『抱いて欲しかったのに』
宇治ヤマト
『抱いて欲しかったのに』
ある日の帰り道、俺は捨て犬を拾ってしまった。
まだ子犬で、腹を空かせていたようで捨て置けなかった。
やむにやまれず、俺は一人暮らしのアパートへ連れ帰った。
最初は迷子かな? と思い、警察やSNSを確認したが、届け出はなし。
シェルティと他の犬種との交じりのようで可愛らしく、無闇に吠える事もなく利口であった。
だが、俺は高校生の一人暮らしであり、基本的には犬猫を飼うことは禁じられているアパートであるため、学校の友達を介して飼い主を探すこととした。
大家さんには頭を下げて、飼い主が見つかる迄の条件付きで保護することを許された。
――俺は過去にペット・ロスになった経験がある。
もう二度と、犬は飼わないと心に決めていたのだが……
なぜ、そんな俺の元へ来たんだ? と、仮の名前で「メル」と名付けた犬に、心の中で聞いてみた。
勿論、答えてはくれない。
メルを保護して一週間程で、飼い主候補が見つかった。
学校で一番仲の良い友達、
「どうした!?
「あ――、いや、なんでもないよ。佐野さん、一年の時に同じクラスだったからさ。ちょっと驚いた。ありがとな、昌孝」
ちょっとどころか、かなり驚いた。
一年の頃から好きだったから。佐野さんの事が……。
「いいってことよ! 俺ん家は猫飼ってるから飼えないって、お袋が言うしさ。俺は飼いたいんだけどね」
「えっと……、俺が佐野さん家にメルを連れて行けばいいのかな?」
「いや、なんか佐野さん、育て方とか色々聞きたいから、お前の家に引き取りに行くって話だぜ。ところでよぉ、緑川って……佐野さんの事、好きだったんじゃなかったか?」
「……まぁ、そう……だな。それよりは今はメルの引き取り手が決まって嬉しいやら、寂しいやら……。こんなに早く見つかるとは……」
「だよな~。メルのヤツ、お前に懐いてるし、情もうつってんだろ?」
「……そうだな。寂しくなるよ」
─────────────────―――
昌孝から紹介があった次の日、佐野さんと一緒に下校して、俺のアパートへ行く事となった。
俺や昌孝が通う、一ノ瀬市立南高等学校では、美少女四天王の一人。
付いた渾名は『才女』
本人は「そんなの興味ないです」と言っているそうだが、彼女にフラれた男は数知れず……。
成績も優秀だが、趣味が料理やお菓子作り、スポーツも割りと万能と、何でも出来ちゃう
しかも性格も穏やかで、言葉使いも丁寧と来ている。モテない訳がない。
そんな佐野さんが、今は俺の隣を歩いている。ポニーテールを揺らしながら。
「緑川君って、一人暮らしだったんですね?」
ニコニコしながら、佐野さんが聞いてきた。
「ええ、父親が京都の方へ単身赴任してましてね。今年に入ってから体調を崩しがちで、母親も向こうに住む事にしたんです。他にもいろいろあって、今はアパートで一人暮らしです」
彼女が
だからか、家庭の事情を話してしまった。
「そうなんですね。自炊とか、されているんですか?」
「基本的には自炊してます。たまにコンビニのお弁当を買っちゃう事もありますけどね。ところで……佐野さんは犬を飼っていた事あるの?」
「ええ。私が生まれる前から飼っていた犬がいたのですが、老衰で亡くなりましてね。しばらくの間、ペット・ロスだった事があるんです。
今回はワンちゃんの写真を見て、一目惚れしてしまいまして……。妹も犬を飼いたいって以前から言っていたので、両親からの許可も下りました」
「佐野さんも……ペット・ロスの経験があるんですね?」
「と言うことは、緑川君も?」
「中学生の時にね。回復するまで半年位かかったかな」
「私は三ヶ月位かな……。ワンちゃん引き取った後、緑川君は大丈夫なのかしら?」
「寂しくはなるけど、大丈夫だよ」
─────────────────―――
俺のアパートに付いて、玄関の鍵を開けようとした時に佐野さんはモジモジしていた。
「あ、あの……緑川君?」
「どうかした?」
「その……お手洗いを貸して頂けますか?」
「ああ、どうぞ。玄関入って正面の扉ね。俺はメルの準備してるから」
「はい」
緊張してるのかな? まあ、他所の家だし、メルとの初対面もあるからなぁ。
居間に入るとメルが足に飛び付いて来た。「ワフッ、ワフッ!」と、いつもより興奮している様子だ。佐野さんの気配を察しての事だろうか?
