刑事総務課の羽田倫子は、安楽イス刑事でもある その八

久坂裕介

第一話

 毎日、雨が降って梅雨つゆの真っただ中の六月中旬。私、羽田はねだ倫子りんこは職員が約三十人の、刑事総務課で働いていた。うー、じめじめするー。湿度が高い。梅雨の真っただ中で毎日、雨が降っているからしょうがないと言えばしょうがないが何とかしてほしい。はっきり言って私のテンションが、めちゃくちゃ低いからだ。


 梅雨だろうが湿度が高くて不快ふかいだろうが、きちんと働かなければならいい。それは、分かる。分かるが、こんなに不快ではハッキリ言って仕事をする気が起きない!


 だがふと見てみると、新人職員の吉高よしたか彩理さいりちゃんはせっせと働いていた。そして、私の心は痛んだ。う。新人職員がせっせと働いているのに、三年目の私がさぼっているなんて……。


 これではいけない! 私も彩理ちゃんを見習みならって、仕事をがんばるぞ! と決意した時、スマホが鳴った。いやいや、ウソでしょ。まさか、こんな時に……。おそるおそるスマホの画面を見てみると、やはり予想通よそうどおりのメッセージが表示された。『新藤しんどうだ 今すぐに、いつもの場所にきてくれ』 や、やっぱり……。


 実は私は『青柳あおやなぎ真澄ますみ』というペンネームで、推理小説を書いている。だが私は、警視庁の職員だ。だから、地方公務員だ。そして公務員の副業ふくぎょうは、微妙びみょうだ。なので私は推理小説を書いていることを、かくしている。だが新藤刑事は、このことを知っている。


 それで新藤刑事がこのことを言いふらされるとこまるので、私は新藤刑事に呼ばれると行かない訳には行かなかった。私は私と同じ制服、つまり白いワイシャツに黒いベストにひざまでの長さの黒いスカートを穿いている、隣の席の職員に告げた。

「ちょっと、鑑識課かんしきかまで行ってきまーす」


 そして私は、鑑識課の隣の部屋に入った。中には鑑識課の徳永とくなが由真ゆまさんと、新藤刑事がいた。この部屋は私たち三人が入るだけでせまさを感じるが、壁は温かさを感じるベージュ色だ。


 ふと見ると由真さんは、ツナギのような青い鑑識課の制服を着て髪型はショートカットが似合にあっていて、いつも通りニコニコしていた。

 そして黒いスーツを着た新藤刑事も、いつも通りイケメンだった。軽くパーマがかかった髪に、すず目元めもとをしている。もちろん、スタイルも良い。だから私が所属している刑事総務課には、彼のファンクラブまである。


 まあ、新藤刑事ったら今日も素敵すてき! まぶしい、『あこがれ』るわ! ……ってなるかああああ! 口が軽くていつも根も葉もないウワサ話をしているムダなイケメンに、『憧れ』てたまるかああああ!


 だが、そんな彼と私が二人でひそひそと話をすると、余計よけいなウワサ話が広まるだろう。だからこの人目ひとめがつかない小さな部屋で、しかも三人で話をすることにはありがたいと思う。


 なぜなら私は、可愛かわいいからだ。目はパッチリしているし髪は肩までの長さのセミロングで、あしも細い。もちろん、スタイルも良い。だからよく刑事たちに、『可愛いね』と言われるからだ。


 そして私は、そんな新藤刑事に聞いてみた。

「私がまた、ここに呼ばれたっていうことは、また警察が解決できない事件が起きたって言うことですか?」


 すると新藤刑事は、低くよく通る声で答えた。

「ああ。その通りだ」


 それを聞いた私は、この部屋にあるパイプイスに座ってふんぞり返った。そして目の前には事務用の、グレーの机がある。取りあえず私は私が事件を解決させるためのアドバイスをしなければならないという不満ふまんの気持ちを落ち着かせるために、机を右手の人差し指で軽くたたいた。コンコンコンコンコンコンコンコン。そして不満の気持ちが落ち着いた私は、新藤刑事に聞いてみた。

「それで今回の、解決できない事件って何ですか?」

「それは、高級自動車の窃盗せっとう事件だ」


 なるほど、窃盗事件ですか。それにしても自動車窃盗なら、担当たんとうは捜査第三課のはずだ。新藤刑事が所属する、捜査第一課の担当ではない。また新藤刑事は他人の事件に、首をんだか。


