ビッグマッチョと始まりの悪魔

ぶいさん

始まりと終わり

 俺はジェフリー。もうすぐ60歳になるビッグマッチョな男だ。体はでかいけど、慢性的な持病のせいで毎日が楽じゃない。それでも、メアリーがいればそれでいい。 


 俺の愛する妻、メアリー。彼女は記憶障害で、もう何年も前のことなんて覚えてねえ。最近じゃあ、記憶が戻らなくたっていいって思うようになってきた。彼女が生きてて、俺のそばにいてくれる。それだけで十分だと思ってたんだ。


 でも、あの日のことは忘れられねえ。教会のバザーにメアリーを連れてったんだ。軽い気持ちだった。彼女は嫌がってたけど、ちょっとくらいならって思って、無理やり教会の中に引っ張り込んだ。

 そしたら、信じられねえことが起きた。メアリーが教会に入った瞬間、腕に火傷ができちまったんだ。痛がる彼女を見て、俺はただ事じゃねえって思った。火傷だぜ? 教会に入っただけで火傷するなんて、どう考えたって普通じゃねえ。


 頭ん中がぐちゃぐちゃになって、超常的な何か、得体の知れねえ力が働いてるんじゃねえかって考えちまった。まさか…メアリーが何かおかしいんじゃないかって。

それから頭が冷えねえまま、神父に相談した。


 藁にもすがる思いで、家に来てもらったんだ。そしたら、神父が顔を真っ青にして教えてくれた。メアリーは悪魔に取り憑かれてるんじゃねえ。メアリーそのものが悪魔なんだって。耳を疑ったよ。俺のメアリーが? あの優しくて、笑顔が素敵で、俺を支えてくれるメアリーが悪魔だって? 冗談じゃねえ。信じたくなかった。


 でも、教会での火傷を思い出すと、否定できねえ自分がいた。

 今、どうしたらいいか分からねえ。メアリーはいつも通りの穏やかな顔してるよ。でも、俺には分かる。あの瞳の奥に何かいる。俺の知ってるメアリーじゃねえ何かが。

 愛してるよ、メアリー。どんな姿だろうと、お前が生きててくれるならそれでいいって、そう思ってたはずなのにさ。今は怖えんだ。彼女に触れるのも、目を合わせるのも怖え。7年も一緒に暮らしてきた女が、実は悪魔だったなんて。頭が狂いそうだ。


 目の前で信じられねえことが起きてる。メアリーが…俺の愛するメアリーが、突然変貌しちまったんだ。さっきまで穏やかに座ってた彼女が、急に体を震わせて、うめき声を上げ始めた。そしたら、次の瞬間にはもう別人だ。顔は知らねえ少女の顔になって、耳は長く尖ってて、牙は鋭く光って、黒い尻尾がうねりながら生えてきて、背中からは黒いコウモリの翼が広がっちまった。


 なんだこれ!? メアリーじゃねえ! これはメアリーじゃねえんだ! 悪魔だ! 悪魔そのものが目の前に立ってる!


 心臓がバクバクして、息が詰まる。体中が冷たくなって、足が震えて動かねえ。俺のメアリーはどこに行っちまったんだよ!? あの優しい笑顔、俺を呼ぶ柔らかい声、全部どこに消えたんだ!? 目の前にいるこいつは、俺の知ってるメアリーじゃねえ。


 化け物だ。悪魔だ。神父の言ってたことが頭をぐるぐる回る。「メアリーそのものが悪魔だ」って。あの時はまだ信じきれなかったけど、今はもう否定しようがねえ。こいつがメアリーの本当の姿なのか? 何十年も一緒に暮らしてきた女が、こんな怪物だったなんて…。


 でも、待てよ。どこかでまだ引っかかるんだ。あの少女の顔、鋭い目つきの中に、ほんの一瞬だけメアリーの面影を見た気がする。俺の頭が錯覚を起こしてるだけか? それとも、メアリーがまだどこかにいるのか? いや、そんな希望にすがってる場合じゃねえ!


