怪談の会談

九十九春香

怪談の会談

 世の中には、怪異と呼ばれる存在がいる。所謂いわゆる、妖怪や怪物、都市伝説と言われる者たちの事だ。


 彼らは古くからこの世界に住み着き、人間よりも永く、そして深く世界と関わっている。だが現代社会では、その存在は極めて希薄なものとなりつつある。


 夜も煌々と輝く街並みからは暗闇が消え、センサーや自動ドアなどの人感機能により人々からは突然の驚異が減り、インターネットの普及により今や街での噂話はゼロに等しい。


 これらは人間達の生活を素晴らしく潤わせただろう。子ども達が安心できる世の中になったのだから、とても良いことだ。

 だが世の中には見方や立場を変えると、その意味を大きく変えるものがある。

 彼ら怪異にとっては、人間達とは逆の意味を持つのかもしれない……。






「はあ……」


 ため息を深くつきながら、髪の長い女は身体を左右に揺らして静かに歩いている。不意に、煌々と輝く街灯が視界に入った。そしてその奥から人影を感じる。


「……来た!」


 女はすぐに物陰に隠れ、じっと息を潜める。一歩、また一歩と人影は徐々に女の近くに歩いてくる。女は息を呑み、その影がある地点を過ぎるのを待った。


 まるで気配を感じさせない女の目の前を、人影が通り過ぎた瞬間、女は街灯の下に飛び出す。

 そして一言、言った。


「……ねえ、私綺麗?」


 抑揚を利かせ、わざとゆっくりと喋ることで恐怖を増長させる。これは昔から使っているテクニックの一つだ。

 人影は女の声に反応し、ゆっくりと振り返る。


 しかし、人影は答えない。

 女は不思議に思い、もう一度、言った。


「……ねえ、私綺麗?」


 しかし、これでも人影は答えない。

 最早苛立ちすら覚える。女は人影に再度言おうと、口を開いた。


「……ねえ、私──?」


 その瞬間、人影は突然叫びながら頭を下げたのだ。


「すみませんでしたー! 何か不備が御座いましたでしょうか!? それとも何か不満な部分でも!? 今すぐに会社に戻って対応しますので、どうか、どうかご勘弁を!」


 流れるように土下座と謝罪がセットになっている男は、何度も地面に頭を付けている。

 ああ、まただ。女は思った。


「いや、別に、不備とか不満とかじゃないから……」


 女は訂正しようと声をかけた。その声には最早さっきのような恐怖を増長させる工夫などは感じられず、気軽に友人に尋ねるような声色になっていた。


 しかし男の耳には届かず、土下座と謝罪を繰り返している。

 男の顔をよくよく見てみると、目は隈で真っ黒で、頬はこけてやせ細り、風で吹き飛んでしまいそうにまで見える。

 そんな男の様子を見て、女は言った。


「またかよ!? 今の現代社会はどうなってんのよ!? 最早私達よりも怪異だわ!?」


 女──口裂け女の叫び声は、男の謝罪の言葉と共に、夜の道にこだまするのだった。







 小さな住宅街の外れにある森の中、その中心に位置する広場には、嘗て世間を賑わせた怪異達が集まっていた。


 大きな石に座って話していた口裂け女が、首を振りため息をつきながら手を大きく横に振る。


「──てな感じで、最近じゃ全く怖がられなくなっちゃったわ。てか何よあれ、あんなガリガリで目に隈なんて生やして、私がビビって叫ぶかと思ったわ」


 やれやれといった表情で首を傾げる口裂け女に、上半身だけの少年が答える。


「あー、分かるよそれ。僕もちょっと前に女子高生を脅かしたんだけどさ、何か思ってた反応と違ったなあ……」


 上半身だけの少年──テケテケは、片手で頭を抱えるように続けた。


「いつも通り、少し遠目から音だけ聞かせて、相手が気づいた辺りで一気に追いかけたんだけどさ。なんか近くの高校に通う女子高生だったらしくて、近づいた途端いきなりカメラ向けられてさ。「やばっ! ちょー妖怪じゃん! てか上半身だけとか、絶対バズるって!」とか変なこと言って全然怖がってなかったよ……」