「お待たせしました」
と、佐野さんがトイレから出てきた。
メルの反応は……尻尾を振って佐野さんに近づいていった。
佐野さんは手の甲をメルの方に出して反応を見てから、少し撫でて抱き上げた。
「写真より可愛い!」
と、佐野さんは嬉しそうだ。
メルも嫌がったりはしてない。
相性は良さそうでホッとした。
佐野さんに紅茶を出しながら、ドッグフードやオヤツ、トイレ用のペット・シート等を説明する。
「あの……緑川君。出来たらなんだけど、荷物が結構あるし、私の家まで付いて来てくれないかな? ワンちゃんも連れて、荷物もこれだけあるとなると……」
「そう……だね。女の子には大変だよな。俺が荷物を持つから、佐野さんはメルを……いや、名前は好きに変えてくれて構わない。佐野さんの家まで送るよ」
─────────────────―――
その後、佐野さんの家まで送る事になった。
道中、メルのクセなどを伝えたりしてたが……メルとの別れが迫って来ていることがあり、自分の脈拍が早くなって来ている事を感じていた。
ペット・ロス――また、あの感覚を味あわなければならないのか……。
――佐野さんの家に付いた。
ごく普通の一軒家だが、俺のアパートの部屋より格段に広い。これはメルにとって快適であろう。
親御さんはお仕事で不在。妹さんが出迎えてくれた。中学三年生との事だが、佐野さんによく似てる。流石、姉妹だな。
さて
「佐野さん、じゃあ俺はこれで」
「え? お茶くらい飲んで行きませんか?」
「いや……メルとの別れが辛くなるから」
と、固辞した。
最後にメルを抱かせて貰った。
メルの温かさを感じながら俺は言った。
「しあわせに、おなり」
あっ……と、佐野さんが声を出したが、何故かは、わからなかった。
佐野さんにメルを渡して、俺はダッシュで家路に付いた。
寂しい、辛い……けど、仕方がないのだ――と自分に言い聞かせながら走った。
─────────────────―――
その週末、昌孝に買い物に付き合って欲しいと言われてショッピングモールへ赴いた。
どうやら服を買いたいとの事だ。
「お前、センスいいじゃん? アドバイスしてくれよ」と昌孝は言った。
明らかに俺に気を使ってくれている、昌孝らしい誘い方だ。
服を選びながら昌孝は言った。
「緑川さぁ、やっぱペット・ロスか?」
「う~ん……、そう……だなぁ……」
また、馬鹿にされたり……するのかな?
昌孝は、そんなヤツじゃないと心の中で祈る。
「そっか。俺も経験してるからなぁ。あれは……時間が癒してくれるよ」
「えっ? 昌孝も……? ミケは生きてるから、それ以外に飼っていたのか?」
「マルチーズを飼ってたんだよなぁ。小学生の頃に亡くなってな……。俺もペット・ロスは経験してるんだよ」
どうりで……。
「また、馬鹿にされるのかなって、考えてた。昌孝は、そんなヤツじゃないとも思ってたけど……」
途端に昌孝は気色ばんだ。
「馬鹿になんてするかよ!? ペットだって家族なんだよ!」
「やっぱり……か」
「やっぱり、とは?」
「今日、誘ってくれたのも、気を使ってくれたんだろうなって」
「そりゃそうだ。この一週間、お前の様子見てたらなぁ。どこかのタイミングで気分転換させた方がいいって思ってた」
「ありがとな」
「まあ、いい。それよりちょっと何か飲もうぜ」
─────────────────―――
その後、オープンスペースのカフェでコーヒーを飲みながら話した。
「ペット・ロスの時に、馬鹿にされたってか?」
苦虫を噛み潰したように昌孝は聞いてきた。
「タイミングが悪かったのもあるが、飼ってた犬が亡くなって、次の日が祭だったんだよな。
その時、友達だと思っていた奴らに誘われて、祭に行ったんだが『犬が死んだくらいで情けねえヤツだ!』って、その中の一人が笑いながら馬鹿にして言い出したんだ……」
「……で、お前はどう反応したんだ?」
「自分でも信じられないんだけど
『くらいでって、何なんだよ!?』って掴みかかったんだよな。
が……向こうは三人、こちらは一人で……
ボコられたよ。まあ、何発かは殴り返したけど、結構一方的にやられた……。せめて、一対一なら良かったんだけどなぁ……」
「そいつらって、南高校にいんのか?」
「いや、中心に居た涼本ってヤツは私立の黒須高校だ。取り巻きの二人は工業高校だったかな」
「
「えっ? 昌孝、知ってるの?」
「あ~……この前、合コンでなぁ」
「合……コン!?」
「人数合わせで付き合わされたんだよな。
――で、黒高の涼本ってヤツが居た。下の名前は?」
「
「同一人物だな。……間接的に潰していいか?
