第14話 温泉
「……ん」
意識がゆっくり戻ってくる。身体は重く、全身が軋むように痛い。
「カテン!? 気がついた!?」
目を開けると、キンタの顔が覗き込んでいた。すぐ後ろに、マリルの姿もある。
「魔物は……?」
「お前が止めを刺したら、一斉に消えたよ」
そうか。——勝てたんだな。
「よかった……二人は、無事か?」
「ま、ボロボロだが生きてる」
キンタが苦笑する。
「じゃあ……帰るか」
三人で、重たい足を引きずりながら出口へ向かった。
◇
「み、みなさん!? 大丈夫ですかっ!?」
ギルドの扉を潜ると受付のカウンター越しに、ラフィーナが目を丸くして立ち上がる。
「今すぐ奥の部屋へ! 手当てしますから!」
簡易なベッドに腰かけながら、俺たちはアルラウネ戦の一部始終を説明した。
「そ、そんなに魔物が……よくご無事で……!」
ラフィーナは途中何度も言葉を詰まらせながらも、手際よく傷を処置していく。
マリルの腕に包帯を巻きながら、ぽつりと呟いた。
「本当に、さすがですね……三人とも」
◇
「はい、これで手当はおしまいです!」
ラフィーナは消毒を軽くつけて——最後に背中をバシンと叩いた。
「いだっ!? ちょ、今の必要か!?」
「おまけです」
「おまけって……」
そんなやり取りをしながら、俺たちは奥の部屋を出る。
広間に戻ると、入口の扉が勢いよく開いた。
「ただいまっと! いやぁツイてたわ~!」
ギルド長が紙束を片手に、ご機嫌で入ってくる。
しかし俺たちに気づいてその足がぴたりと止まった。
「……っ、お前らなんでそんなボロボロなんだ? 戦場帰りか?」
俺たちの姿を見て、ギルド長は眉をひそめる。
「そういえば、ボス戦に行くって言ってたな。それで……どうだった?」
「……なんとかなりました」
俺が答えると、ギルド長は一瞬だけ黙ってから、にやっと笑った。
「すげぇな。ほんと、お前どこまで行く気だよ」
「さあ……まだ低階層ですし」
「ふっ、まあいいか……それより、お前らちょうど良かった!」
ギルド長は勢いよく紙を掲げた。
「今な、そこで福引やっててよ。見ろ、これ温泉旅行五人分! な? ぴったりだろ?」
「五人……」
「お前ら三人に、私とラフィーナ入れて五人。いいタイミングだろ? 討伐祝いも兼ねてな!」
みんなが顔を見合わせる。疲れた中にも、少し笑みが浮かんでいた。
俺はその様子を見ながら、ギルド長に頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「おう! タダで当てたもんだけどな! とにかく3人とも、しっかり体、休めろよ」
◇
「到着〜!」
ギルド長の声が旅館の玄関に響いた。立派な木造の建物。
入ってすぐ、男湯、女湯の暖簾がぶら下がっているのが目に入った。
「風情ありますね……」
「うわ、すごーい!」
ラフィーナとマリルが目を輝かせると、ギルド長がニッと笑った。
「よし、じゃあ一番風呂行くぞ! 風呂! 風呂!」
「うふふ、入りましょうか」
3人はそのまま女湯に吸い込まれていった。
「よし、じゃあ俺たちも男湯行くか」
女子組が奥に消えたあと、俺はキンタに言った。
だが、キンタは黙って立ち止まっていた。
「……ん? どうした?」
これにも返事がない。
「ほら、さっさと行くぞ」
そう言って腕を掴んだ。
「えっ、ちょ、まっ……!! ま、待ってって!」
俺はそのままキンタを引きずる形で男湯へ入っていった。
脱衣所に入ると、ほんのりと湯気の匂いが鼻をくすぐった。
「よし、入るか」
俺はさっと服を上から順に脱ぎ捨ていく。
「……おい、キンタ。なに突っ立ってんだよ」
だが、キンタは、脱衣所の隅で背を向けたまま、ピクリとも動かない。手は服の裾を握ったままだ。
「早くしろよ。お前も風呂入りたかったんだろ?」
「……う、うん……だけど、あの……」
「なんだよ?」
「いや……その……やっぱり俺は……いや、私は……!」