 こいつは危険だ。黒い翼をバサバサ動かして、こっちを睨んでやがる。牙を剥き出して、低い唸り声を上げてる。俺に何かを仕掛けてくるつもりか? 逃げなきゃいけねえのか? でも、どこに逃げるんだよ。ここは俺の家だ。メアリーと一緒に暮らしてきた家だ。こんな化け物に奪われるなんて我慢できねえ!


 どうもこうも神父が家に来てメアリーに聖水をかけたらこの事態が起きた。神父が聖書を読み上げるとひどく苦しんでた。


 もう頭がどうにかなりそうだ。神父が家に来て、メアリーに聖水をかけた瞬間から、すべてがめちゃくちゃになっちまった。神父が「これで真実が明らかになる」って言って、聖水をメアリーに振りかけたんだ。そしたら、彼女が急に叫び声を上げて、体をのけぞらせて苦しみ始めた。皮膚がジュウジュウ音を立てて煙を上げて、まるで焼けてるみたいだった。

 それだけでもう俺の心臓は止まりそうだったけど、そこからが本当の地獄だった。あの変貌だ。メアリーの顔が別人の少女に変わって、耳が尖って、牙が生えて、黒い尻尾とコウモリの翼まで出てきちまった。あれはメアリーじゃねえ。悪魔だ。聖水がその仮面を剥がしちまったんだ。


 神父は慌てて聖書を取り出して、読み上げ始めた。ラテン語か何か分からねえ言葉で、力強く声を張り上げてたよ。そしたら、メアリー…いや、あの悪魔がさらにひどく苦しみ始めた。耳を塞ぐみたいに頭を抱えて、唸り声とも叫び声ともつかない声を上げて、体をよじらせてた。翼をバタバタさせて、尻尾が床を叩きつけて、まるで何かに抵抗してるみたいだった。俺はただ立ち尽くして見てることしかできねえ。神父は「耐えなさい、ジェフリー。これは神の試練だ」って言うけど、そんな言葉じゃ俺の恐怖は収まらねえよ。試練だって? 俺のメアリーがこんな怪物になって、苦しんでるのを見てろってのか?


 でも、よく見ると、メアリーが苦しんでる姿に俺の胸が締め付けられる。あの悪魔の顔の奥に、やっぱりメアリーがいる気がするんだ。聖水で焼かれた皮膚、聖書の言葉でうめく声の中に、俺の知ってるメアリーが助けを求めてるような気がしてならねえ。でも、どうすりゃいいんだよ。神父に「助けてくれ」って叫んだら、「悪魔を追い出すしかない」ってさ。追い出す? それがメアリーを殺すって意味なら、俺は耐えられねえ。だけど、このままじゃメアリーも俺もどうなるか分からねえ。悪魔が暴れ出したら、俺じゃ抑えきれねえよ。60歳間近で体が思うように動かねえ俺に、あんな化け物を止められるはずがねえ。


 神父はまだ聖書を読み続けてる。メアリーの苦しむ声が部屋に響いて、俺の頭を締め付ける。愛してるよ、メアリー。お前が悪魔だろうと何だろうと、お前が生きててくれるならって思ってた。でも、今はそれさえも分からなくなってきた。お前を救うのが正しいのか、この悪魔を滅ぼすのが正しいのか、俺にはもう判断できねえ。ただ、目の前で苦しむお前を見て、涙が止まらねえんだよ。


 どうしたらいいんだ、メアリー。教えてくれ。俺はどうすりゃお前を取り戻せるんだ…。

 神父は言った「彼女は悪魔憑きじゃない、彼女そのものが悪魔なんだ」と


 神父は聖書を読み続ける手を止めて、俺の方を向いた。そして、重々しく言ったんだ。「ジェフリー、彼女は悪魔に取り憑かれてるんじゃない。彼女そのものが悪魔なんだ」と。もう何度目か分からねえその言葉が、今回はっきりと俺の耳に突き刺さった。聖水をかけたらこうなった。聖書を読んだら苦しみ始めた。この現実が、神父の言葉を裏付けてる。否定したくても、もうできねえ。


 「どういうことだよ、神父! 俺のメアリーが悪魔だってのか!?」って叫んだら、神父は静かに頷いて、「彼女は人間の姿を借りた悪魔だ。長い間、お前を騙してきたんだろう。だが、神の力の前ではその正体を隠しきれなかった」と答えた。騙す?  


