第13話 千桜と宗一郎

「…ねぇ、俺の女知らねぇ?」

呆然と立ち尽くしていたところに、聞き慣れない声が割り込んで来た。その声の方に目をやると、白髪を綺麗に結んだ黒い着物の男が立っていた。

頬に垂れた涙を袖で拭いていると、その男がスッ…と俺の前を横切った。その男からは、微かに、まだ咲かないはずの桜の匂いがした。


「…なるほどな」

その男はそう言ってしゃがみ込むと、凍ってしまった幽鈴にそっと触れている様だった。

「お前が…選びそうな答えだよ」

と言って、呆れたような優しい顔で笑っていた。

しばらく沈黙のまま氷に触れていたその男は、立ち上がると煙草を取り出し、手慣れた感じに術を操り、火をつけていた。

「お前、名前は?」

煙草の煙を吐くと、顔だけ振り返ってそう言った。

「宗一郎、だけど…アンタは?」

聞いて良かったのだろうか…なんとなく、聞きたくない答えが返ってくる感じがして、

聞いた時にはものすごい後悔をしていた。


「んあぁ…俺の名前は千桜だ」


あぁ…ぶっ飛ばしたい。

今すぐコイツをぶっ飛ばしてやりたい。

世界で一番聞きたくない名前だった。


「今すぐコイツをぶっ飛ばしてやりたいって顔してンな!」

そう言って千桜は豪快に笑った。

「クッ…」

なんだか調子が狂う男だ。

まるで手のひらで転がされている様な気になる。


「ともかく、幽鈴の心配はすんな!コイツの中に碧の生魂の結晶が入ってる。だから命は大丈夫だ」

「本当か!」

千桜が言い終わる前に食いつくように言った。

「あぁ。でも…」

そう言うと、また黙って凍った幽鈴を見下ろしている。

「でも?」

「…もし、生き返ったとしたら…それはもう…」

千桜はそう言うと、近寄って来て…

「俺達の知ってる、幽鈴じゃねぇ…別人だ」

そう呟くと、肩をポンっとして、幽鈴から離れた。

(え…幽鈴じゃ…なくなる)

「あーあ…小次郎、無理したなぁ」

千桜はそのまま、木の下の骸となった蘭々を撫でていた。

「どう言う事だよ!幽鈴じゃなくなるって」

俺は声を荒げて聞いた。

「どうもこうも、言葉のまンまの意味よ。お前も知ってンだろ、閉師人が閉じ込めたモノは、次出される時は…念も…力も…倍以上だ」

こっちも見ずに淡々とそう答えながら、蘭々に触れていた。


何も言えずに立ち尽くしていると、千桜が立ち上がって煙草を吸って言った。

「お前さ!幽鈴の事、殺せるか?」

(は…?コイツは何を言っているんだ)

何も答えられないでいると、千桜が近づいて来た。

「お前…そんな覚悟でアイツの事閉じ込めたの…?」

千桜が真っ直ぐに俺を見る。

何も知らないくせに…

何も分からないくせに…

どんな想いでいたかお前にわからねぇだろ!

俺は思い切り拳を握った。

「閉師人の癖に、閉じられる『側』の気持ち…

少しは考えろよ…宗一郎」

そう言うと、また、呆れた様に優しく笑った。


何も言えない…。

その通りだ…

本当にその通りだ…

俺は今までも…閉じられたモノの気持ちなんて

考えて来なかった。


幽鈴が昔こう言ってた。

「どっちが幸せなんじゃろうな…」


辛い心のまま封じるのと…

行き場のない暗闇に放たれて、消えるの…と


そう言っていた時の幽鈴の姿が浮かんだ時には、

俺は声にならないくらい泣き喚いていた。


すると、フワッと桜の匂いが俺のことを包むと同時に、千桜は泣いてる俺の事を優しく抱きしめていた。

「はいはい…独りでよく答え出したな。さぞかし…辛かっただろう…」

さっきの冷たさと打って変わって、なんとも言えないくらい優しいこの男は

「愛する人が閉じられて行くのを見るのは…辛いよな。俺も…同罪…だな」

と言って、全てを包み込むほどの、温もりだ。

今まで感じた事のない程の…。


自分の力の無さを、まじまじと向き合い見せられた様な…

今の俺には、幽鈴に『好きだ』なんて言えねぇ…と

そう思わされて、本当にぶっ飛ばしてやりたくなった。


「…面倒くさい奴が解放されちゃったな。ふんっ…まぁいい。それのお陰で『呪い』の力がだいぶ戻ったようだ…」

二人のやり取りを陰から見ていた者は、指で眼鏡を直すとその場を静かに去って行った。


その者が去ると、そこには赤い陣が敷かれていて、黒いモノ達が蠢き出す。

「…宗一郎、ちょっと面倒なものまで解放されちゃった様だぜ」

耳元で千桜が悪戯に呟く。

そのまま見渡すと、俺達は黒いモノに周り囲まれていた。

千桜は俺から離れるや否や、煙草の煙をフゥ…と吐き出すと、何かを呟いた。その瞬間…すごい勢いで風と共に蒼白い光の線が地面から出ると、そこ一体全てを取り囲んだ。


「…俺は…幽鈴を助ける…」

宗一郎がそう言うと、千桜がチラッとそっちを見て口角をあげた。


幽鈴が、幽鈴じゃないモノとしてじゃない。

アイツをそのままの姿で助け出す。

無理かもしれねぇ…じゃ、無い。


「やるんだ」


宗一郎が着物からお札を取り出す。

「彷徨う魂よ…荒ぶる御霊よ…我が血の中に…鎮まれ!」

そう唱えると、手から青い剣を生み出した。

「いいねぇ…じゃあ…」

千桜も手から青白い剣を生み出した。

そして煙草の煙を天に向かって、ゆっくりと吐き出した。


「いっちょやりますか!!」


二人は黒いモノの中に、飛び込んで行った。

これが、二人の出会いの始まりで、新しい宿命の幕開けとなったのだった。

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幽鈴と千年に一度だけ咲く花 神木 ウタ @kamiki-UTA

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