第14話 温泉

「……ん」



 意識がゆっくり戻ってくる。身体は重く、全身が軋むように痛い。



「カテン!? 気がついた!?」



 目を開けると、キンタの顔が覗き込んでいた。すぐ後ろに、マリルの姿もある。



「魔物は……?」



「お前が止めを刺したら、一斉に消えたよ」



 そうか。——勝てたんだな。



「よかった……二人は、無事か?」



「ま、ボロボロだが生きてる」



キンタが苦笑する。



「じゃあ……帰るか」



 三人で、重たい足を引きずりながら出口へ向かった。

 



 



「み、みなさん!? 大丈夫ですかっ!?」



 ギルドの扉を潜ると受付のカウンター越しに、ラフィーナが目を丸くして立ち上がる。



「今すぐ奥の部屋へ! 手当てしますから!」


 

 簡易なベッドに腰かけながら、俺たちはアルラウネ戦の一部始終を説明した。



「そ、そんなに魔物が……よくご無事で……!」



 ラフィーナは途中何度も言葉を詰まらせながらも、手際よく傷を処置していく。



 マリルの腕に包帯を巻きながら、ぽつりと呟いた。



「本当に、さすがですね……三人とも」







「はい、これで手当はおしまいです!」



 ラフィーナは消毒を軽くつけて——最後に背中をバシンと叩いた。



「いだっ!? ちょ、今の必要か!?」



「おまけです」



「おまけって……」



 そんなやり取りをしながら、俺たちは奥の部屋を出る。




 広間に戻ると、入口の扉が勢いよく開いた。



「ただいまっと! いやぁツイてたわ~!」



 ギルド長が紙束を片手に、ご機嫌で入ってくる。



 しかし俺たちに気づいてその足がぴたりと止まった。



「……っ、お前らなんでそんなボロボロなんだ? 戦場帰りか?」



 俺たちの姿を見て、ギルド長は眉をひそめる。



「そういえば、ボス戦に行くって言ってたな。それで……どうだった?」



「……なんとかなりました」


 

 俺が答えると、ギルド長は一瞬だけ黙ってから、にやっと笑った。



「すげぇな。ほんと、お前どこまで行く気だよ」



「さあ……まだ低階層ですし」 



「ふっ、まあいいか……それより、お前らちょうど良かった!」



 ギルド長は勢いよく紙を掲げた。



「今な、そこで福引やっててよ。見ろ、これ温泉旅行五人分! な? ぴったりだろ?」



「五人……」



「お前ら三人に、私とラフィーナ入れて五人。いいタイミングだろ? 討伐祝いも兼ねてな!」



 みんなが顔を見合わせる。疲れた中にも、少し笑みが浮かんでいた。



 俺はその様子を見ながら、ギルド長に頭を下げた。



「……ありがとうございます」



「おう! タダで当てたもんだけどな! とにかく3人とも、しっかり体、休めろよ」



 





「到着〜!」



 ギルド長の声が旅館の玄関に響いた。立派な木造の建物。



 入ってすぐ、男湯、女湯の暖簾がぶら下がっているのが目に入った。



「風情ありますね……」



「うわ、すごーい!」



 ラフィーナとマリルが目を輝かせると、ギルド長がニッと笑った。



「よし、じゃあ一番風呂行くぞ! 風呂! 風呂!」



「うふふ、入りましょうか」



 3人はそのまま女湯に吸い込まれていった。






「よし、じゃあ俺たちも男湯行くか」



 女子組が奥に消えたあと、俺はキンタに言った。



 だが、キンタは黙って立ち止まっていた。



「……ん? どうした?」



 これにも返事がない。



「ほら、さっさと行くぞ」



 そう言って腕を掴んだ。



「えっ、ちょ、まっ……!! ま、待ってって!」




 俺はそのままキンタを引きずる形で男湯へ入っていった。


 


 脱衣所に入ると、ほんのりと湯気の匂いが鼻をくすぐった。



「よし、入るか」



 俺はさっと服を上から順に脱ぎ捨ていく。



「……おい、キンタ。なに突っ立ってんだよ」



 だが、キンタは、脱衣所の隅で背を向けたまま、ピクリとも動かない。手は服の裾を握ったままだ。



「早くしろよ。お前も風呂入りたかったんだろ?」



「……う、うん……だけど、あの……」



「なんだよ?」



「いや……その……やっぱり俺は……いや、私は……!」


 

