アイドルを目指して
@annkokura
第1話
「やっとこの日が来た! 夢を叶えるための第一歩を踏み出す日が!」
これから旅行でも行くのかというぐらいの荷物を目の前にして目を太陽の光のように輝かせる少女。
名前は春那美茜(はるなみあかね)、十四歳。両サイドで団子結びされた蜜柑色の髪にクリクリとした大きな目と青色の瞳。百五十八センチと十四歳女子の平均と二センチほどしか変わらない身長。身に纏っているのは、皺が一つもついていない真っ新な制服だ。そんな彼女の夢はアイドルになることだ。
「よし! 準備オッケー!」
身だしなみを確認した後、茜は荷物を持って自室を出る。階段を下り居間へと向かう。
「おはよう! おじいちゃん! おばあちゃん!」
茜は居間で朝のニュースを見ている祖父と台所で朝食を作っている祖母に挨拶を送る。
「茜、おはよ。今日も元気じゃな」
「おはよ、茜。ちょうど朝ご飯が出来たところよ」
茜は祖父母と三人暮らしだ。別に実の両親が亡くなったわけではない。ただ、茜が目指す道がきっかけで喧嘩をし、中学三年生になってすぐに祖父母の家に引っ越してきたのだ。しかし、それも今日で終わり。今日から茜は寮生活となる。
茜は荷物を置き、祖母の手伝いをする。
「今日で茜ともお別れか……」
祖父はテレビを見ながら悲しげな声でポツリと漏らす。
「別に一生のお別れじゃないじゃん!」
「そうですよ。あなたは寂しがりやなんだから」
茜は朝食を乗せたお盆を祖父の前に置く。
「そうは言うがなぁ……。茜が居なくなると家が寂しくなるんじゃぞ?」
「それはそうですが……」
祖父母にとって茜は唯一の可愛い孫である。それに、常に明るく元気な茜は、祖父母にとって家を照らす太陽のような存在なのだ。
「もう! そんな顔しないで! お盆とかは帰ってくるから! それよりも、朝ご飯が冷めちゃうから早く食べよ」
茜は手を合わせ朝食をとり始めた。
「そうじゃな。わしらも食べよう」
「そうですね」
祖父母も茜と同様、朝食に手をつけ始めた。
茜たちが朝食を摂っていると、テレビから一つのニュースが流れてきた。
『続いてのニュースです。先月デビューしたばかりの新人AIアイドルグループ『大和撫子』が来月ファーストライブを開催するようです』
「本当に時代も変わってしまったのう。今やどの職業もAIばかりが活躍しておる」
「そうですねえ……。私たちの時代とは大違いです」
AIアイドル。それは、今から十年前の二千九十二年に鈴代源(すずしろげん)という科学者によって開発されたもの。人間のアイドル同様ライブでパフォーマンスをAIを搭載したロボットがやるのだ。最初は機械だろと甘く見られていたが、機械のような動きや発音はせず、それどころか歌に抑揚や感情すらもあった。もちろん外見も人間のようで、機械の独特なゴツゴツさもない。それにより虜にされる人が続出した。そして今では、アイドル業界の99.9パーセントがAIアイドルとなっている。もちろん人間のアイドルも残っているが、その割合は残りの0.1パーセントだった。それに加え、もしデビューしたとしても一年保つかどうかすら怪しいのだ。
「ご馳走様でした! おばあちゃん! 今日もおいしかったよ!」
「ありがとう、茜」
朝食を食べ終わった茜は自分が使った食器類を流しへと持って行く。
「茜、もう行くのかい?」
「うん!」
荷物を持ち茜は玄関へと赴く。茜の門出を見送ろうと祖父母も玄関に行く。
「じゃあ、行ってくるね!」
茜は玄関の戸を開け外へと踏み出す。そこで茜は振り返り満面の笑みで、当分の間会えなくなる祖父母に今までの感謝を伝える。
「おじいちゃん! おばあちゃん! わたしの我儘を聞いてくれてありがと! わたしの味方になってくれてありがと! 一年間、お世話になりました! 行ってきます!」
そうして茜は、アイドルになるという夢を叶えるために新生活の一歩を踏み出した。
家を出て一時間半後。茜は今日から過ごす学び舎に着いた。その後、先輩に案内され式が行われる四階の体育館に来ていた。
「ここにいる皆がわたしと同じ道を目指してるのか〜‼︎ これは負けられないな〜‼︎」
茜は自分と同じ道を志す人々を目の当たりにし闘志を燃やす。