 私は推理小説を書いているので、色々な犯罪にくわしい。なので今まで警察が解決できない、色々な事件にアドバイスをしてきた。そして、事件を解決してきた。だからと言って、私を頼りすぎだ! なので私は、グチを言った。

「はあ、自動車の窃盗ですか。そんなの、がんばって捜査してくださいよ」


 すると由真さんは、少し困った表情になった。

「倫子ちゃん。その気持ちは分かるけど、話だけでも聞いてくれないかな~?」


 む。いつもお世話になっている、由真さんにそう言われると私も話くらい聞かない訳にはいかない。でも、タダで事件を解決するためのアドバイスをするのは、やる気が出ない。なので私は新藤刑事に、聞いてみた。

「その事件を解決したら、どんな報酬がもらえるんですか? 報酬は何ですか?」


 そうだ。刑事総務課の私が事件を解決するアドバイスをするのなら、報酬をもらわないとやってられない。すると新藤刑事は少し考える表情をしたあとに、答えた。

「報酬は、科捜研かそうけんを見学させてやる。それで、どうだ?」


 私はそれに、いついた。か、科捜研の見学?! それは、行ってみたい! ぜひ、行ってみたい! 科捜研、つまり科学捜査研究所かがくそうさけんきゅうしょは今や、事件の解決には欠かせない施設だ。事件を解決させるためには今や、科学の力も欠かせないからだ。


 そして科捜研を見学できたら、私が書く警視庁の刑事が主人公の推理小説も、よりリアルになる! 私は俄然がぜんった。

「新藤刑事! 早く話を、聞かせてください!」


 すると新藤刑事は、事件の資料を見ながら説明を始めた。


   ●


 事件が起きたのは、一週間前。車を盗まれた被害者は坂下さかした圭太けいた、三十九歳。朝起きて自宅の駐車場を見てみると一年以上乗っていた、日本に十台しかない高級外国産自動車が無いことに気づいた。


 あわてて自宅に設置してある防犯カメラを見てみると昨夜さくや、上下とも黒い服、それにやはり黒い覆面ふくめんをした男に車を盗まれたことが分かった。


 車にはもちろん多くの盗難防止とうなんぼうしの対策をしていたが、それでも盗まれた。だから圭太は、これはプロの仕業しわざだと考えた。そしてすぐに、警察に相談した。


 もちろん捜査第三課の刑事たちは、すぐに捜査を始めた。盗まれた車は、日本に十台しかない車だ。だからそれをあつかっているディーラーから、捜査を始めた。


 そしてディーラーにある、車を売った顧客こきゃくリストを見た刑事たちはおどろいた。それに、坂下圭太の名前が無かったからだ。担当者に聞いてみても、坂下圭太に車を売ったおぼえは無いという。


 だが刑事たちは、確信していた。坂下圭太が、車を盗まれたことを。それは彼が見せた防犯カメラに、車を盗まれた瞬間が映っていたからだ。だから刑事たちは次に、その車を買った十人を調べてみた。


 すると十人とも車を買った契約書けいやくしょなどを持っていて、不審ふしんな点は見つからなかった。しかし、刑事たちは考えた。この十人の中に、坂下圭太の車を盗んだ犯人がいると。


