デュエット
増田朋美
デュエット
春になって、寒さから解放されてきて、いろんなことがやりやすくなってくる季節になってきた。まだ朝や晩は寒いが、それでも少しづつ暖かくなってきて、外へ出たり、出かけたりすることがしやすくなってくる。
ある日、杉ちゃんと蘭は、暖かくなってきたので、久々にカラオケでもするかということになって、近所のカラオケ屋さんに出かけることにした。二人がカラオケ店に入ると、あいにくカラオケ屋さんは貸し切り営業状態で、音楽サークルが、発表会をやっているようである。蘭たちが、諦めて帰ろうとした所、
「あら、彫師の先生じゃないですか。先生も一緒にカラオケしていきませんか?」
と、一人の女性がそう言ったので蘭は、驚いてしまう。そこにいたのは、先日自分が背中を預かった女性がいた。
「ああ、宮崎さんですね。宮崎美恵さん。確か、カラオケサークルを主催していらっしゃるとは聞きましたが、ここで発表会をされているとは思いませんでした。」
蘭は、思い出せることを一生懸命思い出して、そういったのであった。
「ええ。でも先生、私はあくまでも会員の一人。カラオケサークルの主催者は彼女です。あの、小長井さん。」
美恵さんは、近くにいた女性に言った。
「こちら、私にゆりを入れてくださった彫師の先生です。名前はえーと。」
「伊能蘭です。」
彼女がそう紹介すると、蘭は、すぐ自己紹介した。
「そして僕は蘭の親友の杉ちゃんです。」
杉ちゃんがそう言うと、
「まあ、面白い方ね。せっかく来てくださったんだし、先生も歌ってくださいよ。先生、歌上手いんでしょう?」
と、美恵さんは蘭にマイクを渡した。蘭がいや僕はというと、杉ちゃんがマイクを取って、
「炭坑節入れて。」
と言った。美恵さんがその通りにデンモクで炭坑節をいれると、
「つきがーでたでーた、月がーでたー、よいよい。」
杉ちゃんは朗々と歌い出した。さすが杉ちゃん、歌もうまいし、声も良い。みんな杉ちゃんが炭坑節を歌い終えると、大きな拍手をしてくれた。
「へえ、杉ちゃんさんだっけ。歌上手いですね。それでは、この人とデュエットしてみてよ。曲はそうだな。Time to sey goodbyeとか。」
と、別のメンバーの女性が、一人の若い女性を紹介した。
「この人、大西真美ちゃん。すっごく歌がうまいのよ。だから、二人で歌ってみてよ。」
代表の小長井さんが、デンモクで曲を入れた。杉ちゃんは恥ずかしそうにしている女性と、肩を組んで、歌い始めた。なかなか歌のうまい女性であった。ちゃんと歌詞の発音もちゃんとできている。音程もちゃんととれてて、リズム感も抜群だ。杉ちゃんとデュエットしても、すごく上手だった。
「ほう。なかなかお前さん高音も伸びてて、歌がうまいじゃないか。どっか、音楽学校でも出たのか?」
と、杉ちゃんが、大西真美という女性にいうと、
「一応、声楽科を出ました。」
と彼女は答えた。
「ああ、やっぱりね。なんか歌もうまいし、音もとれてるからそうだろうと思ったよ。でも、音楽学校を出たやつがなんでポップ・ミュージックを?普通ならオペラを専攻するはずだろ?」
杉ちゃんが言うと、
「はい。そうなんですが、わけあって声楽関係の仕事にはつけなかったから、ここのカラオケ教室で教えさせてもらっています。私には、それだけでも大事な仕事なんです。」
と、大西真美さんは答えた。
「そうなんですか。なにか、理由があるのでしょうか。声楽科を出たら、歌劇団に入らせてもらうとか、自宅でボーカルスクールとか開くとか、いろんな進路があると思います。別に、ポピュラーミュージックの仕事につくのだって悪いことではありませんよね。」
と蘭が言うと、大西真美さんは、
「わかってくださいますか?」
と、小さな声で言った。
「ええ。わかりますよ。僕もこう見えて、若い頃は画家志望でした。だけど、美術学校へ行っても、就職先がなくて、今の刺青の師匠に拾ってもらったんです。それで、今刺青の仕事をしているわけですから、似たようなものですよね。」
蘭はにこやかに笑ってそういうと、
「そうなんだ。私が、この仕事をしているのも、悪いことじゃないって、わかってくれたんですね。そんなこと言ってくれるなんて、初めての方です。」
大西真美さんは言った。
「なんで、そんなことを言われて、喜ぶんだ?」
不意に杉ちゃんが言った。
「いえ、たいしたことないですよね。だって、音楽関係の仕事につくことができたんだから私はまだ良いほうだと思わなくちゃ。そうですよね。私はまだ恵まれている。」
