私は貴方を愛しています

テマキズシ

狂愛


この世界には二人の優れた頭脳を持つ博士がいた。


一人は遠野 傑 生まれついての天才で僅か5歳でノベール化学賞を受賞した天才。現在21歳。とある研究機関で所長をしている。


二人目は 進藤 向日葵 遠野傑程ではないがこちらも天才。そして超の付く努力家。現在27歳。遠野傑が所長を務める研究機関で働いている。


そんな世界最高の博士2人は、現在河原で寝そべっていた。何でも実験で研究室をだめにしてしまったらしく、暫くの間暇を言い渡されたそうなのだ。


しかし傑は研究づくしの毎日を送っていた。日常が研究だった彼に突然降って湧いた休みの上手い使い方は分からない。


どうしたものかと考えている時に、近くにいた向日葵に誘われてこの河原で寝そべっていた。


「……ここは…いいところだな。心が安らぐ。人通りも少なくて眠ってしまいそうだ。」


「ふふ。ありがとうございます。ここは私の実家の近くなんですよ。よく疲れた時はここに来て休んだものです。最近は研究づくめでしたから、きちんと休みませんと。」


「……そうだな。最近は個人的な研究で忙しい。休める時に休んでおかないと。」


日差しは温かく、静かな風は心を安らげてくれる。二人は静寂の中にいた。


そんな時、ふと彼女が声を出した。目の前の河原を指さしている。


「そういえば所長。あの川。覚えていますか?かなり昔の話になりますが…。」


「ああ。覚えている。確か私が6歳の頃。世界中の川の汚染をどうにかするために作った薬を初めて使った所だな。……合ってるよな?」


「ええ。合ってますよ。私はその時、その現場に立ち会っていたんです。」


彼女は当時のことを思い出したのか、とても柔らかい目をしていた。昔を懐かしんているようで少し儚い印象を受けた。


「私の母親は重い病気にかかって亡くなりました。原因はこの川の水です。工場から垂れ流された廃液を浴び、飲んだ魚を食べてしまったのが原因だったそうです。母親の他にも多くの人がこの病気にかかりました。町の特産品だった川魚が食べられなくなったことにより、この町は急速に廃れました。」


彼は何も言わず。ただ話を聞いていた。口を挟むのは野暮だと考えたのだろう。


「だから私はこの廃液をどうにかしてやろうと研究を始めました。生まれつき頭はよく、飛び級も検討されていた私ならできると、自信に溢れていました。」


「そんな時、ノベール賞を取った天才少年が川の汚染をどうにかする実験を行うという話しを聞きました。しかも場所は私の憎んでいたあの川。私は驚きとそれ以上に憎しみを抱きながら川に向かいました。」


彼女の手に力がこもる。このままだと皮膚が避けるだろう。傑が彼女の手を握る。自分の手の状態に気づいた彼女は、パッと力を緩め、頭を下げて話を続ける。


「……ありがとうございます。当時の私は壁に当たっていました。研究費用も技術も何もかも足りなかった…。それなのに赤の他人が汚染除をする?それもまだ6歳の子供が?哀れな話ですがその時私は……貴方に憎しみを抱いたんです…。」


彼女は涙を流していた。それがどういう涙なのか…分かるのは彼女だけだろう。…いや、もしかした世界最高の天才である彼なら、どんな気持ちが渦巻いているのか分かったのかもしれない。


「川にたどり着くと、既に実験は終わっていました。街の人達やマスコミといった多くの人が歓喜の声を上げていました。そしてその中心に所長…貴方がいました。」


「……私は…その時の事を今でも覚えています。貴方はとても嬉しそうな顔をしていた。……でも何故か…寂しそうだった。」


ピクリと彼が動いた。驚いた顔をしている。どうやら図星だったようだ。しかし何故寂しいと感じたのだろうか?


「私には分かりました。この子は孤独なんだ。私もそうだった。父は生まれる前に亡くなり、私の才能を認めてくれた母親も無くしてからは皆が私の才能を羨望し、妬み、恐怖した。」


彼女はまるで聖女のような笑みで彼を見る。そして彼は複雑な目で彼女を見つめている。一体どうしたのだろうか?


「私はその時、少年のことを理解したいと思うようになりました。あの子を独りしたくないと…。」


「それからの私は今まで以上努力を重ねました。16歳でノベール賞を受賞し、多くの人々を救い、ようやく貴方と同じ研究機関に勤めることができました。」


すると今までの優しい声色から変わり、苦しい声色に変わった。表情も何だか悔しそうだ。


「貴方の孤独を晴らそうと、それからは積極的に話しかけたわ。何度かご飯も食べたっけ。………でも、どうしても分からないの。貴方が研究機関の…いや会う人皆から距離を置く理由が。」


彼女は彼を見る。覚悟を決めた表情で。


「教えてほしいの。貴方がいつも一人で行っている研究。…貴方の夢を。」


「!?」


その時、世界が止まるような空気が二人の間に生まれた。彼は混乱したように汗を流し目を泳がしている。


「…それ、は…何でそ…れを…?」


「貴方がこの前研究室で、うっかり眠ってしまった時に言っていたの。夢を…叶えたいって。」


「……そうか…そんな迂闊なことを。」


まるで隠していたテストが見つかった時の子供のように、彼は頭を押さえている。


「…わた……ぼ、くは…。」


汗が滝のように流れ出している。まるでホラー映画をうっかり見てしまった子供のように頭を抱え、震えだす。


数分程、そうしていただろう。覚悟を決めた目をして彼女を見る。だがその目には諦めがあった。夢を応援してくれないと、彼はそう思っているんだ。


「きっと…理解されないよ。僕の夢は。」


溜息をついた後、とうとう彼は自分の夢を語りだした。


「僕は…炊飯器になりたいんだ。炊きたてご飯のあの香り。それが僕は大好きなんだ。」


「別に僕の家が農家だったりだとか、悲しい過去とかは一切無い。ただ純粋に、生まれた時か僕の夢なんだ。」


「…幻滅したろ?僕は一生孤独なのさ。」


彼は自虐気味に笑った。確かにそうだ。酷いことだがこんな夢を本気で考えようなんて片腹痛い。しかもその夢を持っているのは世界トップクラスの天才だ。


「そうだったのね。じゃあ私はお米になるわ!そしたら貴方は絶対に孤独ではなくなりますから!」


「……へ?」


呆気に取られた様子で彼は彼女を見た。何を言っているんだ?彼女は。


「私は…絶対に貴方を独りにしたくないの。いや…違うわね。私は貴方のそばにいたいの。貴方の話を聞いてようやく分かったわ!私は…貴方のことが好きなの!この世界の誰よりも愛してるわ!」


「え…?え…?……本当に良いの?人じゃなくなるんだよ?!」


「それでもいいわ。だって貴方のことを愛しているもの。どんな姿になっても側にいるわ。」


彼はただ涙を流した。止まることはなかった。人としての人生を歩んで21年。彼にはようやく、自身の夢に理解のある存在が現れたのだ。
























「これがこの炊飯器の誕生の逸話です。この炊飯器は永久に開くことはなく、どれほど時が経とうとも壊れることはありません。」


それから数百年後。とある炊飯器が博物館に展示されていた。展示名は狂愛。


だが誰もが、その愛を美しく素晴らしいものであると心で理解していた。







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