 メアリーとは結婚して7年目だ。たった7年。長い人生の中で、そんな短い時間しか一緒にいられなかったなんて、今となっては信じられねえ。メアリーと出会った時、俺はもう50歳を過ぎてた。でかい体と持病に悩まされながら、独りで生きてくのに疲れてた頃だ。


 そこに現れたのがメアリーだった。優しい笑顔と柔らかい声で俺を包み込んでくれる、まるで天使みたいな女だった。結婚してからの7年は、俺にとって初めて味わう幸せな時間だった。記憶障害で俺のことすら忘れちまう日が増えても、彼女がそばにいてくれるだけで十分だった。戻らなくていい、生きててくれればそれでいいって、そう思ってた。


 でも、今はそのメアリーが目の前で化け物になってる。少女の顔に尖った耳、鋭い牙、黒い尻尾とコウモリの翼。聖水をかけたら焼けて、聖書を読んだら苦しみだして、神父に「彼女そのものが悪魔だ」って言われた。


 7年間、俺が愛してきたのは悪魔だったのか? あの幸せな朝、二人でコーヒーを飲んだ日々、夜に寄り添って寝た時間、全部が悪魔の作り物だったのか? 頭がぐちゃぐちゃだ。7年しかないのに、その全部が嘘だったなんて受け入れられねえよ。


 結婚7年目ってのは、よく言う「倦怠期」なんて言葉が浮かぶ頃だ。でも、俺にはそんなのなかった。メアリーが記憶を失っても、俺は毎日彼女を愛してきた。彼女の笑顔を見るたび、俺の人生に光が差す気がした。


 それが全部、悪魔の仕掛けた罠だったってのか? 神父は「彼女は人間の姿を借りただけだ」って言うけど、じゃあ俺が愛した7年間は何だったんだ? 偽物でも、メアリーは俺にとって本物だった。手を握った感触、俺の名前を呼ぶ声、全部がリアルだったんだよ。


 今、メアリーは苦しんでる。聖書の言葉にうめいて、俺を睨む目にはもうあの優しさはねえ。7年一緒に暮らした女が、こんな姿になって…。でも、どこかでまだ信じちまうんだ。あの7年間のメアリーが、どっかにいるんじゃないかって。神父が「滅ぼすしかない」って言うたび、俺の心は引き裂かれる。


 7年だぞ。たった7年で、こんな終わりを迎えるなんて納得できねえ。愛してるよ、メアリー。悪魔だろうと何だろうと、お前との7年は俺の宝物だ。でも、この化け物を前にして、どうすりゃいいのか分からねえ。7年分の愛をどこにぶつければいいんだよ…。教えてくれ、メアリー。俺はどうしたらいいんだ。

あなたは変貌してしまったメアリーと新婦の間に躍り出て、メアリーをかばった。


 メアリーの体がさらに震えて、低い唸り声が部屋に響く。もう我慢できねえ。俺は決めたんだ。どんな姿だろうと、メアリーはメアリーだ。7年間、俺を幸せにしてくれた女だ。悪魔だろうが何だろうが、俺には関係ねえ。お前を守る。それが俺の答えだ。


 俺は神父とメアリーの間に飛び出した。でかい体を盾にして、メアリーをかばった。


「やめてくれ、神父! もう十分だ!」


 って叫んだ。神父が驚いた顔で俺を見てるけど、そんなの知ったこっちゃねえ。俺はメアリーの方を振り向いて、そっと手を伸ばした。


「メアリー、もう大丈夫だ。俺決めたんだ。お前を守るよ。ごめんな、怖がったりして。今まで迷ってた俺がバカだった。お前は俺のメアリーだ。ずっと一緒にいるって約束しただろ? だから、もう怖がらねえよ」