大西真美さんは、そう自分に言い聞かせるように言った。
「それでは、なにか、いけないことがあったんですか?」
蘭がそうきくと、
「まあまあまあまあ。真美ちゃんのことを、そんなに攻め立てちゃだめよ。彼女は傷ついているんだから。可哀想だから、根掘り葉掘り聞かないであげて。」
代表の小長井さんが、そう答えたのであった。
「ああ、そうなんだねえ。だけど僕は、知りたがり屋なので、理由を聞かないと納得できない人間なんだよな。それでは、ちゃんと理由を教えてもらえないもんだろうかな?」
杉ちゃんがそう言うと、蘭が、
「杉ちゃんもうそれ以上聞いちゃだめだよ。」
と、言った。それと同時に、店員が入ってきて、
「皆さん、貸出終了時刻になりました。お帰りの支度を始めてください。」
と言ったので、ああそうかとみんな言って、帰り支度を始めた。蘭と杉ちゃんもそれではバスに乗っていくかと言ったが、
「あの、お二人は、車椅子に乗っていらっしゃるんだったら、介護タクシーを頼んだほうが良いんじゃありませんか。せっかく来てくださったわけですし、あたしがタクシーを手配します。」
と先ほどの大西真美さんが、スマートフォンを出して、タクシーを呼び出してくれた。
「どうもありがとうございます。なんだか申し訳ないくらいでしたね。それと、杉ちゃんが失礼なことを聞いてしまいすみません。」
蘭は、店の前でタクシーを待ちながら、大西真美さんに言った。
「いえ良いんです。だって先生が、ああいうふうに言ってくれたのが、私はすごく嬉しかったです。」
と大西真美さんは答える。
「はあ。そんなに嬉しかったんなら、その理由を聞いてみても良いかな?」
と杉ちゃんが言うと、
「ええ。私、子どもをなくしているんです。」
と真美さんは答える。
「子どもをなくした?」
蘭が聞くと、
「ええ。諦めるしかないと思うけど、でも、未だに息子のことが頭から離れなくて。」
と、彼女は言った。
「息子さん。病気でもされたんですか?」
蘭が聞くと、
「ええ、それだったらまだ良いですよね。でも、私が悪いんです。私が、仕事をしている間に、息子は、まだ、よちよち歩きだったんですが、ベランダから落ちて死んでしまいました。ベランダの段ボール箱から登ってしまったのだそうです。そういうわけで、住んでいたマンションも追い出されて。それではいけないっていろんな人に言われましたが、私は、もう母親不適格と言われてしまったから、もう、そのままでいるしかないんです。あ、ごめんなさい。先生、ついペラペラ。」
と、大西真美さんは言った。
「いえ、良いんです。話すことで、あなたの気持ちが少しでも楽になれるのだったら、話してしまったほうが良いです。」
蘭がそう言うと、
「でも、もう息子は帰ってきません。だから、母親不適格と言われてしまっても、仕方ないですよ。」
と真美さんは、苦笑いと浮かべた。
「いや、大丈夫ですよ。少しでも、楽になれたらそれで大丈夫です。微力ではありますが、もし、息子さんを亡くされた気持ちを誰かに聞いてほしかったのなら、そういう専門家を知っていますので、連絡先を差し上げますよ。」
蘭はそう言って手帳を破り、涼さんの連絡先を書いた。
「盲目の方ですが、よく話を聞いてくれる方です。きっと普通の人以上に聞いてくれるでしょう。だったら、彼に頼んでみてください。」
「ありがとうございます。なんだか、私の話を聞いてもらっただけではなく、こうして話を聞いてくれる方を教えてくれるなんて、なんか私、申し訳なさすぎますね。息子が、こんなことをして良いのか、警戒してきませんか?」
「いや、大丈夫だよ。きっとお前さんが気持ちを楽にしてくれることを、息子さんも望んでいると思うよ。」
杉ちゃんが、でかい声で言った。
「そうですか。あたし、そんなことしてはいけないと思ってたんです。だってあの事故は私が、目を放してしまったからおきたことですから、私の責任だって、みんなが口を揃えて言うから。ずっと贅沢は許せないと思ってきたんです。」
真美さんは申し訳無さそうにそういうのであるが、
「いいえ、誰でも幸せになって良いんじゃありませんか。それに、少しでも気持ちを楽にしてくれたほうが、きっと息子さんも喜んでくれますよ。」
蘭はそう優しく彼女に言った。それと同時に、介護タクシーがやっと到着したので、蘭たちは、運転手に乗せてもらって、その場をあとにした。
それから、数日が経って、蘭のもとにはがきが一枚届いた。なんでも住所は、カラオケサークルの人が、教えてくれたと書かれている。