「でも、ライバルの前に同じ道を目指す仲間だよね。それに、今日から一緒に生活するんだし、まずは友達作ろ〜。できれば、全員と友達になりたいな〜」
茜が小学生のようなことを口にしていると、式が始まった。
「これより、2102年度、柏高校の入学式を執り行います。まずは、国歌斉唱」
体育館にいる全員が立ち国歌斉唱をする。
「学校長式辞」
式で一番長いと言っても過言ではない学校長式辞。案の定、話はおよそ二十分もかかった。来賓祝辞など入学式は滞りなく進み新入生代表挨拶に進んだ。
「新入生代表挨拶。新入生代表、鈴代蓮(すずしろれん)さん、お願いします」
司会者が鈴代蓮と口にした瞬間、生徒がざわつき出す。茜は何にざわついているのかさっぱり分からなかった。体育館が少しざわめき立つ中、一人の美しい少女が綺麗な姿勢を保ちながら壇上へと上がった。茜以外の生徒たちは、壇上に上がった生徒を奇妙なモノを見るような目で見る。
「嘘でしょ……」
「どうして、AIアイドルの開発者、鈴代源(すずしろげん)の娘がこの学校に……」
「何かの間違いだよね……?」
「でも、新入生代表って……」
困惑を示す生徒たち。
体育館にざわめきをもたらした少女の名前は鈴代蓮、十四歳。壇上の照明を浴びてキラキラと輝く腰まで伸びた黒髪。クールな印象を与えるツリ目に長いまつ毛。女子高生にしては高い百七十センチの身長。スカートからスラリと伸びた乳白色の長い脚。その外見は、まるでモデルのようだ。容姿端麗、眉目秀麗などの美人を表す言葉全てが彼女のために生まれてきたのではないかと思わせるほどの美人。それに加えて成績も優秀である。その証拠に入試を受け合格した生徒の中で一番の成績を修めた生徒に頼まれる新入生代表挨拶をしている。そして、噂されていたように蓮はAIアイドルの開発者、鈴代源の娘である。
そんな蓮は、新入生代表挨拶を緊張や羞恥心といったもの一切感じさせずに読む。蓮にとって、新入生代表挨拶や在校生代表挨拶、卒業生代表挨拶はやり慣れたものだった。
茜は蓮を目にして強制的に黙らされた。見惚れてしまったと言ってもいい。口をポカンと開けて蓮を見続ける。
「これで新入生代表挨拶とさせていただきます。新入生代表、鈴代蓮」
挨拶を終えた蓮は、美しいお辞儀をして壇上を降りた。茜の視線は自然と蓮を追いかける。蓮が座ったところで、茜は口に乾きを覚えた。それにより意識が引き戻される。
「わたし、あの子に見惚れていたんだ……。よし! 決めた! あの子と友達になろう!」
「そこ、うるさい!」
茜は興奮してつい、普段通りの音量で意気込んでいた。そのため、先生から注意を受けてしまい注目を浴びる。周囲の人は、肩をプルプルと震わせ笑うのを堪えていた。茜は苦笑いを浮かべつつ軽く会釈をする。
「これで、2102年度、柏高校、入学式を終わります。新入生は担任の先生の指示に従って行動してください」
そうして、入学式の全プログラムが終わった。
担任の先生のもと教室に案内された茜たち新入生。
「黒板に貼られてある座席表を確認して席に着いていてくれ。先生は職員室の方に少し戻る」
そう言って、先生は教室を一旦出る。生徒たちは黒板の前で団子状態になる……かと思いきやならなかった。生徒たちにとって座席表よりも興味のあることがあった。それは、新入生代表で壇上に上がり挨拶をした蓮のことだ。
「ねえ、どうして鈴代蓮がこの学校に入学してるの……?」
「そんなの訊かれたってわかんないよ……」
「あいつの父親のせいで、人間のアイドル業界が廃ったのに……」
「もしかして、アイドル目指してるとか……?」
「そんなわけないでしょ! きっと笑いにきたに違いない! 私たち人間はAIに勝てないって!」
初対面のはずなのにクラスメイトたちが、出会ったことのある友達のように会話している。それほどまでに蓮がこの学校に入学したのが不思議なのだ。生徒たちが憶測していると教室の扉が開き当の本人が姿を表した。蓮を目にしたクラスメイトたちは蓮から距離をとるように壁際に寄る。それはさながら、女王が通るから道を開けた国民のようだった。そんなクラスメイトたちとは裏腹に茜は蓮を見るなり駆け寄る。