 って言った。声が震えてたけど、心は固まってた。メアリーを失うくらいなら、悪魔と一緒に生きてやる。それが俺の選んだ道だ。


 メアリーは俺を見て、鋭い目つきで「ヴヴヴヴ」って唸った。牙を剥き出して、翼を震わせてたけど、俺には分かる。あの声の中に、メアリーの何かを感じたんだ。言葉じゃねえかもしれない。でも、俺には通じた気がする。彼女も俺を覚えててくれるんじゃないかって。


 神父が「ジェフリー、やめなさい! 危険だ!」って叫んできたけど、俺は無視した。「危険でもいい。こいつは俺の妻だ。7年一緒に暮らしてきたメアリーなんだ。滅ぼすなんてできねえよ」って言い返した。


 メアリーの黒い翼が少し落ち着いて、尻尾の動きが止まった。まだ「ヴヴヴヴ」って唸ってるけど、俺に襲いかかってくる気配はねえ。俺はゆっくり近づいて、メアリーの肩に手を置いた。熱くて、少し震えてる。


 でも、俺には懐かしい感触だった。結婚した時、初めて抱き合った時の暖かさを思い出したよ。「メアリー、俺はお前を愛してる。どんな姿でもな。もう迷わねえ。一緒に生きよう。お前が何者だろうと、俺にはお前しかいねえんだ」って言った。涙が溢れてきたけど、笑っちまった。怖がってた自分が情けねえ。でも、もう怖くねえよ。メアリーを守る。それが俺の人生だ。


 俺が7年愛してきたのはこの女なんだよ。


 メアリーは「ヴヴヴヴ」って低く唸るだけだった。言葉はねえ。俺の知ってるメアリーの声じゃねえ。でも、その唸り声の中に、どこかで俺を呼んでるような響きを感じた気がした。錯覚かもしれない。でも、俺にはそれで十分だ。


 神父が「ジェフリー、何をする気だ! それは悪魔だぞ!」って叫んできたけど、俺は振り向かずに言った。「悪魔だろうと何だろうと、俺の妻だ。7年一緒に暮らしてきた。俺にはそれが全てだ。お前には分からねえだろうけどな」と。


 メアリーの鋭い目が俺を貫いてる。牙が剥き出しで、翼が小さく震えてる。襲ってくるかもしれない。でも、俺は動かねえ。持病で体はキツいけど、この瞬間だけは痛みなんかどうでもいい。俺はメアリーに手を伸ばした。


「怖がらせて悪かったな、メアリー。もう大丈夫だ。俺がお前を守るから」


 と静かに言った。彼女の唸り声が一瞬途切れて、じっと俺を見てる。そこに何か、メアリーの心が残ってるのか? 分からねえ。でも、俺は信じるよ。お前との7年を信じる。たとえこの先何があっても、俺はお前と一緒にいる。それが俺の決めた道だ、メアリー。


 メアリーを神父からかばって、彼女の前に立ち尽くしてた時だ。少女の顔に尖った耳、牙、黒い翼と尻尾を持つ化け物の姿のメアリーが、低く唸るのをやめて、突然かすれた声を出した。


「助けてジェフリー」


 聞き間違いじゃねえ。あの鋭い牙の間から、確かにメアリーの声がしたんだ。俺の名前を呼ぶ声。7年間ずっと聞いてきた、あの懐かしい声が、そこにあった。心臓がドクンと跳ねて、目から涙が溢れちまった。メアリーだ。俺のメアリーがまだそこにいる!


