後編
「美櫻様! ご一緒のクラスになれて嬉しいです!」
「わたしもです! これで一生分の運を使い果たしてしまったとしても本望ですわ!」
二年一組の教室は華やかな喧騒に包まれていた。その中心に立っているのは、うっすらと茶色みを帯びた艶やかなショートカットの長身の少女――
「私もみんなと同じクラスで嬉しいよ。素敵な一年にしようね」
形の良いアーモンド形の瞳、すっきりと通った鼻筋、全てのパーツが麗しく整ったかんばせに甘やかな微笑を浮かべ、美櫻は新たなクラスメイトたちに答えた。その微笑みを真正面から受けた一人の少女が、ふらり、と額に手を当ててよろめく。麗しさの過剰摂取による失神と思われた。
その後も一人一人、教室に入ってきたクラスメイトの少女たちは美櫻の下へやってきては彼女の麗しさを褒めそやし、同じクラスになれた至上の喜びを熱っぽく伝えた。その様はまるでアイドルのファンミーティングかの如く。
そんな喧騒の教室に一人の少女が入ってくる。前の入り口を塞ぐほどに集まっている人並みに、その少女――
「……ねえ、通れないんだけど」
それほど大きくはないのによく通るその声に、教室はぴたりと静まり返る。さわさわと風に揺れる枝葉のように少女たちの人並みが割れて、中心にいた美櫻と玲の視線がかちり、とぶつかった。
学園の王子と呼ばれる二人の少女の、直接の邂逅。
教室にいた誰もが、初めて見るその瞬間を息を詰めて見守った。
最初にその、ぴん、と張り詰めた空気を柔らかに破ったのは、美櫻であった。
「――霧月玲さん、だよね? 話すのは初めてかな? これから一年、クラスメイトとして仲良くしてくれると嬉しいな」
春の日差しのように聞く者の耳を蕩かす、穏やかな笑みを含んだ声。見る者を遍く魅了する微笑に、周りからはほぅ、とため息が漏れる。
クールでぶっきらぼう、孤高の王子である霧月玲も、この微笑を前にはその態度を軟化させるか、と誰もが思った。
ところが――
玲は黒板を背にして立っていた美櫻に詰め寄り――
「えっと、霧月さ――」
ドン!
「――っ」
「……聞こえなかった? 邪魔って言ったんだけど」
戸惑う美櫻の顔を掠めるように勢いよく黒板に手を叩きつけ、そのまま至近距離で睨みつけながら囁いた。
そう、その構図はまさしく――
「「「か、壁ドンですわ……!」」」
二人を取り囲む人並みが、ぶわ、と色めき立った。
「ま、まさかクール王子の玲様が優キュン王子の美櫻様に壁ドンなさるだなんて……!」
「一体、美櫻様はどんな反応をなさるのかしら……⁉︎」
ごくり、と固唾を飲む少女たちの熱視線を浴びながら、美櫻と玲は黙ったまま見つめ合う。
「さ、さすが美櫻様……! まったく動じていませんわ……!」
「あぁ……じっと止まっているお二人の姿、彫像のように美しいです……!」
***
賛美、感嘆、熱を帯びた言葉を囁き合い、興奮する少女たちの中心で。
玲に壁に押し付けられ、至近距離で見つめられている美櫻は、その端正な顔を一ミリも崩すことなく――
(こ、こここ、これって、かか、壁ドンだよねっ⁉︎ う、うわぁぁぁ、これってやられるとこんなにドキドキするの〜〜〜〜⁉︎)
――内心では周りの誰よりも興奮していた。
(壁ドンって私はいつもやる方だったし、やったとしてもあんまり強いと怖がらせちゃうかもだし、『壁……とんっ』くらいの感じだったから……! こんな強い壁ドン、私知らない……! というか霧月さんの顔、すごく近い……睫毛長くて、涼しげな目って言うのかな? すごく瞳が澄んでて綺麗で……前から綺麗な子だなって思ってたけど……ああぁ、なんかドキドキが止まらないんだけど……!)
この朝賀美櫻という少女、普段は自分が王子様ポジション、ムーブを担っているため誰にも知られていないが、その実、人一倍少女漫画的シチュエーションに弱い乙女であった。
(……でもでも、ここでキュンとしてるってバレたら私の『王子様イメージ』が壊れちゃう……! そうしたらきっとみんなガッカリしちゃうし……絶対にニヤけるな私〜〜!)
*
「……黙って澄ました顔して、ムカつく」
鼻と鼻が触れそうな距離で見つめ合っていた二人だったが、やがて、痺れを切らしたように玲は体を離した。そのまま人並みを縫って自分の席へ向かおうとする。
が、彼女の行く手の足許には、誰が朝食に食べたのであろう? ――バナナの皮が落ちていたのだ!