「うわー、最近は何でも"映え"とか"バズる"なのね……。その内そっち系の妖怪も出るんじゃない?」

「ほんとにね……。僕、時速100キロだよ? 普通それだけでも怖くない?」

「……もう色んな情報が行き交ってるから、恐怖心とか薄れてきてるのかしらねー」


 二人は互いの顔を見合い、またため息をついた。

 次に、その様子を見ていた背の高い女が口を開く。


「ポポポ、ポポポポポ」


 背の高い女──八尺様は独特の言語で続けていく。


「ポポポ、ポポポポポポ。ポポポ……、ポポポポポポポポポ!」

「何? 「私なんて、小さい子どもを驚かせようと話しかけたのに、ゲームに夢中で気づかれなかった!」って? えー、そんな事あるのね……」

「ゲームかあ……。最近じゃあ外で遊ぶ子どもも減ったよねー。僕ほとんど見ないよ」


 八尺様もまた、首を振り俯く。そんな様子に、口裂け女も苦笑いを浮かべるしか無かった。


「はあ……、昔は公園に行けば必ず子どももいたし、夜も暗かったし、私達も存在意義があったのにねー。やっぱり時代かしら……」


 口裂け女はため息が止まらない。

 その時ふと、テケテケが思い出したかのように口を開いた。


「そう言えば! ねえ、ターボばあちゃんの話聞いた?」


 テケテケの言葉に、口裂け女と八尺様は不思議な顔を浮かべる。


「何よ、それ。あの高速道路徘徊婆さんがどうかしたの?」

「ポポ?」


 二人の様子に、テケテケは興奮したまま続ける。


「この前友達のコロポックルに聞いたんだけど、最近ターボばあちゃんが活躍する漫画が流行って、あの人今、大人気らしいよ」

「えー、ほんとに? どんな漫画よ」

「何かね、主人公の男の子がターボばあちゃんの高速移動の能力を使って戦うやつらしいんだけど、そこに出てくるターボばあちゃんがまたカッコいいらしくてさ。しかも、声優さんも有名な人がやってるんだって!」

「へー、そう言えばここ最近、声優なんて言葉もよく聞くようになったわねー」

「ポポポ、ポポ」

「そうね、私達みたいのは存在が認知されると力も増えるから、羨ましいわよね」

「ポポポ……」


 俯くように声を落とす八尺様に、テケテケは首を傾げる。


「いやいや、八尺様だって少し前に流行ったじゃん! 色んなインターネットで君の事見かけたよ。すっごい可愛いのとか沢山あったじゃん!」


 大袈裟に身ぶり手ぶりするテケテケに、八尺様は慌てたように肩を揺らした。


「ポ!? ポポポ! ポポポポポポ……」

「えー、恥ずかしいし、もうブームは過ぎたって? そんなん言ったって、一回でも流行ったなら羨ましいよ……。それだけで当分はみんなの頭の中から消えないじゃないか」


 テケテケは一瞬たじろぐも、ゆっくりと俯いて続けた。


「僕らは人間達の記憶や感情から生まれたんだ。人間達が生まれる前から存在してた奴もいるけど、やっぱり人間達が生まれてからの方がより存在を強くしてる。特に僕みたいに最近じゃあまり話題にも上がらない奴は、どんどん忘れられていって、いつか、消えちゃうんじゃないかって……」

「ポポポ……」

「そんなことないって……、だって僕らは人間達がいるから存在してるんだよ? つまり、人間達が僕らを忘れたら、消えちゃうってことじゃないか」


 テケテケの悲痛な言葉に、八尺様は言葉が返せない。二人は見合うことなく、じっと俯くしか無かった。

 そんな二人に、口裂け女は声を掛ける。


「まあ、そんなに肩を落とさないで。八尺様とかターボばあちゃんみたいに一時的にスターになれば、それはとても嬉しいし、存在意義も確かめられる。でも、私達は驚かせてその存在をアピールするものよ。運や時勢に任せては駄目よ」


 肩を落とす二人に諭すように声を掛けた口裂け女は、二人の肩を撫でる。


 二人はそんな口裂け女の想いが伝わったのか、次第に顔を上げた。


「……そうだね。僕らは有名になりたいんじゃなくて、人間達を驚かせたいんだもんね」

「ポポポ……。ポポポポポポ!」

「そうね、それにあんまり世間の流れについていこうとし過ぎると、悪霊になっちゃうわよ。もしそうなったらそれはもう一線を越えてしまう。それだけは、私達はしないって約束したじゃない」