 おそらく犯人は日本に十台しかないという、めずらしさで車を盗んだんだろう。そして十人が乗っている車のどれかが、坂下圭太が乗っていた車だと考えた。


 なので刑事たちは、車に付いている指紋しもんを調べた。坂下圭太の指紋が付いている車が、盗まれた車だと考えた。だが、坂下圭太の指紋が付いている車は、無かった。


 おそらく犯人が車を盗んでから、坂下圭太の指紋をったのだろうと刑事たちは考えた。だがそれから、刑事たちは打つ手が無くなった……。


   ●


 私は由真さんがれてくれた美味おいしいコーヒーを飲みながら、うなづいた。

「なるほど……」


 すると新藤刑事は、私をかした。

「どうだ、倫子? どうやって捜査をすればいいのか、分かったか?!」


 なので私は、答えた。

「まあ、そうですね」


 それを聞いた新藤刑事は真剣な表情で、更に私を急かした。

「なら、教えてくれ! どうやって捜査すれば、盗まれた車が分かるんだ?!」


 相変あいかわらず新藤刑事は、事件を解決させることには本気だ。それが他の課の、事件であっても。私は新藤刑事の、そこだけは尊敬そんけいしていた。だから、答えた。

「それではまず警察犬けいさつけんに、車を盗まれた被害者である坂下圭太のにおいを憶えさせてください。それで、捜査をしてみてください」


 だが新藤刑事は、疑問の表情だった。

「は? 匂い? それで、どんな捜査ができるんだ?」

「いいから事件を捜査している捜査第三課の刑事たちに、そう伝えてください。そう言えば、分かるはずですから」


 それでもやはり新藤刑事は、疑問の表情だった。

「だから匂いで、どんな捜査を?……」


 なので私は新藤刑事に、はっぱをかけた。

「もう! いいから捜査第三課の刑事たちに伝えてください! そうすれば、分かるはずですから! 早く事件を解決させたかったら、そうしてください! おそらくディーラーの担当者も、グルですから!」


 すると新藤刑事は、この部屋から出て行った。

「わ、分かった! とにかく捜査第三課の刑事たちに伝える!」と言い残して。


 それを聞いて安心した私に、由真さんがやはり疑問の表情で聞いてきた。

「いや、私にも分からないんだけど。どうして被害者の匂いを警察犬に憶えさせると、盗まれた車が見つかるの」


 なので私は、答えた。

「盗まれた車から被害者の指紋を拭き取ることはできても、匂いまでは無くせないと思うんですよ」

「え?」


 とにかくこれで盗まれた車は見つかるだろうと確信した私は、この部屋を出た。

「あ、由真さん。コーヒー、いつも通り美味しかったですよ。ありがとうございました」と言い残して。


   ●


 昼休み。私は刑事総務課の自分の席で、まったりとしていた。なぜなら警視庁内の食堂で食べたランチが、美味しかったからだ。今日は彩理ちゃんと二人で、何とピザを食べた! 


 まさか食堂でピザを出すとは、思わなかった。食堂で出すピザはたして美味しいのかなと疑問に思ったが、物はためしと取りあえず食べてみた。まあ、この食堂はいつも美味しいモノしか出さないから、期待もした。


 そして食べてみたら、やはり美味しかった! ピザの種類は定番ていばんのマルゲリータピザだったが、美味しかった。ピザの生地きじも良く火が通っていて少し固めで私好わたしごのみだったし、何と言ってもピザにかかっているモッツァレラチーズが良かった。丁度ちょうどよい塩加減しおかげんが、ピザの生地と相性あいしょうが良かった。


 そしてトマトソースの酸味さんみとハーブのバジルのさわやかな風味ふうみも、ピザの良いアクセントになっていた。うーむ。やはりこの食堂で出す料理は、ハズレがないと思った。 


 そして私はスマホのメモを出して、考え込んでいた。今度、書く予定の推理小説のアイディアを考えていた。それは異世界を舞台ぶたいとした、推理小説だった。異世界と言えば勇者と魔王なので、勇者がトリックを使って魔王を倒すというあらすじを考えた。そしてそのトリックに、どくの魔法を使おうと考えた。


 うーん。毒の魔法を使うというのは、斬新ざんしんでいいだろう。でも、どうやって毒の魔法で魔王を倒す? そう考えていると、ひらめいた。そうだ、勇者が持っている剣に毒の魔法をかけよう!


 つまり勇者は剣に毒の魔法をかけて剣によるダメージではなく、あくまでも毒で魔王を倒す。うん、これだ! これでいこう!


 そこまで私が推理小説のことを考えていると、スマホが鳴った。見てみると、予想通りのメッセージが表示されていた。『新藤だ 今すぐに、いつもの場所にきてくれ』


 ふむ。どうやら事件は、解決したようだ。それならば、報酬をもらわねば! そうして科捜研の見学という報酬に期待して、私は鑑識課の隣の部屋に向かった。


 そこにはやはり、由真さんと新藤刑事の二人がいた。私は早速、新藤刑事を急かした。

「どうです? 事件は、解決したんでしょう? つまり、盗まれた車は見つかったんでしょう? それだったら科捜研の見学という、報酬をくださいよ!」


 だが新藤刑事は、冷静に答えた。

「まあ、待て。その前に、聞きたいことがある」

「え? 何ですか?」

「まず、今回の事件はディーラーもグルだった。なぜそれが、分かった?」

「ああ、そのことですか」


 私は、説明を始めた。

「まず、盗まれた車は日本に十台しかありません。そして被害者の坂下圭太さんは、確実にその車に乗っていました。それなのに顧客リストに、坂下圭太さんの名前が無かった。それなら当然、車を売るディーラーの担当者もあやしいと考えるのが妥当だとうですから」

