トランジスタな日々
ちびまるフォイ
トランジスタ主導の地獄へ
「それじゃ俺はこんな田舎配線からは出ていくよ」
「出ていくってどこへ?」
「CPU中心街さ。そこで主要なトランジスタになって、ビッグになってやる」
基盤内の引っ越しを決めて向かうは中心都市。
中心地では今日も忙しく電力供給が行われている。
「これだよこれ。この活気。
やっぱりトランジスタとして生まれたからには
毎日スイッチをON⇔OFFしないと!」
新しい場所に一軒家を構えて新生活が始まった。
以前よりも隣がぎゅうぎゅうで狭苦しい。
「よーーし、やるぞーー」
今日も仕事がはじまる。
PCの電源が入ると命令が飛ぶ。
「トランジスタ、ON!」
スイッチを入れて電気を通す。
矢継ぎ早に次の命令。
「トランジスタ、OFF」
「トランジスタ、ON!」
「トランジスタ、OFF」
「ON!」
「OFF」
「ON!」
「OFF」
「OFFN!」
「ONFF!」
・
・
・
PCがシャットダウンされると今日の仕事は終了。
「あっつい……。すごい忙しかった……」
すると、同じプロセッサ区画コア町3丁目のトランジスタが笑った。
「この程度で? あははは。お前、この街に来たてだろう?」
「これが最大じゃないのか?」
「冗談を。今日はゲームも動画もなかったから楽なものさ。
ひどいときには動画みながらゲーム動かすんだぜ」
「それが始まったらどうなるんだ?」
「そりゃもう地獄だよ」
それこそ冗談だと思ったが、翌日に冗談じゃないと思い知る。
PCの電源がついて今日の稼働が始まる。
高画質の動画を流しながら、複雑な処理のゲームが稼働。
トランジスタ区画は天地がひっくり返る大忙し。
「ON! OFF! ON! OFF! お、オフ? あミスった!!」
絶え間ない命令に頭がこんがらがってしまう。
ミスってしまうと基盤がドンと尽き上がるような地震に見舞われる。
「今の地震は?」
「"台パン地震 マグニチュード5.0"だ。
いいからスイッチを入れろ! 次が来るぞ!!」
「ひええええ!!!」
前の田舎であるメモリ区画2丁目とは比べ物にならない。
今となってはせいぜい1日に1回スイッチをいれるだけ。
そんな前の生活が恋しくなるほどの激務となった。
シャットダウンされるころにはもうへとへとだった。
「し……しんどい……」
しばらくは動けそうも無い。
「おい新人」
「はい」
「今日はだいぶミスも目立った。
トランジスタはひとりじゃ何もできない。
これからはみんなと息を合わせるんだ」
「はい……」
「俺達も協力するからさ」
「先輩……!!」
忙しく辛い仕事だったが、それだけに結束は固くなる。
明日は個人でどうこうするのではなく、仲間と協力しよう。
そう誓った翌日、街の区画整理が行われて言葉を失った。
区画整理をしたソフトウェア業者を慌てて呼び止める。
「ちょ、ちょっとまってください!」
「なんだぁ? トランジスタか?」
「ここの道路は? ここにバス停があったはずでしょう?」
「ああ、さっきぶっ壊したよ。
バス停はあっちの十字路に移動したんだ」
「なんでそんなことを!? これじゃトランジスタが離れてしまう!」
「さあ? 俺達ソフトウェアもそこまではしらん。
インストールされたソフトウェアとして、仕事をしただけさ」
「ええ……?」
余計な区画整理は道路の渋滞をかえって引き起こす。
せっかく協力を誓ったのに、仲間たちと分断されてしまった。
ふたたび孤独な戦いとなるだろう。
「いや大丈夫……。仕事にだって慣れたんだ。
前よりはきっとマシなはず」
そんな淡い期待はPCのログオンとともに打ち砕かれた。
ふたたびゲームと動画の激重タスクが始まるも、命令が届かない。
「なんで命令が届かないんだ!!