キンタの肩が微かに震えていた。背中からでも分かるほどに、今にも泣きそうな気配が漂ってくる。
「キンタどうしたんだよ、もう!」
なに言いたいんだこいつ。まどろっこしい……。俺はキンタの肩に手をかけた。
「まだ恥ずかしがってんのか? たかが風呂だ! ほら、さっさと行くぞ!」
「や、やめっ……! 待っ、待てってば……!」
「なにモジモジしてんだ、ったく!」
そして、キンタの服の裾をつかんで――思いきって、引いた。
――ズルッ。
「やっ……!!」
その瞬間、俺の視界に飛び込んできたもの――
細く滑らかな背中。
きれいに浮かぶ肩甲骨。
服の下に隠れていた白い肌。
腰は細く、くびれていた。そこから広がる曲線は、まさしく女性のそれ。
キンタは両腕で、胸元を必死に隠していた。
恥ずかしさと怒りと、混乱がごちゃ混ぜになった。そんな表情をしていた。
「……っ」
俺は、凍りつく。
言葉が、まったく出てこない。
目の前にいるのは、間違いなく――女だった。
「……おま……え……女ぁっ!?」
「いやああああ!」
「こっち、見んなあああああああああっ!!!」
キンタが顔を真っ赤にして叫ぶ。涙目で、震えている。
細身に見えたその身体は、実際にはしなやかで柔らかく、ところどころに女らしい肉感が宿っていた。
腕で隠していたとはいえ、俺の目は見てしまった。背中も、腰も、肩も、胸も――全部。
キンタが、女だったなんて……
そんなことを考えているとキンタが盾を構え始めた。
そして——
「シールド――」
「え……っ! ちょ、待てっ! 本当にわざとじゃ――!」
「――バッシュ!!!」
ドゴォッ!!!
俺の体は、盛大な音と共に壁にめり込んだ。
キンタは顔を真っ赤にして服を着替えると――無言のまま、女湯の方へ駆けていった。
その背中を、俺は脱衣カゴに埋もれながら、ただ見送るしかなかった。
……何が……起こったんだ……?
畳み掛ける衝撃に理解が追いつかなかった。
◇
風呂には入ったが、ゆっくり浸かるどころではなかった。
驚きの衝撃が大きすぎて、頭がのぼせそうになった俺は早々に風呂を出た。
◇
部屋に戻ると、ちょうど夕食の準備が始まっていた。豪華な料理と酒が並び、マリルとラフィーナが楽しそうに箸を動かしている。
その横で、キンタが妙に落ち着かない様子で座っていた。目も合わせてこない。
「……女だったのかよ、お前……」
俺がぽつりと呟くと、キンタは顔を真っ赤にして、
「……うるさい」
とだけ返した。
「まあまあ、いいじゃないですか。キンタ君は今の2人に必要な力を持ってるでしょ?」
ラフィーナがあっけらかんと笑う。
「……ふふ、私も驚きましたけど、女の子が増えて嬉しいです!」
マリルはそう言って嬉しそうにしていた。
すると、ギルド長が酒を一口飲んでから口を開いた。
「まぁ、私は最初から知ってたけどな?」
「「「えぇっ!?」」」
全員が揃ってのけぞった。
「風呂に入って、キンタがいないことに気づいた時は焦ったね〜」
ギルド長はにやりと笑う。
この人が最初から教えてくれてれば……と、思ってしまった。
そんなタイミングで、キンタが照れと後悔が混じったような声でぼそりと呟いた。
「……言おうとしたんだけど、タイミングなくて……」
……まぁ、驚きはしたけど、強さに嘘はない。実際、あのボス戦を乗り切れたのは、こいつがいてくれたおかげだ。
三人になった分、これまで以上に稼がないといけなくなった。
でも——三人いればきっと、もう少し奥へも進める。
まだ低階層だ。しっかり準備して、稼げるうちに稼がないとな。
そう思いながら、2人の顔を順番に見た。
「……ま、とにかく。これからも、よろしくな」
キンタとマリルが、同時に頷き、笑った。
不要スキル【鑑定】がまさかの攻略チート! 俺だけが知る最強攻略情報 中村もつこ @motuko-nakamura
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