ合格しなければならないのに、まったく身が入らなかった。


 だって、病に苦しんでいた君を傷つけた私が、誰かの命を救う医者になるだなんて、そんなの許されないもの。



 ***



「ねえ、二百度参りって知ってる?」

「お百度参りじゃなくて?」

「塾の近くに神社があるじゃん。そこの案内板に書いてあったんだよね。普通神様に願いを聞いてもらうための儀式が百度参りなんだけど、二百度参りは死んだ人の魂を一時的に現世に蘇らせるための儀式なんだって」


 予備校の帰り、同じ塾生の話に私は足を止めた。

 彼女たちが言っている神社は、去年何度も君と足を運んだ場所だった。


「二百度参り……」




 ――それから時が経つのは早いことで、今夜はちょうど二百回目の参拝だった。

 私はひぐらしの鳴き声が響く薄暗い石段を登っていく。


(きっと、迷信なんだろうけど)


 それでもやらずにはいられなかった。

 そうしてたどり着いた本殿。鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼をする。


「……」


 しばらく時間が経過したけど、なにも起こらない。

 当たり前だ。やっぱりこんな都合のいい願いを神様が叶えてくれるわけない。


 虚しい笑みを浮かべながら、もう帰ろうと石段の前まで来る。


 ――その時だった。


 ドン、と。大きな爆発音が響き、夜空には眩しい大輪の花が咲いていた。


「花火……?」


 そこでハッと思い出す。今日は港の方で花火大会が開催されているんだった。


 去年、君と行くはずだった花火大会。

 どうしても見たいと言っていた、花火。


 それを私は、今ひとりで見ている。


「ごめん、なさい」


 言葉が自然と口からこぼれる。


 君の気持ちに気づいてあげられなかった。

 君の苦しみを一緒に背負ってあげられなかった。

 花火大会の約束を守れなかった。


 心の中で何度も何度も謝罪を繰り返す。そのうち涙で視界がぼやけていく。


 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 本当に、ごめんなさい。


『もう謝るなって。つーか気にしてないし。俺が勝手に早くくたばっただけ。それより約束を守ってくれて――ありがとう』


 耳元で聞こえた確かな声に、私は顔をハッと上げた。

 瞬間、一際綺麗な輝きが打ち上がる。

 夜空には花びらがぱらぱらと舞い散っていた。


(これ……薄桃色の花火だ。まるで桜みたい)


 君は春まで生きられるかわからないと余命を受けていた。

 もしかして君が一緒に見たかったのは――。

 気がついた瞬間、目から大粒の涙が溢れた。


 それでも私は頬の雫を拭い、果たされた約束を目に焼きつけて精一杯の笑みを浮かべる。


 きっと、二百度参りは成功していた。

 あれは幻聴なんかじゃなくて君の声だった。


 だからあの日、言えなかった分かれ際のセリフを私は一年越しに伝える。


「またね、大好き」


 もう二度と会えない君へ、最後に手向けの言葉として。

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夏の終わり、君と春を見た。 夏/もく(きむ) @natsumino0805

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