こっちはスイッチ入れなきゃいけないってのに!!」
ようやく命令ポストに手紙が投函される。
何食わぬ顔で去ろうとする配達人を呼び止めた。
「おい! なに謝りもせず帰ろうとしてんだ!
いつもよりずっと命令が遅いじゃないか!!」
「はあ……」
「おかげでこっちは仕事が山積みになったぞ!
シャットダウン後もバックグラウンド残業確定じゃないか!」
「でも道路が渋滞してて……」
「区画整理したからそうかもしれないが、そんなのは言い訳……」
「違いますよ。あのトロい車ですよ」
「ええ?」
導線道路を見てみると、バカでかいトラックが道路の中央を制限速度ぎりっぎりの遅さで走っていた。
「なにあれ……?」
「ウイルス対策ソフトですよ。最近インストールされたんです」
「なんで道路ふさいでるの……?」
「ウイルスチェック中なんですって。
おかげで追い越しもできなくて困ってるんです」
「うそだろ……」
ウイルス対策ソフトと、新規ソフトウェアの連続導入。
めまぐるしく変わる環境と進まない効率化。
しだいに仕事は忙しさを加速させいくつものトランジスタが街を去った。
周辺に残されたのはキャッシュのゴミ山だけ。
新天地でのあこがれの仕事や生活を夢見ていたのに
待っていたのは奴隷のような労働環境だけ。
「はあ……俺のトランジスタ人生ってなんなんだ……」
山積するキャッシュを見てただ悲しくなる。
ひとたびPC電源が点いたなら、また馬車馬のように働くのだろう。
自分も潮時かと思い始めたとき、キャッシュの山にきらりとなにか光った。
「あれは……?」
手に取ってみるとピカピカと光る球体。
豪華な装飾の中央には5文字の漢字が刻まれていた。
『管理者権限』
「こ、これは伝説の……!
なんでも願いを叶える管理者権限じゃないか!!」
なぜキャッシュに落ちていたのか。
度重なる怪しいソフトウェアの導入と、ほぼ意味のないウイルス対策ソフト。
このかみ合わせで管理者権限がバグで落っこちたのだろう。
もちろんこの好機を逃す手はない。
「管理者権限よ!! 俺の願いをかなえたまえーー!!!」
管理者権限が光を放ち、すべての権限を自分にゆだねた。
もうあんな奴隷生活とはおさらばだ。
「まずは自分の家の前の導線をうんと広くしろ!
ちんたら走るウイルスソフトを追い越せるくらいに!」
管理者権限に不可能はない。
自分の家の前には10車線の幹線道路が引かれた。
これで命令郵便も渋滞しないし、自分も好きな場所に出かけられる。
1車線は自分専用導線だし。
「まだまだ! 電気配分を俺のほうに集中させろ!」
PCから給電される電力アダプタ工場の電気を自分に集約。
これにより体を動かす速度が速まるので仕事も楽になる。
「さらに! サブトランジスタを配属だ!」
管理者権限によりサブトランジスタ秘書が整列する。
「「 なんでもお申し付けください! 」」
「うむ。俺のかわりにこれからは馬車馬のように働くのだ!」
「「 管理者さまの思うままに!!! 」」
そして極めつけは……。
「管理者権限よ! オーバークロックを実現したまえ!!」
管理者権限が光を放つ。
限界を超えた計算速度が急上昇しパフォーマンスが上昇。
これまでの1秒が1時間に伸びる。
「あっはっは。管理者権限は最高だ!
これで悠々自適なトランジスタ人生が歩める!!」
仕事はサブトランジスタに任せちゃって、
自分はデータベース・キャバレーなんかで豪遊してやろう。
「ああ。これこそ、俺が求めていた新天地の生活だ!!」
すべての準備が整ったとき、ついに電源がついた。
排熱ファンが轟音をあげて稼働する。
「さあ、新生活のはじまりだ!!」
ムチャな区画構造。
非効率な電気配分と、過剰なサブトランジスタ。
極めつけのオーバークロック。
PCは大きな異音とともに火を放ち、すべてのトランジスタを焼き尽くした。
トランジスタな日々 ちびまるフォイ @firestorage
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