「あっ! 鈴代蓮ちゃんだよね! 蓮ちゃんって読んでいい?」
「あなた誰?」
名前も名乗らずに声をかけられたら当然、蓮のような反応になる。
「あっ! そうだった! 名前言うの忘れてた! わたしの名前は春那美茜! これから三年間よろしくね!」
茜は、蓮に握手しようと手を差し出す。差し出された手を見ながら、蓮は気分を害したように冷たく質問する。
「春那美さん、その手は何?」
「何って握手だよ? これから三年間、一緒に頑張る仲間だし! それと、わたしと友達になってよ!」
その言葉に、蓮は目を細めた。その表情に二人のやり取りを見ていた生徒たちが息を呑んだ。心なしか教室の温度が下がる。
「あなた、今友達になろうって言ったかしら?」
「うん! 言ったよ!」
「じゃあ、私もあなたに言っといてあげるわ。友達? 仲間? アイドルにそんなものは必要ないわ」
茜にそう言い残した後、蓮は自分の座席を確認し席に着く。そして、鞄から文庫本を取り出し読み始めた。時間が動いているのは蓮だけで、茜と他のクラスメイトたちの時間は止まっていた。しかし、茜はすぐに気を取り直し性懲りも無く蓮の元へ行く。
「ねえ、蓮ちゃん。友達になろう?」
蓮は静かに本をとじ、苛立ちを含んだ声音で言い放つ。
「あなた、私の言葉を聞いていたのかしら?」
「聞いてたよ」
「だったら――」
「無理」
蓮が、諦めてと言おうとする前に茜は断った。それにより、蓮の我慢の緒が切れた。
「いい加減にして! これから私たちは敵になるの! 例え同じ学校、業界に入ったとしても全員敵よ! それに私たちが目指しているのは、趣味や興味があるからという甘い考えで残れる業界じゃない! デビューしても一年持つかどうかわからないのよ! もしかしたら、一ヶ月、いや一週間も持たないかもしれない! そんな業界に足を踏み入れるのなら今すぐその甘い考えは捨てなさい!」
先ほどまでの蓮のクールな印象からは考えられないほどの怒号が響いた。
「おうおう、いきなり喧嘩か?」
職員室から戻ってきた先生により、凍結していた教室内の空気が溶けた。
「いえ、喧嘩ではありません」
「そうか、ならいいんだけど。それはそうと、お前ら座席は確認したのか?」
「「「あ……」」」
茜は蓮に興味を持ち、クラスメイトは二人のやり取りを見ていたため蓮意外、座席を確認していなかった。先生はそれを感じ取ったのか、今すぐに確認して席に着けと指示を出す。
最後に蓮は「もう二度と話しかけないで」と茜だけに聞こえる声で言った。その言葉に茜は返事をせず、団子状態になっているクラスメイトの方へ行った。
「友達になりたかっただけなんだけどなぁ……」
茜もあそこまで拒絶されたら諦めるしかない。いくら頑固な茜でも相手の気持ちを汲めないほど馬鹿ではない。
徐々に渋滞が改善され茜はようやく自分の席を確認できた。そして、大はしゃぎした。
「やったー‼︎ ど真ん中だー‼︎」
茜の席はクラスの中心だった。ステップするような感覚で茜は自分の席へと行き、椅子に座る。八方向から、何、この子? と言わんばかりの視線が集まる。それもそのはず。ど真ん中の席で喜ぶ人なんていないに等しい。しかし、友達を作りたい茜にとっては嬉しい席だった。
先生が全員席に着いたのを確認してからホームルームを始めた。
「まずは、入学おめでとう」
教卓に立った先生は定番のセリフを言う。そして、諸々の説明を始めた。
「今日からお前たちは柏高校の生徒だ。だが毎年、二週間後には入学してきた生徒の半分以上が辞めてしまう。お前たちがそうでなければいいのだが。この学校では寮生活を行なっている。部屋は二人で一つ。このペアは後々決めてほしい。もしグループを結成する場合は先生に報告してほしい。寮が別になるからな。それと、入学して早々だが一週間後にテストを行う。これは成績には入れず、あくまでも現在の君たちの実力を見るためのものだ。本テストは、一般科目と同じく五月の中間テストで行う。とりあえず、簡単な説明は終わりだ。次は自己紹介をおこなってもらう。一番の子と二十番の子、ジャンケンしてくれ」
ジャンケンの結果、名前の後ろ順からに決まった。名前と一言の挨拶のためすぐさま茜の番がきた。