「メアリー!」


 って叫んで、俺は彼女に駆け寄った。神父が


「危ない!」


 って叫んだけど、そんなの耳に入らねえ。俺はメアリーの肩を掴んで、目を覗き込んだ。あの少女の顔、悪魔の瞳の中に、確かにメアリーがいた。苦しそうに歪んだ表情で、俺を見つめてる。「助けてジェフリー」って、もう一度かすれた声で呟いた時、俺の心は決まった。


 悪魔だろうが何だろうが関係ねえ。お前が俺を呼んでるなら、俺はお前を救う。それが7年間一緒に暮らしてきた俺の役目だ。


「大丈夫だ、メアリー。俺が助ける。お前を絶対に守るからな」


 って言いながら、俺は彼女を抱き寄せた。翼がバサっと動いて、尻尾が俺の足に触れたけど、そんなの気にならねえ。熱くて震える体を抱きしめて、俺はメアリーを感じたよ。記憶障害で俺を忘れても、笑顔で俺を迎えてくれたメアリーが、そこにいるんだ。


「ジェフリー、それは罠だ! 悪魔の策略だぞ!」


 って叫んできたけど、俺は振り向いて睨みつけた。


「策略だろうが何だろうが、俺には関係ねえ! メアリーが助けてくれって言ったんだ。俺の妻が俺を呼んだ。それだけで十分だ!」


 って言い返した。

 メアリーの小さな手が俺の腕を掴んだ。力は弱かったけど、確かに俺にすがってる。「ジェフリー…」って、またかすれた声で呟いて、彼女の目から涙がこぼれた。悪魔の涙なんかじゃねえ。あれは俺の知ってるメアリーの涙だ。俺は彼女を強く抱きしめて、


「もう大丈夫だ。怖がらせて悪かったな。もう離さねえよ。一緒に乗り越えるからな」


 神父が何をしようと、俺はメアリーを渡さねえ。彼女が助けを求めたんだ。俺にできることは、彼女を信じて、守ることだけだ。7年間の愛は、こんなことで終わるもんじゃねえ。メアリー、俺がお前を救う。必ずな。


 彼女を抱きしめて、俺が守ると誓ったその時、神父がまた聖書を手に持って近づいてきた。

 神父が叫びながら、 メアリーに手を伸ばそうとしやがった。その瞬間、頭に血が上った。


 メアリーを奪う気か? 俺の妻を、俺から引き離すつもりか? ふざけんなよ!


 俺はメアリーを片手で抱えたまま、神父に向き直った。「黙れ!」って一喝して、鍛えたビッグマッチョの拳を神父の顔に叩き込んだ。60歳近い体だけど、昔から鍛えてきた筋肉はまだ衰えてねえ。持病で動きは鈍い時もあるが、パンチ力ならそれなりにあるぜ。

 あの瞬間、全力でぶちかました。

 神父は「うっ!」って短い声を上げて、あっけなくぶっ倒れた。聖書が床に落ちて、バタンと音を立てた。静寂が部屋を包んだよ。


 メアリーが俺の腕の中で小さく震えてる。少女の顔に尖った耳、牙、黒い翼と尻尾を持つ姿だけど、俺には関係ねえ。「もう大丈夫だ、メアリー。誰もお前を傷つけさせねえよ」って言いながら、俺は彼女をぎゅっと抱きしめた。彼女のかすれた声がまた聞こえた。「ジェフリー…」って。涙がこぼれてるのが分かる。悪魔だろうが何だろうが、この声は俺のメアリーだ。7年間一緒に暮らしてきた、俺の愛する妻なんだよ。


 神父は床でうめいてる。殴ったのは悪かったかもしれねえが、後悔はねえ。俺の家族を守るためなら、何だってする。神父が言う「悪魔を滅ぼす」なんて言葉は、もう俺には届かねえ。メアリーが俺を求めてる。それだけでいい。俺は彼女を抱えたまま、ソファに座った。「怖かったな、メアリー。もう終わりだ。俺がずっとそばにいるからな」って囁いた。

 彼女の翼が少し動いて、俺の背中に触れた。温かい感触だった。7年間の愛は、こんなことで壊れねえ。神父が目を覚ましたらどうなるか分からねえけど、今はメアリーと二人でいる。それが俺の全てだ。