いや、お前がダメっても潰すけどな」
「……潰すって、どうやって?」
「ペット・ロスとは違うロスを味あわせてやる。まぁ、一週間以内だな。さて、次行くかぁ」
─────────────────―――
ショッピングモールを後にして、駅前の方へと歩き出した。
昌孝はこの後、どうする予定だったんだろ?
───ワン!
この……鳴き声──メル!?
俺が振り向くと、かなり離れた所にメルとおぼしき犬と、散歩させてる佐野さんとおぼしき人が、見えた。
……くっ!
行きたいが、会えば今は辛くなるだけだ。俺だけじゃなく、恐らく……メルも。
ガシッ
昌孝が俺の首に腕を回して来て言った。
「昼、何喰う? 今日は奢ってやる。回転寿司でもいいぜ?」
「……じゃあ、藪源のカツ丼……」
「おっほ! いいね!? ミニ蕎麦も付けちゃるぜ」
一瞬だけ、振り返り──佐野さんへ会釈した。
メルを、宜しくお願いします。
─────────────────―――
週末が終わり、登校すると全校集会があるとホームルームで担任から話があった。
この休みに、在校生で自動車を乗り回して電柱に突っ込んだアホがいるとの事だった。やれやれだな……。
ホームルーム後に体育館へ向かう事になった。
校長の話、ただでさえ長いんだよなぁ……。
南高校は進学校なので、あまりアホはいないと思ってたんだが、違ったようだ。
と考えながら、体育館で整列していると
──「緑川君っ!!」
ありゃ? 佐野さんの声だよな。
隣のクラスの列を見ると、佐野さんがちょっと赤い顔でこちらを向いて見ていて、そして──叫んだ。
「昨日っ!! 抱いて欲しかったのにっ!!」
え? ……えぇっ!?
回りは、どよめき出した。
(あの佐野さんが叫んでるぜ!?)
(抱いて欲しかったって!? アイツ誰だよ!?)
口々に周りの生徒がザワついている。
ちょっとぉ!? 佐野さん、「メルを」が抜けてるって!
先生達も訝しげにこちらを見ている。マズい。超……ピンチ。
俺は佐野さんに駆け寄り
「すみません! 「犬を」が抜けています!!」と、大音量で周りに聞こえるように叫んだ。
─────────────────―――
全校集会後、俺と佐野さんは職員室へ呼ばれて、担任に事の次第を伝えた。
「すみません……。私の言葉が足りなかったばかりに」
佐野さんは肩を落としていた。
「まあ、事情はわかったよ。佐野も緑川も普段は大人しいからな。かなり驚いたよ」
これからは気を付けるようにな、と担任の五反田先生に言われて俺達は職員室を後にした。
廊下に出て、俺は佐野さんに声をかけた。
「佐野さんは、叫ぶってイメージじゃなかったんで驚いたよ」
「本当にごめんなさい。昨日はなんで……逃げたんですか?」
「……今会うと、俺もメルも辛くなるって思ったんだ。だからだよ」
「会いに来てあげて……下さいませんか?
あの後、メルも情緒不安定だったんです……。
余程、緑川君の事が好きだったんだと……思います」
「……けど、ただの元クラスメイトがお邪魔するのも何だか気が引ける。やめておくよ」
「あの、では、ハッキリいいますね?
私は貴方が気になっています。お友達から、お付き合いして頂けませんか?
昌孝君から、貴方に彼女はいないと聞いています。もし、良かったら……」
えっ?
「……気になるというのは? 異性として、ですか?」
「はい! そうです!」
ハキハキしてるなぁ……。
「……わかりました。お友達から、宜しくお願いします」
─────────────────―――
教室へ戻ると囃し立てられた……。
付けられたネーミングはこうだ
『抱いて欲しかったと言われた男』
……そのまんまじゃん?
