第13話 真田豹、養護教諭に挟まれる
おい。ケンシって誰だよ?
「ブヒ、ブヒブヒブヒブヒ」
レオンの腕の中で何やらつぶやいて倒れたアカリの言葉が気になって、豹はアカリによじ登った。しかしアカリは蒼白な顔で目を閉じたままぐったりとしている。
「ブヒヒっ?」
大丈夫なのか。
こいつすさまじい勢いで妖狐に突撃していったけど。
アカリの一撃で谷口カナに憑いた妖狐は完全に吹っ飛び、
「あれ。どうしたんだっけ?」
「うわあ、遅刻、遅刻っ!!」
ゾンビ化された人たちも元に戻って、駅前の町は朝の騒々しさを取り戻していた。
谷口カナといい、草村アカリといい、女ってマジ怖えな。
結婚したらやっぱり尻に敷かれる生活になるんだろうか。
ハラハラする心臓を押さえながら妄想が広がる豹の目の前で、
「ブヒぃ―――っっ!?」
レオンが抱えあげたアカリを抱き寄せ、そっとおでこに唇を押し上げる。
な、……ななな、なんて大胆かつ絵になる俺。
公衆の面前ででこちゅーとか、付き合い始めたばかりのカップルイベントとして高難度なんじゃないの!?
それをさらっとやっちゃう俺ってやっぱりイケてるんじゃないの?
「やるー、真田さんっ」
「男が上がったぁー」
ゾンビから解放されたヤマトとタケルもここぞとばかりに指笛を吹いている。
まあな。悪いな。イケ散らかしてて……って、俺じゃねえ。何してくれてんだ、レオンの奴っ
ヤマタケの称賛に我を忘れてポーズを決めてみたが、指先に短い豚の毛を感じて正気に戻った。
「ブヒブヒブヒっ!!」
おいこら、気安くアカリに触るな。
俺だけど。……見た目俺だけどもっ
「うるさいな。妖気を浄化しただけだ」
レオンの指先に噛みついた豹は、めんどくさそうなレオンに跳ね飛ばされて地面に転がり落ちた。
「ブヒぃ……っ」
「やだ、大丈夫? モモブタちゃん」
アスファルトの上で三回転半を決めた豹は、柔らかいが妙に力強い女性の手に救い上げられた。
「ブヒっ!?」
それはつい先ほど別れたばかりの元カノで、空手道場の娘であり、妖狐にとり憑かれたが立ち直った谷口カナだった。
「ブヒヒ、ブヒヒ……っ」
レオンに顔面蹴りをお見舞いしたり、アカリに捨て台詞を残したり、妖狐に憑かれて燃え盛る目の炎はマジもんだったりで、……今はちょっとあまりお近づきにならない方がいいだろうとブタの本能が告げる。
そろりそろりと短い足で退却を試みるが、
「頭打ってるかもしれないから、診てもらわなきゃ」
がっちりぎっちり握りしめられ、身動きできない。
「ブヒっ、ブヒブヒっ」
うおい、助けろっ
と、助けを求めるも、絶対気づいているはずのレオンはしれっと無視して、目を覚ましたアカリを支え起こしているし、
「真田さん、急に男らしくなったな」
「大人の階段上っちゃったからかな」
ヤマトとタケルはそんなレオンを羨望のまなざしで見つめ、ブタには目もくれない。
「ブヒヒ―――っ」
やっぱり俺にはアカリだけだと鳴き声を上げるも、
「やだ、カナちゃん。ブタ拾ったの?」
「可愛いね。カナちゃんに抱かれて喜んでる」
カナの取り巻きであるヒロナとエリナが寄ってきて、きゃっきゃとはしゃいだ歓声にかき消されて届かない。
「養護の先生に診てもらおうよ」
「学校で飼えるかな」
飼えるわけねえだろっ
という、豹の抵抗虚しく、肉厚なカナの手にがっしりと抱かれたまま、コブタは学校に連れ去られた。
「ふうん。この小汚いコブタがあの魔王子レオン様の化身ねえ……」
保健室で養護教諭の真っ赤なネイルにつんつんされる。
やめろ。こら、気安く触るな。ヘアセットが乱れるだろ。
「ブヒブヒブヒっ」
と、憤慨するも、既にブタの毛はカナの握力でへろへろになっている。
くそう、カナの奴……
