女子校の王子様vs王子様

悠木りん

前編

 桜舞う新学期。

 由緒ある私立宮ノ藤みやのふじ女子学園高等部の廊下を今、制服のブレザーをしっとりと濡らして歩く一人の少女がいた。登校時、昨日の雨でできた水溜まりを避けて歩いていたら、運悪く通りかかった自動車に思い切り水をかけられてしまったのである。


 新学期早々ツイていない、とため息を吐き出しながら廊下を歩く彼女の目の前、ふいに影が落ちる。彼女が、ぱっ、と顔を上げると、


「大丈夫?」

「えっ」


 自分を心配そうに見つめる双眸に、彼女は息を呑んだ。


「あ、朝賀美櫻あさか みお様……⁉︎」


 そこにいたのは、モデルと見紛うほどにすらりと背が高く、所作の美しい少女。上半身を屈めた拍子に頬にかかるショートカットの一房を指先で払う仕草すら、一分の隙もなく洗練されている。


「制服が濡れてしまってるね? そのままでは体が冷えてしまうよ」


 彼女はドラマのワンシーンのように自分のブレザーを脱ぎ去ると、固まっている少女の濡れた肩に、ふわっ、とそれをかけてあげた。


「え、あっ」


 呆然と肩に手を遣り、遅れて事態に気付いた少女が顔を赤らめると、ショートカットの少女は焦茶色の瞳を穏やかに細めて微笑み、す、と優雅な仕草で彼女の前に掌を差し出す。


「心配だから、保健室まで送るよ」

「は、はい……!」


 ブレザーをかけてもらった少女は、どこか恍惚とした表情でショートカットの少女の手を取った。


 その一連の場面を見ていた他の女生徒たちは、ざわざわと色めき立つ。


「さすが朝賀美櫻様……! なんて麗しくて優しいの……!」

「私も美櫻様のブレザーを肩に、ふぁさ、ってされたいです!」

「あんなふうに手を取ってくれるなんて本当に王子様みたい……!」


 水に濡れた不運など忘れたようにぽやー、と陶然とする少女の手を引いて歩くショートカットの少女――朝賀美櫻が、すれ違う少女たちの熱っぽい視線に柔らかな微笑で応えると、廊下を黄色い悲鳴が満たした。



 そう、この朝賀美櫻という少女こそ、宮ノ藤女子学園の王子様であった。



   *



 同じ頃。

 校舎の下駄箱の前、足を庇うようにしゃがみ込む一人の少女がいた。彼女の右足首には痛々しい靴擦れの傷。新学期のためにおろした新品のローファーが足に合わなかったのだ。


 新学期早々ツイていない、と涙を浮かべる彼女の前に、ふいに影が落ちた。


「……ねえ、そこあたしの下駄箱なんだけど」

「あっ、ごめんなさい――って、霧月玲きりづき れい様……⁉︎」


 顔を上げた彼女は、愕然と息を呑んだ。彼女を見下ろしていたのは、ブレザーの代わりにパーカーを羽織り、胸元にかかる長めのウルフカットの黒髪、耳たぶにはターコイズのピアスを付けた少女。その切れ長の瞳は不機嫌そうに細められている。


「す、すみません……! すぐどきますので――いたっ」


 慌てて立ち上がった少女は、けれど足首の痛みに顔をしかめる。少女の顔、そして赤い傷跡のある足首へと視線を流すと、ウルフカットの少女ははぁ、とため息を吐いた。


「……早くどきなよ」


 ウルフカットの少女は、立ち尽くす少女の胸元をとん、と軽く押しやる。


「あっ、ご、ごめんなさ――って、あれ?」


 一歩後ずさった少女が胸元に手をやると、そこには一枚の絆創膏が。驚いて顔を上げると、


「……足、痛いならそれ使えば」


 靴を履き替え、既に背を向けていたウルフカットの少女は、肩越しに振り返ると、ぶっきらぼうにそう言った。


「……っ、あ、ありがとうございますっ」


 ぱっ、と頬を染めた少女を置いて、ウルフカットの少女は今度こそ振り返ることなく、パーカーのポケットに手を突っ込んでその場を離れた。


 残された少女は大事そうに手の中の絆創膏を見つめると、くすり、と笑う。


 その絆創膏はデフォルメされたウサギのキャラクターがプリントされた、可愛らしいデザインだった。


 近くから一部始終を見ていた他の女生徒たちはざわざわと興奮に囁き合う。


「やっぱり素敵、霧月玲様……! 一見冷たそうなのにふと見せてくださる優しさがキュンですわ……!」

「あんなにクールなのに実は可愛らしいものがお好きなのもいいですわね……!」

「孤高のクール王子……!」



 そう、この霧月玲という少女もまた、女の園であるこの学園の王子様であった。

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