「初めまして! 春那美茜です! わたしがアイドルを目指したきっかけは、ミステルです! 美華梨さんの華やかさと大人の女性の色気が、春巳さんの明るい雰囲気を醸し出す声と綺麗に交わってとても魅了的で! それで、わたしもアイドルを目指したいと思いました! わたしは、体力もなくて運動も苦手だけど、それでもアイドルになります! そして、今はちっぽけな灯火になってしまった人間のアイドル業界に再び大きな火にしてみせます! これがわたしの最大の目標です!」
言い切る茜に蓮は眉根を寄せ、先生は「大きく出たなぁ」と感心する。
「あっ、あと! わたしは友達を作りたいです! 蓮ちゃんには断られちゃったけど……。なので、気兼ねなく話しかけてください! 以上でわたしの自己紹介を終わります! これから三年間、よろしくお願いします!」
茜の自己紹介にクラスの雰囲気が和らぐ。その雰囲気のまま蓮の自己紹介を迎えた。
「鈴代蓮です。私は、私と同じ道を目指している人を仲間とは思いませんし、友達になろうとも思いません」
蓮は茜の言葉を真っ向から否定した。
「全員が敵だと思っています。なので、幼稚園、小学校、中学校のように友達を作って和気藹々とした雰囲気を求める人は目障りなのでこの学校をやめてください。以上です」
クラスメイトいや、この学校に通う全生徒に喧嘩をふっかけて蓮は自己紹介を終えた。その言葉に茜と先生以外は苛立ちを覚えた。蓮の言葉で、クラスの雰囲気は穏やかなものから一触即発のような状態の雰囲気に様変わりした。生徒から敵意、怒気、憎悪といった負の感情を帯びた視線を送られるが蓮は気にしなかった。最悪な雰囲気のまま自己紹介は幕を閉じた。
「今年も個性あふれる生徒が多いなぁ」
険悪な雰囲気を和ますためか先生がおっとりとした口調で言う。
「個人個人の思いは違えど、この場にいる全員がアイドルデビューを目指していることはわかった。是非、その思いのまま日々の授業を取り組んでほしい。では、先ほど言っていた寮のペア決めに入ろう」
寮のペア決めに移る。人懐っこい性格の茜はすぐにペアが決まった。対して優等生感満載で先ほどの自己紹介で全生徒に喧嘩を売った蓮は決まっていなかった。自分から誘いにも行かなければ誘われる素振りすらなかった。時間だけが刻々と過ぎていく。そのまま、ペア決めが始まって十分ほどが立つ。しかし、以前として蓮とペアを組みたいと申し出る生徒はいなかった。この状況を見かねた先生がクラスメイトに訊く。
「誰か鈴代と寮のペアを組んでくれる人はいないのか〜?」
誰からも手が上がらない。しかし、一人の生徒が動いた。それは、すでにペアが決まっている茜だった。
「せんせー‼︎ わたしが蓮ちゃんとペアを組みます!」
「えっ⁉︎ 春那美さん!」
すでに茜とペアを組む予定だった生徒が驚く。その生徒に、茜は申し訳なさそうに謝る。
「ゴメンね! 勝手に変更しちゃって! 誘われて本当に嬉しかったよ! でも、このままだと決まらないし……。それに、蓮ちゃんが可哀想だから……」
茜はもう一度「ゴメンね!」と謝る。誠実な茜の姿に、ペアを組む予定だった生徒は渋々了承した。
「というわけで、よろしくね! 蓮ちゃん!」
茜の優しさで一緒に生活をすることになった蓮は、隠すことなく露骨に「この子とはペアを組みたくなかった」と言葉にした。
しかし、茜は気にした様子もなく笑顔のままだった。
入学式のため学校は昼で終わり、茜たち新入生は生活の拠点となる寮に来ていた。柏高校には寮が二棟あり茜たちの第一寮はソロメンバーが集まっていて、第二寮にはグループを組んだ人たちが集まっている。第一寮の部屋の広さは一般的な寮に比べて二倍ほどあり、第二寮はさらにその倍ある。茜と蓮はグループを組んでいないので第一寮だ。
「うわ〜! 思ったより広いね! 蓮ちゃん!」
「そうね」
与えられた部屋の扉を開けるなり直球な感想を述べる茜。その感想に簡素な返事をして蓮は部屋の中に入る。
『二度と話しかけないで』と言った蓮だが、優等生である彼女は他人の言葉を無視しない。話しかけられて無視をするのは無礼だと思っているからだ。だから蓮は、義務的に返事をしている。