「拝啓、先日はありがとうございました。あのあとカウンセリングを受けて、また他の人の後押しもあり、結婚することになりました。式とまではいきませんが、簡単なパーティーを開こうと思います。なので、先生も是非来てください。」
文面はそう書いてあった。そして、はがきに掲載されているQRコードを蘭が読み取って見ると、パーティーが行われるレストランのウェブサイトが表示された。ということは、パーティーは、確実にあるらしい。蘭は、はがきを一枚買って、彼女に出席すると返事を出した。
そして、パーティー当日。蘭は礼装である黒紋付に縞織の袴をはいて、会場であるレストランへ向かった。その時は、杉ちゃんも一緒に行くと言った。本当は、黒大島の着物で行ってはだめなんだぞと蘭は注意したが、僕はこっちの方が良いと、杉ちゃんは言うことを聞かなかった。
パーティーの会場と行っても、本当に小さなレストランだった。招待客は、蘭と杉ちゃんと、あのカラオケサークルを主催している小長井さんのみ。それに花嫁の衣装も、白無垢などの豪華なものではなく、ただの中振袖を来ているだけで、かつらも何もつけていなかった。一方、新郎になる人物は、真面目そうなメガネを掛けた好青年で、ピアノ教室をやっているという。
「これはこれはおめでとうございます。これ、少しですけど、お二人の幸せを願って、僕からのお祝いだと思ってください。」
蘭は、彼女に祝儀袋を渡したが、
「いえ、この祝儀袋はもらうわけにはいきませn。この式は自分たちであげるという誓いを立ててありますから。」
と、新郎の男性が、にこやかに笑った。蘭と同様に礼装の羽織袴の男性であったが、足が悪いらしく、足を引きずっていた。
「足、お悪いんですか?」
蘭は思わず聞いた。
「ええ。若い頃、ちょっと心を病んだことがありまして、それで電車に飛び込もうとして、この足になりました。」
と、彼は答える。
「そうなんだねえ。じゃあ、ふたりとも、共通点があったわけか。それでは、いい夫婦になれると思うよ。これからは、今まで以上に幸せになって、頑張りや。」
杉ちゃんが、黒大島の着物を着たまま、でかい声で言った。
「ええ。ありがとうございます。これ以上、悲しい思いをしないために、二人で頑張っていこうかなと思います。」
と新郎の男性は言った。
「こんな好青年だったら、確実に、彼女を任せられる。」
杉ちゃんが言うと、蘭もそうですねと言った。
すると、いきなりレストランの入口から、一人の女性が入ってきた。ちょっと、新郎の男性とよくにた雰囲気があったため、お母さんだとすぐわかる。彼女は、新郎の男性の前に立ちふさがり、勢いよくこういったのであった。
「一体何を考えているの。秀次、帰りましょう。」
「嫌だよお母さん。この人と夫婦になるって決めたって、もう何回も言ったじゃないか。それは忘れないよ。」
秀次と呼ばれた男性は、そういったのであるが、
「いいえ、あたしは認めませんよ。なんで、元女郎と一緒にならなくちゃいけないの。そのような女性と、一緒になるなんてお母さんは認めません。そのような女性ではなくて、秀次のお嫁さんは私が決めます。」
と、お母さんは言った。
「ちょ、ちょっとまぅてくれ。秀次くんと、真美さんは、もう決めてしまっているんだろ?それなら、他の人が平気で手をいれることはできないんじゃないの?」
と、杉ちゃんがでかい声で言った。
「そうですよ。それに法律でも、家父長制度はとっくに廃止されてますよ。だから親であっても、本人の意思を潰すことはできませんよ。」
蘭もそう言って彼女を養護したが、
「いいえ、この女性は、元女郎です。いくら、声楽科を出ているとはいっても、そういう過去を持っているんであれば、家の名誉に傷がつきます。そんな女性との結婚を、私は認めません。」
と、お母さんは厳しい顔で秀次さんを見た。
「ちょっと待て待て。女郎さんと言ったね。女郎さんをしていたというのは誰のことだ?まさか、彼女が本気で女郎さんとして働いていたという事実があったのか?」
杉ちゃんがもう一度いうと、
「本当です!」
と真美さんが言った。
「私、今の仕事をする前、吉原のソープランドで働いていたことがありました。一年間だけとはいえ、私は、女郎さんとして働いていました!」
「はあはあ、そうなのね。でも、ここにいる大西真美さんは、一生懸命それを反省していて、今ではちゃんとしたいきかたをしようとなさっている。だから、それを認めてやってくれ。それに、息子さんだって、一度は命を絶とうとしたわけだしねえ。それでは、同じことなんじゃないの?」
