第14話 オリエンテーション合宿で真田モモ争奪戦

「というわけで、来週からの夏季オリエンテーション合宿は、病休の大町先生に代わり、養護教諭の木津ネネ先生が引率してくれることになりました」


「どうも皆さんこんにちは。夏合宿で存分にイケない思い出を作りましょう」


「「おおお~~~~~っ」」


 クラスにどよめきが起こる。

 新任養護教諭が挨拶に来て、主に男子生徒たちが盛り上がっている。美人過ぎる女性教諭かつ豊満に揺れるわがままボディを贅沢に持て余している先生だからだ。彼らは張り裂けそうなブラウスの胸元に釘付けである。


 しかし別の意味で、草村アカリも木津教諭の胸元に釘付けだった。


 どういうこと!?

 モモが養護教諭の胸に埋もれてるんだけど!?


 登校途中、ゾンビに襲われるという悪夢から目覚めると、モモがいなくなっていた。ゾンビにパンチを喰らわせるなど、無謀だったのかもしれない。必死で探し回ったけれど、滑らかな毛並みの愛らしいミニブタはどこにも見つからなかった。


「可愛すぎて誰かに連れていかれたのかも」

「かもな」

「もしかしたら本当の飼い主が迎えに来たのかな」

「来ねえな」

「警察に捜索願出さなきゃっ!?」

「そのうち帰ってくると思うけど」


 面倒くさそうな真田なんて置き去りにして一人で交番に駆け込んだのだが、気づいたら真田もついて来ていた。まあ、……なんとなく心強い。


 白昼夢の中でゾンビに襲われたときも、真田は助けてくれた。剣士様になって労いのキスまでしてくれた。……ような気がする。


 思い出すと自然と顔が赤くなる。

 どうしよう。夢に見るほど真田に恋をしているのだろうか。


 モモは迷子ペットとして昨日のうちに届けを出しておいた。全面的にハルさんが協力してくれて、アカリの家で保護することになった。もしこのまま飼い主が現れなければ、アカリの所有ペットということになる。


 それなのに。

 モモをまた迷子にしてしまった……っ!


 と、落ち込みながら学校に来てみれば、なぜか代替養護教諭の胸の谷間に深々と埋もれている……


 しかもなんか、心地よさそうににやけて見える。

 ちょっとモモ!? どういうこと!?


「あのっ、木津先生。その胸のミニブタなんですけどっ」


 夏季オリエンテーションについての説明と班分けが終わり、休み時間になるや否や、アカリは木津の元へ向かった。


「その子、うちのモモですよね?」


 しかし木津は全くひるまず、アカリの上から下まで観察すると、鼻であしらった。


「あらあら、草村さん。その貧相な胸であたしと勝負でもしたいのかしら?」


 貧相で悪かったわね。


「このコブタちゃん、あたしの胸が気に入ったみたいで出てきてくれないのよ。困っちゃうわあ」


「ちょっと、モモっ!?」


 確かにモモは木津の胸に顔をうずめて夢見るようにとろんとしている。


 モ、……モモの色ボケ―――っ!!