 口裂け女の優しい口調に、二人は迷いが吹っ切れたかのように笑った。


「うん! 僕まだまだ頑張るよ!」

「ポポポ!」


 三人は見合い、そして笑った。そこに、さっきまでの俯いた暗い空気はなかった。

 不意に、森の先から声が聞こえてくる。三人は身を隠しながら声の方に向かった。

 そこには住宅街のゴミ捨て場があり、何やら三人組の人間が話をしていた。


「──で感じだ。作戦は頭に入ったか?」

「おうよ、完璧だぜ。ケケケ、これが終われば俺らも大金持ちよ」

「ふへへへ、何買おーっかな」

「はっ、それならまずは俺にお礼を言いやがれ。ここらへんがジジババが多いって調べたのは、全部俺なんだからな」

「ケケケ、分かってるって」


 三人は続けて喋り続けている。

 口裂け女はテケテケと八尺様に向かって、言った。


「強盗ね、こんなご時世に良くやるわね……。別に放っておいてもいいけど、この近くは小学生とか子どもが多く住んでる。アイツラを放っておいて、捕まったりしたら私達が仕事がしづらくなるわね」


 テケテケはニヤリと笑った。


「じゃあ、やる?」


 八尺様はその体躯を伸ばした。


「ポポポ!」


 口裂け女は言った。


「さてみんな、腕の見せ所よ!」


 三人は闇に消えるようにその場を後にした。








 強盗達は静かに縦に並んで、口を抑えながら、とびきり大きな家の窓に近づいていく。道路を歩き、最早目と鼻の先には、目的の家がある。その時、不意に一番後ろの男の視界が、自身の背中方向に奪われた。

 男は、吸い込まれるようにじっと先に続く闇を見つめる。


「ケケ? なんだあ?」


 その瞬間、闇から勢いよく小さな謎の物体が飛びかかってきた。


「うわあ!?」

「どうした!?」


 仲間が声をかけるも男には届かない。男は必死に逃げようと走り出すも、その物体の速さは尋常ではない。しかも振り返ってよく見ると下半身が見えない。


「な、ななな、なんなんだよおお!!」


 男は叫びながら闇の中に消えていった。

 そんな男の様子をポカンとリーダーの男が見つめていると、次に真ん中の男が肩を叩かれる。


「お? 誰だ?」


 振り返るとそこには、2メートルはゆうに超えるだろう女が立っていた。


「ふぇ!?」


 女は長い髪を夜風になびかせ、ゆっくりとその手が覆い被さってくる。


「う、うわあああ!!」

「なんだ!? どうしたんだ!?」


 リーダーの男が振り返った時には、既に真ん中の男は走り去っていた。


「なんだよ、テメエら一体どうしたってんだ!?」


 突然の状況にリーダーの男は動悸が止まらない。そこに、畳み掛けるように声が聴こえてくる。


「ねえ……」


 リーダーの男は勢いよく振り返る。そこには長い髪を垂らした女が立っている。


「なんだよ……女じゃねえか」


 長い髪の女はゆっくりとリーダーの男に近づいていく。リーダーの男は、安堵したはずなのに一向に収まらない動悸により動揺が隠せない。男は恐怖を振り払う様に叫んだ。


「なんだ! テメエは!?」


 女は一言、言った。


「ねえ……、私綺麗?」

「はあ、急に何言ってんだ? テメエは」

「ねえ……、私綺麗?」

「良くわかんねえな、綺麗だよ! き、れ、い! これでいいか!? 分かったらとっとと帰れよ!」


 女は笑みを浮かべながら、マスクを外し、男の顔を見る。そして一言、言った。


「これでもおおお!?」

「う、うわあああ!!」


 闇夜の住宅街に、男の叫び声が響いていった。







 翌日、小学生の下校時間になると、どこからかあどけない声が住宅街に響く。


「ねー聞いた? 昨日ここで、口裂け女が出たらしいよ?」

「えー、私は八尺様が出たって聞いたよ? しかも、噂よりももっとずっーと、おっきいんだって!」

「えー、嘘だよー。だって僕はテケテケが出たって聞いたもん。知ってた? テケテケってめちゃくちゃ速いんだよ」


 小学生の話は続いてる。


 不意に住宅街に風が吹く。小学生が振り返ってもそこには誰もいない。




 怪異は存在している。確実に、そして悠然と。私達が忘れない限り、永遠に。

もしかしたら、私達のすぐそばにもいるのかもしれない。








        完

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