「なるほど……」


 そして新藤刑事は、再び聞いてきた。

「俺が坂下圭太さんの匂いを警察犬に憶えさせろと捜査第三課の刑事たちにアドバイスしたら、彼らは『そうか! その手があったか!』と活気かっきづいたよ。そしてさっき、盗まれた車が見つかったそうだ。刑事たちは十台の車、一台一台に坂下圭太さんの匂いが無いか調べて見つけたそうだ。彼の匂いが、みついた車を。だが、どうしてこの方法を考え付いた?」


 なので私は、再び説明した。

「最初、刑事たちは坂下圭太さんの指紋が車に付いていないか調べました。私はこの方法は、とても良いと思いました。でも残念ながら、指紋は犯人によって拭き取られていました。そこで私は、考えました。それなら被害者の、匂いで探したらどうだろうと。


 被害者は盗まれた車に一年以上、乗っていました。それなら盗まれた車に、被害者の匂いが染みついているのではないかと考えたんです。まだ盗まれて一週間ですし、犬の嗅覚きゅうかくは人間の一億倍と言われています。


 それなら警察犬が坂下圭太さんの匂いが染み込んだ車を、発見できると考えたんです」

「なるほど……」


 そして新藤刑事は、付け加えた。

「犯人は日本に十台しかない、その車がどうしても欲しくて盗んだそうだ。そして確実に自分のモノにするために、ディーラーの担当者に金を渡してニセの契約書などを作らせたそうだ」


 なるほど。これで確実に、事件は解決したようだ。ならば、報酬をもらおう。私は、新藤刑事に聞いてみた。

「それで新藤刑事! 科捜研の見学という報酬は、いつくれるんですか?」


 すると新藤刑事は、あっさりと答えた。

「ああ、あれか。あれは、ダメだ」


 それを聞いて、私は少しキレた。

「は? ダメ? ダメって、どういうことですか?!」

「ああ。俺は、科捜研に聞いてみたんだ。刑事総務課の職員を、見学させたいと。だが、断られた。科捜研は関係者以外、立ち入り禁止だそうだ。刑事の俺はいいが、刑事総務課の職員はダメだそうだ」


 私は、激しく落ち込んだ。

「そ、そんな……」


 でも、どうしても科捜研を見学したくて私は提案ていあんした。

「それじゃあ、私は刑事ということにしましょう! それなら、見学できますよね!」


 だが新藤刑事は私の提案を、あっさりと否定ひていした。

「そんなもん、ダメに決まっているだろう。もしお前が刑事じゃなくて、ただの刑事総務課の職員だと科捜研にバレたらどうなる。俺の信用は、無くなる。だから、そんなことはできない」


 でも私は科捜研を、どうしても見学したかった。そうすれば今よりもリアルな、推理小説を書けるからだ。だからもう一度、聞いてみた。

「絶対に、ダメですか?」


 すると新藤刑事は、両腕で✖印ばつじるしを作った。

「絶対に、ダメだ」


 そして落ち込んでいる私を無視して、新藤刑事はこの部屋から出て行った。するといつものように、由真さんが声をかけてきた。

「残念だったわね~、倫子ちゃん。でも事件を解決してくれたお礼と言っちゃなんだけど、コーヒーを淹れるけど飲む?~」


 私はもちろん、頷いた。そして由真さんが淹れてくれた美味しいコーヒーを飲むと、不思議に元気が出てきた。やっぱり美味しいモノには、人を元気にする力があるんだなあ。なので私は、刑事総務課に戻った。午後の仕事をするために。もちろん由真さんに、ちゃんとお礼を言ったあとに。


 だが刑事総務課の自分の席に戻った私は、ため息をついた。今回の犯人はどうしても日本に十台しかない車が欲しくて、盗んだそうだ。だがそれは窃盗とういう、立派な犯罪だ。そうしなくても車を手に入れる方法は、別に何かあったはずだ。それなのに……。


 犯人は犯罪者としてメディアにさらされて、刑務所に入り不自由な生活が待っているだろう。そこで犯人は、気づくだろうか。自分の、あさはかさを。犯罪はりに合わないことを。はあ……。

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刑事総務課の羽田倫子は、安楽イス刑事でもある その八 久坂裕介 @cbrate

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