それに気付いた周りの少女たちが声を上げるよりも早く、玲の足が黄色い皮をぎゅむ、と踏んづけた。
「ぉわっ――」
ぐるん、と回る視界に、孤高のクール王子である玲もさすがに目を瞑った。これから体を打つであろう衝撃に備えて体が強張る。ところが。
「――っ、危ない!」
宙に投げ出された玲の右手首が、ぐ、と優しく、けれど力強く引かれる。同時に、腰からお腹に手が回され、転びかけていた体が温かく受け止められた。
その光景はまさしく――
「「「ばばば、バックハグですわ……!」」」
ゼロ距離で密着する二人の王子様に、周囲は沸き立つ。
「大丈夫、霧月さん?」
「――っ」
***
振り向いた玲の視界いっぱいに、心配そうに覗き込んでくる美櫻の顔が映る。手首を握られ、後ろから優しく抱き抱えられた自分の姿を認識し、玲は――
(あたし、だだだ、抱きしめられてんだけど……⁉︎ な、何こいつ、こんな手慣れた感じで腰とか、だ、抱いちゃうんだ……!)
不機嫌そうに眉根を寄せた顔のまま、内心では誰よりも沸き立っていた。
(別にそんなに力が強いってわけでもないのに、なんか包み込まれるみたいっていうか……てか、か、体……! く、くっつきすぎてるし……! こんなの、漫画の中の王子様とヒロインみたいじゃん……! 朝賀さんって、前からあたしの好きな漫画の王子様に似てるな、って思って気になってたけど、やっぱり似てるぅぅぅ……!)
この霧月玲という少女、普段は孤高のクール王子様として通っているが、感情表現が苦手なだけで、実際は少女漫画的シチュエーションに人一倍憧れている乙女であった。
(……でもでも! こんな大勢に見られてるところで喜んだりしたら、あ、あたしのイメージが壊れるし……! 友達がいないから『別に一人でも寂しくないけど』ムーブしてたから今さらこんなので喜んでるとか思われたくない……! そんなの恥ずかしすぎるから絶対に不機嫌そうな顔崩すなよあたし〜〜!)
*
「――さ、さすがクールな玲様……! 他の女子であれば一瞬で夢心地、あるいはそのまま成仏してもおかしくない美櫻様のバックハグにも氷のような不機嫌顔を崩しませんわ……!」
「あぁ、そのブレない孤高さ、格好良くて美しいです……!」
興奮が最高潮に達した教室内で、玲はぐ、と美櫻を押し退けると不機嫌そうに彼女を睨む。
「……気安く触んな」
そう言うと、玲は苛立ったような足取りで教室を足早に出ていった。
後に残された美櫻はしばし、ぽかん、とし、それから気を取り直すように周りの少女たちに微笑を向ける。
「……怒られてしまったね。でも、もうすぐ予鈴が鳴るから謝って連れ戻してくるよ」
玲の後を追うように、美櫻もまた早足で廊下へと向かった。
***
「……なんでついてくんだよ」
「もうすぐホームルームなのに霧月さんがどこかへ行ってしまうから。……さっきの軽率な行動はごめん。だから、一緒に戻ろう?」
美櫻が手慣れた仕草で掌を差し出すと、玲はぐ、と眉間に深いしわを寄せる。
「……わかった。戻るから、そういうの別にいいよ(何こいつしれっとエスコートみたいなことしてくるの……⁉︎ ドキドキしてほっぺた緩みそうになるんだけど……!)」
差し出した手を払い除けられ、美櫻は困ったように苦笑した。
「そう? ごめんね。じゃあとりあえず戻ろ――わあっ」
折しも、先ほど濡れた制服を着ていた少女がいた場所を通りがかり、美櫻は廊下の水滴に足を滑らせた。
「……おい!」
ぐ、と腕を引かれ、美櫻は数歩たたらを踏んで体勢を立て直す。
「ご、ごめん、霧月さん。ありがとう」
如才なくお礼を口にしかけた美櫻の腕を引き寄せ、玲は低い声で語気を強める。
「……ひとのことばっか気にしてないで、自分のことも少しは気にかけなよ」
「っ、う、うん(な、なんで急にそんなこと……! 私のこと邪魔って言ったり、でも助けてくれたり……やっぱりこの人、全然他の人と違う……!)
お互い間近で見つめ合い、それからハッとしたように体を離すと、二人はどこかぎこちなく並んだまま、教室までの道のりをゆっくりと歩いた。
(……霧月玲さん、この人といると私の王子様のイメージが壊れそうだけど――)
(……朝賀美櫻、こいつといるとあたしの孤高のイメージが崩れそうだけど――)
(……でも)
(……やっぱり、気になる)
――二人の『王子様』は、互いが互いに対してだけ乙女になることには、まだ気づいていない。
女子校の王子様vs王子様 悠木りん @rin-yuki
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