部屋には、両方の壁に沿ってベッドが置かれており、机、収納棚が二つずつ、通常サイズの冷蔵庫がが一つ備えられていた。
蓮はテキパキと荷解きを始め、教科書類を机の上に並べて整理し、服や下着、タオルなどを持参したのか中身が見えないケースに入れ収納棚にしまう。その間、一切会話がなかった。一緒に暮らすといっても蓮には話すつもりはないようだ。そして、部屋を出て行った。その一連の行動をただただ茫然と茜は見ていた。
「めっちゃ嫌われてる……」
苦笑しながら茜は部屋の中に入った。荷解きを始め蓮と全く同じように収納していく茜。ある程度終わったあと備え付けのベッドに転がった。
「はぁ……。どうして、蓮ちゃんはあんなことを言ったんだろう……」
自己紹介の時の蓮の『私は、私と同じ道を目指している人を仲間とは思いませんし、友達になろうとも思いません』という言葉を思い出す茜。
「わたしは大事だと思うんだけどなぁ……。確かに、蓮ちゃんの言った通りライバルなのは変わりないけど……。でも、仲間と友達が必要ないっていうのは関係ないと思うんだけど……」
蓮に直接言いたいのは山々だった。しかし、茜とて人間。相手がどういった原因や事情、気持ちで言ったのか分からないので、これ以上、相手の気持ちを無視して言えなかった。
ガチャ……。
扉を開ける音が聞こえ茜は身を起こす。入室してきたのは、先ほど外へ出た蓮だった。手には棒状のような物が持たれている。
「おかえり! 蓮ちゃん! どこ行ってたの?」
「これを借りに行ってたのよ」
そう言って見せたのは白い棒だった。それを架ける。そして、カバンからカーテンのようなものを取り出す。いや、間違いなくカーテンだった。それを吊り下げる。それにより、擬似的に部屋が二つに分かれた。それを理解した茜は流石に抗議した。
「ねえ! ちょっと待ってよ! これ酷くない⁉︎ そこまでわたしのこと嫌いなの⁉︎ 普通、ここまでしないよね!」
「私はプライベートの空間を作っただけよ」
「なんだ、そういうことだったんだ〜。いや〜、嫌われたのかと思ったよ」
蓮の正論に納得する茜。しかし、油断したところを蓮は口撃した。
「自分が嫌われてるって理解してるじゃない」
「聞き間違いかな?」と首を傾げる茜。
「ごめんなさい。言い間違えたわ」
「なんだ、言い間違えか〜」
言い間違えだと言われ、再び油断する茜。そんな茜に再び蓮は口撃する。
「ええ、言い間違えよ。嫌い、じゃなくて、大っ嫌い、だったわ」
「聞き間違えじゃなかったじゃん! しかも、より酷く言い直してるじゃん!」
さらに酷く言い直され頬を膨らませる茜。
「私のあなたに対する気持ちが分かったのならもう一度だけ言うわ。二度と話しかけないで」
そう言って、備え付けの机に向かい勉強を始めた。それ以降、二人の間に会話はなく翌日を迎えた。
翌日。他校なら帰宅や部活、バイトをしている時間に柏高校の生徒たちは体育館に集まって授業を受けていた。流れる曲に合わせて生徒たちが踊っている。
「春那美さん! テンポが遅れてる!」
注意を受けた茜は、周囲の人よりもワンテンポほど遅れていた。そしてようやく、音楽が鳴り止む。
「十分休憩」
先生が休憩を知らせる。その瞬間、生徒たちは力が抜けたようにその場に座り込んだ。それもそのはず。一般科目の授業を六時間受けた後に、アイドルになるための授業を受けているのだから当然疲弊する。茜も他の生徒たち同様に座り込んでいる。しかし、一人だけ例外がいた。それは蓮だ。他の生徒が休憩している中、蓮は一人だけ自主練をしている。その姿からは、絶対にアイドルになるんだという気持ちが、心身と伝わってくる。その姿を見た茜は触発される。
「わたしも頑張らなきゃ‼︎」
茜は、自分の欠点の一つである体力を増加させるべく自主筋トレを始める。
「い〜ち……、に〜……、さ〜ん……」
そうやって、各々の十分休憩が終わり再びレッスンに入る。レッスンが終わったのは、それから二時間後のことだった。
「みんなお疲れ様」
入学して一日目とは思えない授業内容に生徒たちは完全にぶっ倒れていた。六時間授業でさえ疲れるのに、その後に筋トレやダンスレッスン、ボイストレーニングなどの授業を三時間受けているので無理もない。流石の蓮もぶっ倒れてはいないものの肩で呼吸するほどには疲れていた。