「ごめんなさいジェフリー、私メアリーじゃないの」



 って聞こえた時どうしたらいいかわからなかった。



「ごめんなさいジェフリー、私メアリーじゃないの」って。その言葉が耳に刺さった瞬間、頭の中が真っ白になった。どういうことだ? 今、俺の名前を呼んで助けを求めたのはお前だろ? 7年間一緒に暮らしてきたメアリーが、お前じゃねえってのか? 俺はどうしたらいいか分からなくなっちまった。



 「何!? 何だって、メアリー?」



 って聞き返したけど、声が震えてうまく出ねえ。メアリーは少女の顔に尖った耳、牙、黒い翼と尻尾を持つ姿のまま、俺を見上げてた。その目から涙がこぼれて、かすれた声で続ける。



「メアリーなんて最初からいなかった。私がメアリーって名乗ってただけ。取り憑いたり成り代わったんじゃなくて、私がメアリーだった。私には本来の名前があるけど、メアリーって名乗ってただけ」


 なんだそれ? 頭が追いつかねえ。7年間一緒に暮らしたメアリーが、最初から存在しない? お前がメアリーだったって、どういうことだよ!?



「待てよ…何!? お前がメアリーだったって…じゃあ、俺の妻は最初からお前だったのか?」



 って叫んだ。声が震えて、喉が詰まった。メアリー…いや、この少女の顔に尖った耳、牙、黒い翼と尻尾を持つ化け物は、静かに頷いてた。



「そうよ、ジェフリー。私があなたと出会って、あなたと結婚して、7年間一緒にいた。私が自分でメアリーって名乗ったの。本来の名前は別にあるけどでもそれって重要なこと?」



 涙が彼女の頬を伝って、俺の腕に落ちた。

俺は呆然として彼女を見つめた。記憶障害も、優しい笑顔も、全部お前だったのか? 別のメアリーがいて、入れ替わったとかじゃなくて、最初からお前が俺のメアリーだった?



「じゃあ…お前が悪魔だろうと何だろうと、俺が愛してきたのはお前そのものってことか?」



「うん、そうよ。私、悪魔だけど、あなたを愛したのは本当。あなたと一緒にいたくて、人間の姿でそばにいたの。でも、聖水でバレちゃって…ごめんね、ジェフリー」



「私の名前はイリス。始まりの悪魔だよ」



 イリス? 始まりの悪魔? 頭が一瞬ぐらっとした。メアリーって名乗ってたお前が、実はイリスって名前で、しかも始まりの悪魔って何だよ? 俺の知ってるメアリーが、そんな大層な存在だったのか? 混乱で言葉が出ねえよ。



「イリス…? 始まりの悪魔って、どういうことだ?」



 って聞き返したら、彼女は少女の顔に尖った耳、牙、黒い翼と尻尾を持つ姿のまま、俺を見上げて小さく微笑んだ。



「私、昔からいる悪魔なの。人間の世界に初めて現れた時から、私がいた。だから始まりの悪魔って呼ばれてる。でも、そんなのどうでもいいよね。私、あなたと出会って、メアリーとして生きてきた。それが私の幸せだったよ、ジェフリー」


 彼女の声は弱々しかったけど、俺の名前を呼ぶ響きは、7年間ずっと聞いてきたメアリーそのものだった。

 始まりの悪魔だとよ。笑っちまうぜ。俺みたいな、ただのビッグマッチョで持病に悩むオッサンが、そんな伝説みたいな存在と結婚してたなんてな。でも、彼女の目を見てると、悪魔だろうが何だろうが関係ねえって思えてくる。



「イリスか…いい名前じゃねえか。メアリーでもイリスでも、お前はお前だ。俺が愛したのはお前なんだからよ」



「ありがとう、ジェフリー。私、あなたに会えてよかった」



 その言葉に、俺の胸が熱くなった。


 床で神父が目を覚まして、「何!? イリスだと!? 始まりの悪魔がここに…!」って慌てて立ち上がろうとしてたけど、俺はもうそんなの気にしねえ。「うるせえよ、神父。お前には関係ねえ。こいつは俺の妻だ。イリスだろうがメアリーだろうが、俺が守る!」って一喝してやった。