豹は谷口カナの強力な握力にがっちりとらわれたまま学校に到着し、保健室に預けられることになった。
「授業終わったら様子見に来ますね」
薄情な彼女たちは、魔女みたいに真っ赤なネイルと口紅の養護教諭に豹を引き渡し、さっさと出て行ってしまう。
おい待て。誰だ、この女……
「養護の大町先生どうしたんだっけ」
「腰痛でしばらくお休みするって言ってたじゃない」
「あそっか。それで代わりの先生来たんだ」
「なんかすっごい美人だったね」
廊下からカナたちのキャッキャした声が聞こえてくる。
そうか。
真田家に勤務して五十年になる婆やみたいに近しい感じの大町教諭、腰痛なのか。大したことないと良いけど。
豹が大町教諭の容態を案じていると、
「間違いない。昨日俺の正体を見破ったし、
なぜか水野ヘビイが登場し、魔女めいた養護教諭と一緒に豹をのぞき込んでくる。奴は生物担当で豹とアカリのクラス担任なのだが、しれっとアカリの部屋にまで上がりこんだりして油断ならない。
「そりゃああんたがお誕生日クッキーなんて柄でもないことするからじゃない」
「く、……見てたのか」
養護教諭に鼻で笑われ、水野ヘビイが鼻白む。
「そんなまどろっこしいことしてないで、さっさと一飲みしちゃえば良かったのに」
「無理だ。やろうとはしたんだ。ようやくレベル9を見つけたから他の女生徒みたく内蔵を一飲みにな。だが、魔王子の強力な魔力に手も足も出なかった。だからこう、レベル9の気を引いて油断させようと……」
なんか水野が言い訳がましい。
いろいろ気になる会話ではあるが、豹が聞き捨てならなかったのは「お誕生日クッキー」だった。水野の奴、まさかアカリに? あいつは食い物だけは素直に受け取る女だぞ。
「あんたねちっこいのよ。あたしみたいにどーんとばーんと正面から挑みなさいよ」
豹の鼻面を長い爪で弄びながら、養護教諭が異様に豊かな胸を張ると、水野が失笑した。
「人間とミイラの影に隠れてよく言う」
「く、……見てたの?」
「結局はレオン様のパワーで一撃されたんだろ」
「確かに妖力の入った飴玉でゾンビを散らされたけど、……でも、レオン様ほどの魔力じゃなかった。それに、……このブタからは何の威力も感じないわ」
養護教諭が再び豹をツンツン突つく。
いや、感じるだろ。この俺の金持ちパワー、……じゃなくて威力。
間違いなくこのブタはレオンの化身で、豹はとばっちりを受けて入れ替わっている。
まあおかげでアカリと夫婦の契りを結べたわけだけど。
思い出して緩みそうになる顔を引き締め、保健室で密談している怪しい奴らの会話を整理してみる。
つまり。
九校の女生徒が連続で襲われた事件の首謀者は水野ヘビイで、奴はアカリを狙っている。
新任養護教諭は今朝方ゾンビ襲来を手引きした黒幕で、魔女めいていて胸がでかい。
……しかしなぜ、アカリが狙われているんだろう。
俺の嫁だからかな。
「ブヒヒ」
弾かれた鼻をふがふが言わせながら改めて養護教諭に目を向けると、目の奥に揺らめく狐火が見えた。
ぞわりと鳥肌が立つ。
水野も養護教諭も人ならざるものであることは間違いない。
豹に成り代わっているレオンもそうだ。奴らは人間の命など塵くず同然だと思っている。
やべえな、アカリ。守ってやるのが婿の務め……
「ブヒ!?」
小さな脳みそをフル回転させてたら養護教諭に摘まみ上げられ、胸元に挟み込まれた。
な、……なんだこのけしからん柔らかさはっ
「まあいいわ。このブタはしばらくあたしが預かるから。レベル9の様子を見ましょう。抜け駆けはなしよ」
「望むところだ」
いや、待て。
俺はこんな柔らかさは望んでいない。
俺は、……俺は一途な男なんだ―――っ
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