「全校集会で『抱いて欲しかったのにっ!!』って、やるねぇ翠ちゃん」
と昌孝。
「だから、メル……犬が抜けてたんだってば」
「いやいや、それがよ~。今朝、お前が登校してくる前に、翠ちゃんが俺に聞いて来てたんだよな『緑川君って彼女いるんですか?』ってな。何かキッカケあったんじゃねえの?」
「そこがわからない……。メルのため、なのかなぁ?」
「なんにせよ、良かったじゃん? 付き合う事になったんか?」
「お友達から、だけどな」
「緑川らしくていいじゃん?」
「ごもっともで」
こりゃぁ、昌孝に何かでお返ししなきゃならないな。
─────────────────―――
その後、下校することとなったが、佐野さんの動きが速くて、一緒に下校する約束を取り付けられた。
そしてメルに会いに行くことに───
が、校門の所で呼び止められた。
誰? ──って涼本。涼本亮司だった。
「緑川! お前が由加に言ったのか!? お陰で俺はっ!!!」
「えっと……? 何の話かな? 由加さんって誰……?」
「あの話は! お前しか知らねぇだろ!? それを由加が知って、俺は手酷くフラれたんだよっ!!」
隣に居た佐野さんが恐る恐る話した。
「あの……。もしかして、私のクラスの
「そうだ! その、豪徳寺由加に、俺はっ……!!」
「理由は、何なのでしょうね?」
少し冷えた目で佐野さんは涼本に問うた。
「俺が……中学の時に、緑川に『犬が死んだくらいで情けねえヤツだ』って言って、その後にボコったって、誰かが由加に言ったんだ!」
あー、昌孝だなぁ。速いよ、動きが……。
更に冷えた目で佐野さんは問うた。
もはや氷点下だ。
「それは、本当の事なんですか?」
「けど、コイツも『くらいって、なんなんだよ!』って俺の胸ぐら掴んで来やがったんだぜ? だからボコったんだよ」
なるほどねぇ。言い方って恐ろしいな。
俺は、ため息をつきながら話し出した。
「……はぁ、三人で、な。一対一なら、いつでも受けて立つ。なんなら、今でも」
ドスを効かせた声で俺は言った。
あの時の、俺の敵を……俺の手で打ちたい。
が、遮るように佐野さんが話し出した。
「三対一で、ですか? 卑怯だし、最低ですね。
その制服は、黒須高校ですね? 私の叔父が勤めておりますし、生徒の知人も何名かおります。今の話、そっくりそのまま伝えておきますね。
緑川君、喧嘩はダメです。
さぁ、こんな方の事は放っておいて家に行きましょう!」
「ぁ……、はい」
絶対零度の視線を涼本へ向けて、佐野さんは言った。
「豪徳寺さんはゴールデン・レトリーバーを飼っている愛犬家です。
放心状態の涼本を残して、俺達は佐野さんの家へ向かった。
─────────────────―――
佐野さんの家に向かいながら、暫くお互いに無言だった。
佐野さんも頭の中を整理している様子だった。
が、
「佐野さん」
「何でしょう?」
「……ありがとう」
「どういたしまして!」
暫く歩いて佐野さんの家に付いた。
メルに……、会える。
「さあ、どうぞ」
佐野さんに促されて、家に上げて頂いた。
メルは俺に飛び付いてきた。
俺は抱き上げて、抱きしめる。
「メル……また、会えた」
気がつけば、俺は涙が流れていた。
メルは「キュルルン、キュルルン!」と聞いたことが無い声で鳴いていた。
あっ! と、佐野さんが叫んだ。
「どうしました!?」
俺が尋ねると
「メルの目から、涙が……」
あっ……! ホントだ……。
話には、聞いた事があった。
犬や馬は、長い間離れていた飼い主と会って、嬉しい時には涙を流す事があるって……。
――ホントだったんだな。
少し落ち着いてから、佐野さんに聞いてみた。
「佐野さん、実を言うと俺は一年の時から君の事が気になっていた……と言うか、有り
「そう……ですね。この前、家にメルを連れて来て、お別れの時にメルに『しあわせに、おなり』って緑川君が言った時に、ですね。
……あれには……『ズギュン!』と、来ましてね。――やられたぁ、って思った訳です」
「ズギュン……、ですか」
「そう! ズギュン、です!」
多分、佐野さんにしか解らない感覚なんだろうな。
そんな風に考えている俺の膝の上で、メルは尻尾を振っていた。
これからは、時々会えるな、メル。
お前が、しあわせに暮らす様子を見させて貰うよ。
fin
『抱いて欲しかったのに』 宇治ヤマト @abineneko7777
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