「ええ~~? それ、カナのモモゴンだよ?」


 アカリと木津の睨み合いに谷口カナが乱入してきた。


「谷口さんっ。もう大丈夫? どこも何ともない?」


 登校中に見た白昼夢では、妖狐に操られてゾンビになった谷口カナを渾身の力で殴り飛ばした。致し方なかったとはいえ、悪いことをしてしまった。


「な、……なによっ。別に大丈夫よ。気色悪いわね」


 ペタペタと触って無事を確認するアカリに、カナがひるむ。


「そっか。良かった」


「草村さんのくせにそんな殊勝な顔してみせたって許さないんだからねっ」


「あ……そうだった」


 そういえば、谷口カナには捨て台詞を吐かれた。

『ばっきゃろ~~~、覚えてろ~~~~っ』


 あの場面は鮮明に覚えている。ひどく胸が痛くなったから。

 それは、真田の揺るがない決別に気圧されたからか、将来好きな人と付き合ってもいずれ別れが来ると言う現実を目の当たりにしたからか。


 分からない。分からないけれど……


「よおく分かったわ。それじゃあ夏季合宿で勝負よ。勝者がこのコブタを世話する権利を持つの」


 アカリが思いを巡らせていると、木津教諭が高らかに宣言した。

 何事かとクラスのみんなが集まってくる。


「な、何を言って……っ」

「その勝負、引き受けたわ!」


 何がどうしてそうなったのかと木津に抗議しようとするが、谷口カナにさえぎられた。更には勝手に話を進めていく。


「それで、木津先生。何で勝負しようっていうんです?」

「それはもちろん、最終日の到達度テストに決まっているじゃない」


 夏季オリエンテーション合宿は二泊三日で山に行き、キャンプ体験をする。川下りや星空観測などのアクティビティもあるが、基本は学習合宿である。毎日自主学習の時間があり、最終日には到達度テストなるものが用意されている。テストで上位入賞したものには豪華景品が与えられるという話もあり、生徒たちは意外とやる気をみなぎらせているのである。


「先生も到達度テストを受けるんですか」

「そうよ。あたしは生徒の苦労を肌で感じる女なの」


「「おおお~~~~~っ」」


 集まった生徒たちが再びどよめく。


「でも、そんなんでも一応先生なんだから有利じゃないですか」

「そんなんで悪かったわねっ」


 いいぞ、谷口。

 貧相と言われたアカリはこっそり谷口カナを支持する。


「あたしの専門分野は日本のあやかしだから、学習到達度テストじゃ大した実力を示せないわ。現役学生の方が有利よ」


「そうですかぁ??」

「なによ。あたしがズルするっていうの?」


 バチバチバチ。

 谷口カナと木津ネネの間に火花が散る。何だか二人とも目の奥に狐火が燃えているように見えるのが気になる……


「分かりました。その代わり、勝者にはモモゴンの他に豹も付けてもらいますっ」


「えっ?」「はっ?」


 クラス中が窓際最後列でうたたねしている真田豹に視線を向けた。


「ん? なに?」


 寝ぼけ眼の真田が瞬く。


「草村さんもいいわね? 勝者はモモゴン育ての親、そして豹の真の彼女よっ」


 谷口カナは全くくじけていなかった。

 そしてモモと真田のため、アカリも後には引けない状況になっていた。



 ーーーーーーーーーー



「ちょっとちょっとぉ。いいんですか、レオン様? 指輪を妖狐に預けちゃって」


 レオンの従者ハルトは、本来のゴブリン姿で人間の住処でくつろぐレオンのもとを訪れた。供野ハル姿でレベル9の帰りを待ち受けていたところ、


「ハルさん、私、勉強するっ!!」


 レベル9がすごい気迫で、机代わりの段ボールに向かい勉強とやらを始めたのである。

 聞けば来週の夏季合宿でコブタを賭けて競うことになったらしい。あのコブタの中にはレオン様の魔力を封じた指輪が収まっているというのに。


「うんそれなんだけどさ。なんかレベル9の魂がめらめら燃えてて成長の兆しが見えるんだよな」


 レオンは人間臭さの漂うベッドでのんびり寝そべっている。

 ああ、下等な人間の姿でも美しく見えてくるんだから、レオン様ってば本当にスペックが高すぎる。


「負けられない勝負に挑むことで魂が成長するかもしれないから見守る感じかな」

「……なるほど」

「妖狐ごときが指輪をどうこうできるとも思えないし」

「自身が出てこず、ゾンビに代わりをさせるような奴ですからね。低層妖怪ですよ」


 ハルトが自分の魔力を棚に上げてふん、っと息巻く。


「ああ、お前の飴玉役に立ったな。レベル9の手を通すと魔力が増大するようだ。今後ともよろしく頼む」


「は……、はいっ!!」


 レオン様に褒められて感極まったハルトが人間姿であることも忘れて縋り付こうとすると、レオンに顔をつかまれた。


「近い」


 レオンさまったら、ツンデレなんだから。ホントは嬉しいくせに。

 ハルトはこっそり頬を緩める。


「ふあああ……食うか寝るかだけでレベル9の成長を見守れるんだから、人間になるのも悪くないな」

「魔王子の時と変わらないじゃないですか」


 欠伸交じりのレオンに突っ込むと、つかまれた顔をつぶされた。


 レオンさまったら、容赦ないんだから。

 まあでも、なんだか楽しそうだから良しとしよう。

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【レベル9】無気力魔王子レオン、最上級の魂を宿す平凡貧乏女子高生を護る みつきみみづく @minatsuki_mimizuku

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