ショートボブ

鳥尾巻

負け惜しみ

 電話を切ると、耳の奥にツンと痛む静寂が落ちた。

せい君ひま? 遊びに行くね」なんて気軽に言ってくれる。僕は携帯をベッドの上に放り出し、風呂に向かった。

 金曜日。大学生、独り暮らし。別に予定なんてない。でも暇だと思われるのもなんかムカつく。強くひねりすぎて勢いよく出たシャワーを頭から浴びながら、念入りに体の隅々まで洗ってしまっている自分に気づいてまたムカついた。


 紗英さえはちょっと可愛いからって調子に乗ってる。だけど大学で隣に座った彼女に「ノート忘れたからレポート用紙1枚ちょうだい」なんて可愛く頼まれて、僕は一瞬で堕ちてしまった。

 そこから先は振り回されっぱなしの流されまくり。サークルの飲み会だかなんだか知らないけど「終電逃がしちゃった、泊めて」なんて、男の部屋に気軽に上がり込んでさ。どういう神経? 心臓に針金でも生えてるんじゃない?


 明るい色の柔らかいショートボブがどんな風にシーツの上に広がるか、僕の指が沈む白い肌がどんな感触か、甘い掠れ声がどれだけ僕の心臓を揺さぶるか、全部、全部知ってる。

 でもテキトーな言葉ばかり吐き出すピンク色の唇だけは味わったことがない。

「キスは好きな人としかしないの」だって。あー、そうですか。思い出したらムカつくより落ち込んできて、僕は髪も乾かさずソファに頭を沈み込ませた。


 チャイムを連打されてドアを開けたら、目の前には僕の友達の八尋やひろ君とゲラゲラ笑う紗英が立っていた。二人は既に飲んでいるのか、テンションがやたら高い。

 甘ったるい発泡酒とお菓子、総菜が雑なパズルみたいに並べられ、即席の宴会が始まった。上機嫌な八尋君と紗英がベッタリくっついて僕の向いに座っている。

 どうせテーブルの下で手も繋いでるんだろ? 金曜の夜なんだからこんなところにいないで二人しか知らないキスでもしてたら?


 スナック菓子感覚で僕をつまみ食いする紗英さえ。ほんと腹の立つ女だよ。でもわかっていながら流されちゃう自分に一番腹が立つ。

 八尋君は酒が弱いからもうウトウトしてる。紗英は水を飲ませたり襟元をゆるめてあげたりと甲斐甲斐しい。なのに素知らぬ顔で、彼から見えない位置で僕の足に悪戯してる。僕は何も気づいていないフリをする。分かったそういうプレイね。少しでも動揺を見せたら負けってマイルール発動しとく。

 ぬるくなった酒が喉に絡みついて、舌の上まで出かけた声と言葉をとどめている。

 おーい、八尋君、その子、きみが背もたれ代わりにしてる僕のベッドで3日前も寝てましたけどー。こら、紗英、あ、ちょ、まて、あー足裏……。負けそう。アルコールの回った思考がどんどん溶ける。もうなんでもいいか……?


 うんそう、そうだよ、キッパリ拒まない僕が悪いんだ。ほんとはもう負けてるけど、負け惜しみくらい言わせて。

 奪う勇気もないくせに、もしかしたら紗英がキスしてくれる日が来るかもって期待してるんだよ。

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