 イリスは俺の腕の中で小さく震えて、「ジェフリー…私、怖かったけど、あなたがいてくれるなら大丈夫」って呟いた。始まりの悪魔が怖がるなんてな。でも、俺にはそれが愛おしくてたまらねえ。



「イリス、お前が何者だろうと、俺はお前と一緒にいる。7年間もそばにいてくれたんだ。これからもそうだろ?」



 彼女は頷いて、俺の胸に顔を埋めた。黒い翼が少し動いて、俺を包むみたいに触れてきた。温かかったよ。始まりの悪魔だろうが何だろうが、俺のメアリーはイリスだ。それでいい。俺は彼女を抱きしめて、これからどうなるか分からねえけど、一緒に生きていく。それが俺の決めた道だ。


 床で目を覚ました神父が、「イリスだと!? 始まりの悪魔がここに…!」って喚きながら立ち上がろうとしやがった。聖書を拾って、また何か余計なことを始める気だったんだろうな。もう我慢の限界だ。イリスが俺の腕の中で小さく震えてるのを見て、頭に血が上った。「てめえはもう黙ってろクソ神父!」って怒鳴りながら、俺は神父に近づいて、もう一発拳をぶち込んだ。


 鍛えた筋肉はまだ生きてる。さっきの一撃で倒したのに、また起き上がってくるから今度は容赦しねえ。ガツンと顎にパンチを叩き込んで、神父は「ぐはっ!」って短い声を出して、またあっけなく昏倒した。聖書が床に落ちて、バタンと音を立てた。


 静かになった部屋で、俺は息を整えながらイリスの方を見た。彼女は俺の腕の中で目を丸くしてたけど、すぐに小さく笑った。「ジェフリー…すごいね」ってかすれた声で言った。悪魔のくせに、俺に守られて安心してるみたいだ。



「当たり前だろ、イリス。お前は俺の妻だ。始まりの悪魔だろうが何だろうが、関係ねえ。こいつが邪魔するなら、何度でもぶっ倒してやる」



 って言いながら、俺は彼女をぎゅっと抱き寄せた。持病のせいで体はキツいけど、そんなの今はどうでもいい。イリスは俺の胸に顔を埋めて、「ありがとう、ジェフリー。私、あなたといられて幸せ」って呟いた。黒い翼が少し動いて、俺に触れる感触が温かかった。


 7年間、メアリーとしてそばにいてくれたイリスが、今も俺を愛してる。それが分かれば、もう何も怖くねえ。


 神父は床でピクリとも動かねえ。やりすぎたかもしれねえけど、後悔はねえよ。イリスを守るためなら、俺は何だってする。始まりの悪魔だろうと、俺にとってはただのイリスだ。俺のメアリーだ。



「これからどうなるか分からねえけどな、イリス。お前と一緒なら何でもいい。一緒に生きようぜ」



 彼女は涙をこぼしながら頷いた。



「うん、ジェフリー。私もそうしたい」



 俺は彼女を抱きしめて、笑っちまった。

 クソ神父なんかに邪魔させねえ。俺とイリスの新しい始まりだ。



 神父を二度もぶっ倒して、イリスを抱きしめて覚悟を固めた後、ふと気になったことが頭をよぎった。彼女がメアリーとして7年間俺と暮らしてきたなら、あの優しい顔、俺の知ってるメアリーの姿に戻れるのかどうかだ。俺はイリスを見下ろして、ちょっと迷いながら聞いた。



「ええと、メアリーの姿にはなれる? それとももう無理なのか?」



 少女の顔に尖った耳、牙、黒い翼と尻尾を持つ今の姿も悪くねえけど、やっぱり7年間のメアリーの顔が恋しくなる瞬間もある。


 イリスは俺の腕の中で目を伏せて、かすれた声で答えた。「ごめん、化けの皮剥がれたから無理」って。聖水と神父の聖書で正体がバレちまって、もう人間の姿には戻れねえってことか。少し残念だったけど、彼女の声には申し訳なさが滲んでて、俺はすぐにそれを振り払った。