「楽な姿勢で先生の話を聞いてちょうだい。昨日、担任の先生から聞いたと思いますが、来週の日曜日にテストを行います。テスト内容は、この後みんなに送る楽曲と振り付けをテストまでに覚えて受けてもらいます。アレンジなどは必要ないです。質問はないですか?」
先生は生徒たちを一通り見る。
「ないようですね。もし後で分からないところが出た場合は、先生のところに来てください」
そうして、入学して初の授業が終わった。
授業が終わってから夕食を摂った後、茜は入浴の準備をするべく部屋に戻ってきた。
「あれ? 蓮ちゃんがいない。鞄もないしまだ戻ってきてないのかなぁ」
部屋に蓮の姿はなく戻ってきたような痕跡もなかった。茜は自分の収納棚から寝間着や下着を取り出す。
「さあ、お風呂場に……ん? これって……」
茜はカーテンで遮られていない蓮の机が目に入る。その上には、一つの写真立てがあった。中に入っている写真は、アイドルのような華やかな衣装を纏った蓮に似た一人の女性だった。
「誰だろう……」
茜は思わずそれを手に取ってしまう。その時、タイミングよく蓮が帰ってきた。
「あ、蓮ちゃ――」
「それに触れないで!」
蓮は、茜が手にしている写真立てを掻っ攫うように奪う。そして、憤怒の形相で茜に叫ぶ。
「これは私にとって大切なものなの! それを勝手に触れるなんて! そもそも人のものに許可なく触れるなんてあなたは常識を知らないの!」
「ご、ごめんなさい……」
茜は慌てて謝る。
「綺麗な人だったからつい……。蓮ちゃん、その人って……」
「あなたには関係ないわ……」
蓮は少し寂しげな表情でそう言うと、茜と遮断するようにカーテンを締めた。茜は最後にもう一度だけ「ごめんなさい……」とカーテンの向こう側にいる蓮に伝え浴場に向かった。部屋に一人取り残された蓮は、写真を見ながら「お母さん……。私、必ずお母さんのように多くの人を虜にするアイドルになってみせます」と一言呟いた。
この日を境に茜と蓮は話すことがなくなった。
そのままテスト当日の土曜日を迎えた。体育館には、緊張の面持ちで生徒たちが座っていた。
「これから入学して最初のテストを行う。テスト内容は、月曜日に配布された楽曲、振り付けでパフォーマンスをしてもらう。それだけだ。お前たちがどれだけ授業以外で真剣に練習に取り組んできたのかがここで証明される。それと、パフォーマンス中に動画をとり、一週間、動画配信サイトで配信する。そして一週間後に視聴者のコメントをテスト結果として配布する。成績に入れないが、決して気を抜くな。質問はあるか?」
先生は生徒たちを一瞥し、誰も手を挙げていないことを確認する。
「質問はなさそうだな。では、テストを開始する。一組の安藤。舞台に上がってくれ。他の生徒はその場で座ってくれ」
先生の指示のもと一番手の生徒が舞台へ上がり残った生徒はその場に座った。その風景はさながらライブを見立てたようなものだった。
先生たちが複数のカメラを設置する。
そしていよいよ、一年生、総勢三百六十名のテストが開始された。
一曲だけで、どれだけ人に魅せられるか。それが肝心になってくる。
テストは何事もなく進み茜の番が来た。茜は舞台に上がる。
「準備はいいか?」
「はい!」
楽曲が流れ始める。茜はそれに合わせてダンスをする。最初は順調だったのだが、二番のサビあたりから異変が生じ始めた。肩で息をして歌唱も途切れ途切れになってしまっている。テンポも遅れ始め完全にズレていた。それでも、なんとか終わりを迎える。
茜は力が抜けたようにその場に座り込んだ。
「ハァ……、ハァ……、ハァ……」
「おーい、春那美大丈夫か?」
「はい……」
茜はゆっくりと立ち上がり舞台を降りた。
その後もテストは続いていき蓮の番が来た。
「準備はいいか?」
「はい」
楽曲が流れ始め、蓮が踊り始める。蓮の踊りは完璧だった。流れるような動き、腕の位置や角度すらも完璧と言っても過言ではなかった。澄み切った声に凛とした表情もあり美しいとしか言いようがない。その蓮の姿に誰もが息を呑む。茜もまたその一人だった。