 キンタの肩が微かに震えていた。背中からでも分かるほどに、今にも泣きそうな気配が漂ってくる。



「キンタどうしたんだよ、もう!」


 

 なに言いたいんだこいつ。まどろっこしい……。俺はキンタの肩に手をかけた。



「まだ恥ずかしがってんのか? たかが風呂だ! ほら、さっさと行くぞ!」




「や、やめっ……! 待っ、待てってば……!」





「なにモジモジしてんだ、ったく!」




 そして、キンタの服の裾をつかんで――思いきって、引いた。


 


――ズルッ。


 


「やっ……!!」


 


その瞬間、俺の視界に飛び込んできたもの――



 細く滑らかな背中。


 きれいに浮かぶ肩甲骨。


 服の下に隠れていた白い肌。


 腰は細く、くびれていた。そこから広がる曲線は、まさしく女性のそれ。


 キンタは両腕で、胸元を必死に隠していた。



 恥ずかしさと怒りと、混乱がごちゃ混ぜになった。そんな表情をしていた。


 


「……っ」




 俺は、凍りつく。


 言葉が、まったく出てこない。


 目の前にいるのは、間違いなく――女だった。


 


「……おま……え……女ぁっ!?」


 


「いやああああ!」


「こっち、見んなあああああああああっ!!!」


 


 キンタが顔を真っ赤にして叫ぶ。涙目で、震えている。



 細身に見えたその身体は、実際にはしなやかで柔らかく、ところどころに女らしい肉感が宿っていた。



 腕で隠していたとはいえ、俺の目は見てしまった。背中も、腰も、肩も、胸も――全部。



 キンタが、女だったなんて……




 そんなことを考えているとキンタが盾を構え始めた。


 そして——

 



「シールド――」



「え……っ! ちょ、待てっ! 本当にわざとじゃ――!」



「――バッシュ!!!」



 ドゴォッ!!!


 


 俺の体は、盛大な音と共に壁にめり込んだ。



 キンタは顔を真っ赤にして服を着替えると――無言のまま、女湯の方へ駆けていった。



 その背中を、俺は脱衣カゴに埋もれながら、ただ見送るしかなかった。




……何が……起こったんだ……?




 畳み掛ける衝撃に理解が追いつかなかった。





 


 風呂には入ったが、ゆっくり浸かるどころではなかった。



 驚きの衝撃が大きすぎて、頭がのぼせそうになった俺は早々に風呂を出た。


 




 部屋に戻ると、ちょうど夕食の準備が始まっていた。豪華な料理と酒が並び、マリルとラフィーナが楽しそうに箸を動かしている。



 その横で、キンタが妙に落ち着かない様子で座っていた。目も合わせてこない。


 

「……女だったのかよ、お前……」



俺がぽつりと呟くと、キンタは顔を真っ赤にして、



「……うるさい」


 とだけ返した。


 


「まあまあ、いいじゃないですか。キンタ君は今の2人に必要な力を持ってるでしょ?」


 ラフィーナがあっけらかんと笑う。



「……ふふ、私も驚きましたけど、女の子が増えて嬉しいです!」


 マリルはそう言って嬉しそうにしていた。



 すると、ギルド長が酒を一口飲んでから口を開いた。


「まぁ、私は最初から知ってたけどな?」




「「「えぇっ!?」」」




 全員が揃ってのけぞった。


 


「風呂に入って、キンタがいないことに気づいた時は焦ったね〜」



 ギルド長はにやりと笑う。



 この人が最初から教えてくれてれば……と、思ってしまった。



 そんなタイミングで、キンタが照れと後悔が混じったような声でぼそりと呟いた。



「……言おうとしたんだけど、タイミングなくて……」




 ……まぁ、驚きはしたけど、強さに嘘はない。実際、あのボス戦を乗り切れたのは、こいつがいてくれたおかげだ。




 三人になった分、これまで以上に稼がないといけなくなった。




 でも——三人いればきっと、もう少し奥へも進める。


 


 まだ低階層だ。しっかり準備して、稼げるうちに稼がないとな。


 


 そう思いながら、2人の顔を順番に見た。


 


「……ま、とにかく。これからも、よろしくな」


 


 キンタとマリルが、同時に頷き、笑った。





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不要スキル【鑑定】がまさかの攻略チート! 俺だけが知る最強攻略情報 中村もつこ @motuko-nakamura

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