「そうか…まあ、いいさ。化けの皮だろうが何だろうが、お前がお前であることに変わりねえからな」



 俺はイリスの肩を軽く叩いた。彼女は小さく笑って、「ジェフリー、優しいね。私、この姿でもいい?」って聞いてきた。



「当たり前だろ、イリス。お前が始まりの悪魔だろうが、この姿だろうが、俺にはお前しかいねえ。メアリーの顔が懐かしいのも事実だけど、お前がその中身ならなんでもいいさ」



イリスは俺の胸に顔を寄せて、「ありがとう…私、あなたに会えて本当によかった」って呟いた。黒い翼が少し動いて、俺の腕に触れる感触が妙に心地よかった。7年間のメアリーの姿はもう見れねえのか。でも、イリスそのものが俺の愛した女だ。それなら、この姿でも十分だろ。



 床で昏倒してる神父がうっすら目を開けそうになってたけど、俺は無視してイリスを抱き上げた。「もう無理なら仕方ねえな、イリス。これからはこの姿で一緒に生きていく。それでいいだろ?」



「うん、ジェフリー。私、あなたと一緒なら何だって幸せだから」



 俺は笑っちまって、彼女をぎゅっと抱きしめた。メアリーの姿はもう戻らねえ。でも、イリスが俺のそばにいる。それだけで、俺の7年間は無駄じゃなかった。これからもそうだ。俺とイリスで、新しい人生を始めようぜ。


***


 ハーレーに跨って、エンジンの唸りを聞きながら風を切って走ってる。60近い体で慢性的な持病に悩まされながらも、この瞬間はそんな痛みも忘れちまう。後ろにはイリスが乗ってる。少女の顔に尖った耳、牙、黒い翼と尻尾を持つ始まりの悪魔が、俺の背中にしがみついてるんだ。


 彼女の黒い翼がバサバサと風に揺れて、「気持ちいいねー!」って叫んでる声が耳に届く。俺は笑いながら、「落ちるなよ! イリス!」ってでかい声で返した。ハーレーの振動と風が、体に響いてくるぜ。



「平気だよー! 私飛べるもん!」



 って無邪気に笑いながら叫び返してきた。確かに、悪魔なんだから飛べるんだろうな。黒いコウモリの翼を広げて、時々ハーレーから少し浮き上がりそうになってる。でも、俺の背中にしっかり掴まってて、落ちる気配はねえ。風が俺たちの間を吹き抜けて、イリスの長い髪が俺の顔に当たる。


 メアリーの姿じゃなくなったけど、このイリスが俺の7年間を共にした女だ。そいつが今、俺と一緒に風を切ってる。それだけで胸が熱くなる。


 ハーレーを走らせながら、俺は思う。神父をぶっ倒して、家を飛び出して、イリスと二人でこうやって自由になってよかったって。もう聖水も聖書も関係ねえ。あのクソ神父が追いかけてくるかもしれねえけど、そんなの知ったこっちゃねえよ。俺はイリスを守るって決めた。彼女が悪魔だろうが何だろうが、俺の妻だ。ハーレーのスピードを上げて、俺はまた叫んだ。「イリス、しっかり掴まってろ! もっと飛ばすぞ!」って。


 彼女は「うん、ジェフリー! 最高だよ!」って笑いながら、俺の腰にぎゅっと抱きついてきた。翼が風に乗りながらバタついて、空を飛ぶみたいに軽やかだ。俺はアクセルを握り潰して、ハーレーを唸らせた。風が顔を叩いて、目の前が開けてくる。 


 7年間のメアリーとの生活は、もう過去の話だ。今はイリスと俺の新しい道が始まった。どこに行くかは分からねえ。でも、イリスが後ろで笑ってる限り、俺はどこまでだって走ってやるぜ。落ちるなよ、イリス。お前と一緒なら、俺は無敵だ。



「ジェフリー大好き!ジェフリー最高の人間!大好き!」


 以前のメアリーとは全然態度が違うけど、これはかわいい俺のイリスだ!

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ビッグマッチョと始まりの悪魔 ぶいさん @buichi

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