(歌声もダンスもすべてが綺麗……)
蓮はこの一週間誰よりも練習をした。先生に指摘されたところはもちろん、鏡で自分の姿を確認しながら首の角度、腕の高さなど全てが美しく見えるように練習した。成績に入らないテストでも蓮は決して気を抜かない。もちろん、蓮以外の生徒たちもそうだが、蓮は他の生徒よりもその意識が高い。だからこそのこの出来栄えなのだ。
蓮のパフォーマンスが終わると、体育館にいる全員が自然と拍手を送っていた。入学初日からずっと敵対しているクラスメイトたちも流石に認めざるを得なかった。それほどまでに蓮のパフォーマンスは完璧だった。それこそ完璧なAIアイドルのように。しかし、この世はそんなに甘くはなかった。
一週間後。テスト結果返却日当日。
教室には緊張した様子で生徒たちが集まっている。
「先週のテスト結果を渡していくぞ」
出席番号一番から順に先生は生徒の名前を呼びテスト結果が記載された紙を配布していく。
「鈴代」
「はい」
名前を呼ばれた蓮は先生から紙を受け取る。
自意識過剰だと思われるが、蓮には完璧だという自信があった。実際、パフォーマンスを終えた後、体育館は拍手喝采だった。それもあり、蓮は手応えを感じていた。だから、視聴者からのコメントも賞賛の嵐だと思っていた。紙を見るまでは。
「どういうことよ‼︎」
紙に記載された視聴者のコメントを見て蓮は怒りを覚え、机を叩き椅子を倒す勢いで立ち上がった。蓮のいきなりの怒号にクラスメイトが驚いた様子をみせる。
「どうした? 鈴代」
「先生! この評価は正当ではありません!」
「どうしてだ?」
「視聴者は何もわかっていない素人です! そんな彼らに私たちとAIアイドルの差がわかるはずがありません!」
視聴者からのコメントは正当ではないと言う蓮に先生は正論を述べる。
「だがな、鈴代。ライブに来ているお客さんは全員が素人だ。お前たちがその日のために努力してきたことなど客にとってはどうでもいいことなんだ。ただ、アイドルとしてどっちが魅力的かで判断する。それだけだ」
「……」
先生の言葉に押し黙る蓮。蓮自身もそれぐらいわかっていた。だが、どうしても紙に書かれていたコメントを受け入れたくなかった。
「……帰ります」
そう言うと、蓮は先生の話の最中にも関わらず、逃げ出すように教室を出て行った。
それを見ていた茜は追いかけるように「わたしも帰ります!」と言って教室を出た。茜だけが気づいていた。蓮が涙していることに。
「待って蓮ちゃん!」
茜は寮と学校を繋ぐ連絡橋で蓮を呼び止めた。
「付いてこないで!」
体力のない茜は蓮との距離を埋められない。それどころか、蓮に離されていく。それでも茜は離されまいと力を振り絞って走り続ける。
「どうして追いかけてくるのよ!」
「だって、蓮ちゃんが泣いてるんだもん!」
残っている力を全部使って距離を詰める、そしてついに茜は蓮の手を掴んだ。蓮は茜が自分に追いついたことに驚いた様子をみせる。しかし、茜に手を掴まれていると認識すると、手を離すように迫る。
「手を離しなさい!」
「イヤだ! だって、逃げられたくないもん!」
「どうしてそこまで私に構うのよ! 私があなたを嫌っていること知っているでしょ!」
「知ってるよ! でも、放って置けないよ!」
茜は絶対に逃さないとばかりに蓮の手を強く握る。それを感じとった蓮は茜に訊く。
「どうしてそこまで気にかけてくれるの……? 私はあなたを嫌っているのよ……?」
「知ってる。でも、泣いている人は放って置けないよ」
もう逃げることはないだろうと茜は手を離す。
「わたし、視聴者からのコメントめちゃくちゃ酷かったんだ。ほら」
そう言って、茜は視聴者からのコメントが書かれている紙を見せる。
その紙には『パフォーマンス中に体力なくなるとかあり得ない』『そんなのでアイドルになれるのかよ』『AIアイドルに比べて一垓倍劣ってる』『息切れして何言ってるかわかんね〜(笑)』など心が折れそうな辛口コメントばかりが書かれている。
本来ならこんなもの誰にも見せたくないはずだ。なのに茜は笑いながら蓮に見せた。その意図が読めず蓮は茜に訊く。
「どうしてこれだけ書かれていて笑顔でいられるの……?」
