素直になれないふたりの距離感が、愛おしい

「引っ越しのお礼です」

始まりは、ただそれだけの会話だった。

彼女の新居を手伝うことになった彼。
荷物運び、ベッドの組み立て、そしてふとした日常の言葉の応酬。
会話のひとつひとつが、まるで呼吸のように心地よく、そしてどこか不穏で、甘い。

お礼と言いつつ出てくる水、服、マッサージ機、ベッドの耐久試験、そして……なぜかホテルの下見。
どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか。
彼女の言葉はすれ違いのようで、誘導のようで、気まぐれな猫のようでもある。

一方で、彼は一貫してまっすぐ。
けれど逃げているわけではない。
ただ、言葉にしない優しさと律儀さで、彼女の押しを柔らかく受け流していく。

恋人未満、でもそれだけじゃない。

「じゃあ私が泊まりに行っていいですか?」

「ダメです」

そんな掛け合いの裏に透けて見えるのは、互いを思いやる不器用な愛情。

これは、どこまでも軽やかで、どこまでも真剣な、
ふたりだけの距離を探る物語。

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