杉ちゃんがそう言うと、
「いいえ、そういう子だから、彼女ではだめなんです。そういう子だから、ちゃんとした女性と結婚してもらいたい。それを願うのは、母親として当然ではありませんか!」
と、お母さんは、そういうのであった。そして、
「秀次、帰りましょう。」
と言って、秀次くんという新郎の男性を連れて帰ってしまった。蘭は、真美さんに。「おいかけたらどうですか!」
と言ったのであるが、
「いいえ私は、そういう仕事をしていたことは、紛れもない事実ですから、それは無理です。もう仕方ないことです。そう言われてしまうことだって、十分にありえます。」
と真美さんは泣きながら言ったのであった。
「どうしてそうなってしまうのでしょうね。だって、彼女には何も落ち度もないわけですし、ただ生きてくためには仕方なかったのでしょう?それなのに、こうして、最愛の人もとられてしまうなんて。」
と、蘭が真美さんを慰める。
「どうしたって、そうなったからそうなったんだ。」
杉ちゃんが、でかい声でそう言うと、
「そうですよね。杉ちゃんの言う通り。そうなったからそうなったんですよ。やはり私は、幸せになろうなんて無理な話なんですね。一度は、子どもも持てたこともできたけど、その子だって私がなくしてしまいましたし、二度目はこうして幸せになろうとしても、こうして外部の人に奪われる。私の人生ってそうなのかもしれない。それは全部、私が、女郎として働いていたから悪いんだ。だから、もう私なんて生きている資格など到底ありませんね。」
真美さんは、申し訳無さそうというか、とてもつらそうに言った。
「だから、もう私は、生きてなくてもいいってことなんだと思います。もうこの世から消えるしかないのかな。」
「そう思ってしまっても不思議はありませんね。でも、あなたは生きなければだめだ。それは、生きている以上みんなそうなんですよ。」
蘭は、そう静かに言った。
「だけど、生きていても、本当に欲しいものは手に入らないじゃないですか。幸せになりたいと思っても、こうしてとられてしまうでしょう。それでは生きていても意味がないのではありませんか?」
真美さんは、そう蘭に言うのであるが、
「そうだねえ、今の状況では、お前さんみたいに、生きていてもしょうがないとおもっても、仕方ないわな。人生の目的みたいなものが一瞬にしてとられちまったわけだからな。まあ、そんなもんだよなあ。人間の人生の目的なんてさ。簡単にとられちまうもんよ。そういうところでは人間もまた動物だ。」
と、杉ちゃんが横入りした。
「確かに、シマウマなんて、ライオンの餌になることを考えると、生きていても意味がないって思ってしまいますよね。」
蘭も、杉ちゃんに同調する。
「ちょっと待って!」
不意にそれまで黙っていた。小長井さんが言った。
「あたし、ずっと思ってきたんだけど、あなたの歌は最高だった。いろんな歌をあなたに聞かせてもらったけど、杉ちゃんとデュエットしたのが一番最高だった。ねえ、どうでしょう。もう一度デュエットしてくれないかな?あたし、たいした生き方してないから、あなたの人生がどうのなんていうことはよくわかんないけどさあ。もう一回、歌を聞かせてくれないかな?」
蘭は、急いで車椅子のポケットからタブレットを取り出した。そして、動画サイトを開き、そこから、Time to say goodbyeのカラオケ音源を流した。マイクも何もない、カラオケだったけど、杉ちゃんと真美さんは、その曲を歌った。杉ちゃんの方はいつもと変わらなかったが、真美さんは泣き腫らしたままだった。でも、ふたりとも歌はうまく、非常に上手だった。さすが真美さん、音楽学校を出ただけあって、ヴィブラートもちゃんと付いてるし、杉ちゃんだって音程も正確だ。二人は、悲しい内容の歌詞を一生懸命歌いこなした。
蘭と、小長井さんは、できる限りの拍手をした。二人が歌い終えるとブラボーブラボーと言って、二人を祝福してあげた。それが彼女にしてやれる唯一の励ましなのかもしれなかった。
空はよく晴れていて、とても美しい青空だった。まるで、人間が地上でこんな悲しい思いをしているのを、打ち消すように。
デュエット 増田朋美 @masubuchi4996
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