「楽しかったから! それに、わたしが持てる限りの力を出し切っての評価だもん! 後悔はないよ!」
「私はそうはなれないわ……」
「え……?」
蓮は紙を取り出し茜に手渡す。
「何これ?」
「私のテスト結果よ」
「見ていいの?」
「ええ。あなたは見せたのに私は見せないなんて公平じゃないもの」
茜は蓮から受け取った紙を開く。『計算されていてつまらない』『不機嫌なのか知らないけど笑顔を見せろよ!』『全然楽しそうじゃない』『聞いてて全然元気でねえ』など、茜同様に酷いコメントが並んでいた。それを見た茜は怒った。
「この人たち何もわかってない!」
「え……?」
急に怒りだした茜に蓮は目が点になった。自分が怒るのならわかるが、茜が怒る理由がわからないとばかりに。
「蓮ちゃんがこのパフォーマンスをするためにどれだけの時間を費やしたと思ってるの! 夕食を食べた後も一人で練習してるんだよ! わたしたちが寝ている時間に蓮ちゃんは起きて練習してたんだよ! それに! 笑顔だけがアイドルにとって必要なものじゃないし! 逆に蓮ちゃんのような美人な人が表情を変えずに踊っていたらかっこいいでしょ! 実際にわたしはかっこいいと思ったし夢中になったよ!」
この場にいない視聴者に文句を言い終えた茜は息を切らす。
「蓮ちゃん! こんなの気にしなくていいよ! わたしからすれば蓮ちゃんは憧れなんだから!」
真っ直ぐに目を見て言われ、蓮は恥ずかしくなり顔を赤くする。
「あ、ありがとう、春那美さん……」
「ううん! それよりも初めて名前呼んでくれたね!」
「そう?」
「うん! いつも『あなた』だから!」
名前を呼ばれただけではしゃぐ茜。
「ねえ、春那美さん」
「何? 蓮ちゃん」
「私の話を聞いてくれる?」
「うん!」
「私がアイドルを目指したのは母の影響なの」
「もしかして、前わたしが勝手に触った写真に写ってた人?」
「ええ。映像でしか見たことないけど母の姿はとても美しく華やかだった。でも、父がAIアイドルを開発したせいで人間のアイドル業界は廃ってしまった。父がどういうつもりでAIアイドルを開発したのかは知らないけれど、私は母が活躍した人間のアイドル業界をもう一度盛り上がらせたいの」
「そっか……」
「でも、私は欠点だらけみたい。やっぱり、欠点のないAIアイドルには敵わないのかしら?」
「ううん。AIアイドルにも欠点はあるよ」
「え……? そんなものあるはずがないわ……」
「あるよ。完璧なところが欠点だよ。だって、完璧ならもうそれ以上は成長しないってことでしょ? でも、わたしたちは完璧じゃないからこそ成長できる。成長したら成長した分だけの物語がある」
茜の言葉に蓮は目を丸くした。
(そんな考え方したこともなかったわ……)
前向きな思考を持つ彼女だからこそできるのだろうと蓮は思った。
「蓮ちゃんは、アイドルグループを結成する理由は何だと思う?」
「え……?」
茜の意図の読めない質問に蓮は首を傾げる。
「わたしは、ソロでは出せない魅力を引き出すためだったり、欠点を補い合うためとか。他にも辛いことや苦しいこと、悩みを分かち合うために結成するんだと思う。だから、蓮ちゃん――」
茜は蓮に向けて手を差し出す。そして、太陽にも負けないぐらいのとびっきりの笑顔を見せながら言う。
「――わたしとグループを組まない?」
コメントによって心が折れかけていた蓮にとって茜は救世主のように見えた。
「あなたのおかげで友達や仲間が大切だってわかったわ。これから、よろしくね。春那美さん」
「うん! こちらこそよろしくね! 蓮ちゃん!」
蓮は差し出された手を取る。
「それと、ごめんなさい。あなたを拒絶してしまって」
「気にしなくていいよ!」
本当に気にした様子を見せない茜に蓮は苦笑した。
翌日。二人はグループ結成の申請を担任の先生に出した。そのついでに昨日、話の途中で帰ったことについて怒られた。
二年後。茜と蓮は『マダーロータス』というグループ名で在学中にアイドルデビューを果たした。
アイドルを目指して @annkokura
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