アンドロイドと約束

よもぎ望

アンドロイドと約束

「死ぬ時は一緒だよ」


 主人はよく私にそんなことを言った。

 アンドロイドである私に死ぬとはどういう意味なのか。機体であるこの身体には死ぬよりも壊れるが適切では無いのか。最初の1、2回はそう伝えたものだが、気持ちの問題だと笑う主人の言葉に今ではもう何も返さずにいた。


「お前はいいよなぁ、よっぽどの事がなきゃ死なないんだから」


 ある日の深夜、2本目の缶ビールを開けながら主人が言う。何か不安なのか、俯きがちな視線がどこか気になった。


「死ぬことが怖いですか?」


 そう尋ねると主人は少し驚いた顔をした後、楽しそうにくすくすと笑う。

 人間が死に対して恐怖を覚えるのは普通のことだ。主人もそうなのではと思い聞いてみたが、反応を見るにどうやら違ったらしい 。


「どーかな。でも、ひとりで死ぬのは嫌だな」

「嫌……?」

「ひとり寂しいじゃん。だから少ない貯金を無理やり崩してお前を買ったわけだし。だからさ……」

「死ぬ時は一緒に、ですか?」


 私がそう答えると、彼は眉を上げてからかうように笑った。


「わかってんじゃん」

「何度も言われていますから覚えました」

「そっか。これからもちゃんと覚えとけよ?約束だからな?」


 その後すぐに主人は酔いつぶれ眠ってしまった。


 久しぶりに、主人の嬉しそうな顔を見ることが出来た。

 私は直接言葉にされなければ理解できない。笑ってるなら嬉しい、泣いているなら悲しい。表面上のことしか判断ができない。主人が何も言わないのなら私は主人が笑顔になれるよう務めるだけだ。


 主人をベッドの上へ運んだ後、私もスリープモードへ移行した。先程の主人との会話ログは、大切な記録として保存した。


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 主人が外でどのように過ごしているのか、私は知らない。ただ、あまり職場に対して良い感情を持っていないことは理解していた。


 午後10時。

 彼は帰宅するなり出迎えた私の肩に寄りかかった。私は支えながら彼の靴を脱がせ、ソファへと導いた。どさりと倒れ込むようにソファに座る主人。その目に光はなく、ぼんやりと天井を見上げていた。


「お疲れですか?」

「……そうだな。すげえ疲れてる」

「体調を管理するために、何があったのか教えてください」

「……何があったって……」


 主人は私の方をちらりと見たあと、右腕で目を覆った。

 思い出したくない、と言っているように見えた。


「……疲れるよな、ほんと」

「では休養をとってください」

「それでどうにかなるならもうしてるよ」


 何も出来ない私に気づき、主人は眉を下げて笑みを浮かべる。主人のことをもっと知りたかったが、主人は何も私に話そうとしなかった。


 私はただそばにいることしかできなかった。


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 午前4時。


 室内の異常を検知し、スリープモードが強制的に解除される。がたんっと何かが動かされる音の後、ぎぃ、ぎぃ、と柱か何かが揺れる音。主人が目覚めたのだとしても、少し不自然だ。


 ソファから立ち上がり音の鳴る方へ首を回すと、

 そこに────彼はいた。


 ロフトの柵から伸びた縄に首をかけ、主人の身体は揺れていた。

 何をしている?作業?儀式?何を?


 彼は、どうなっている?


 エラー。

 エラー。

 エラー。


 見開かれた目、紫色の肌、垂れ下がる手。

 その身体に触れなくとも、目の前の主人がどういう状態かは明らかだ。解析などするまでもない。けれど、思考プログラムはエラーを出し続けている。目の前で起きていることを処理できない。


「死ぬ時は一緒だよ」


 突然、暴走したプログラムから記憶ログから主人の言葉が再生される。

 そうだ。そうだった。覚えておけと、約束だと言われていた。ならばやることは一つだ。


 死ななければならない。


 私は部屋の隅に転がる延長コードを拾い上げ、倒れていた椅子に乗り主人の縄の隣に結んだ。それを首に巻きつけ、椅子を蹴り飛ばす。

 視界が揺れる。プラスチックの骨格が軋む音がする。人工皮膚に延長コードが食い込み、内部配線が圧迫されていく。目の前に機体異常の表示が次々に現れ警告音が鳴り響く中、私はゆっくりと目を閉じた。


 異常などでは無い。私は主人の命令に従っているのだから、これが正常だ。正しい行動なのだ。


 警告が消え、システムが次々とシャットダウンされていく。あと数秒でこの身体は完全に停止する。


 これで、彼と一緒になれる。


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 エラー修復完了。

 システムチェック完了。

 …………LTS-04型起動。


 視界が開く。


 知らない天井。

 知らない部屋。


「なぜ」


 自然と声が出た。

 私は確かに機能を停止した。あの時、あの部屋で……彼の…………隣で。


「ようやく起動したか」


 低い声に首を向けると、私が乗る台の横に作業服の青年が立っていた。


「たっく……直すのに苦労したんだからな?ただでさえ古い内部パーツ使ってんのにぼろぼろで……」

「なぜあのままにしてくれなかった!?」


 気づけば、私は起き上がって青年の胸ぐらを掴んでいた。人間への暴行を感知、と視界に表示される。アンドロイドにあるまじき行為だ。けれど、掴んだ手を離すことができない。


「私は、約束を果たしたかっただけなのに!私は、彼と一緒に……死にたかっただけなのに!!」


 一度故障したからだろうか。声が、腕が震える。青年は恐怖の表情を浮かべた。


「お前……本当にアンドロイドなのか……?」


 エラー。

 エラー。

 エラー。


 怯える青年の声を聞いたあと、システムが強制的に停止された。


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 システム再起動。


 様々なシステム音声とともに視界が開ける。システム停止前と同じ部屋にいたようだが、前よりも人の数が多い。

 身体を起こしてこちらを見る人間に顔を向ける。30代半ば頃のスーツの男性が2人。その後ろに隠れるように作業服の青年の姿も見えた。


「よう、アンドロイドくん。俺たちは警察だ。そう警戒しなくていい」


 警察、と名乗るスーツの男性が、起き上がった私に1枚の写真を手渡してくる。そこには主人が写っていた。免許証の写真だろうか。最後に見た時よりもまだ健康で生き生きとした顔つきをしている。


「お前の主人で間違いないか」

「……はい」

「そうか。俺らはお前の記録データを確認させてほしくてきたんだが、所有者制限がかけられているみたいでな。お前に解除してもらいたい」

「……なぜ?」

「アンドロイドと所有者が並んで首を吊っていた。検察の調べでは自殺だろうって話なんだが……警察も色々あるんでな。本当に自殺なのか、事件性がないか、お前のご主人がどうやって死んだのか調べる必要がある」


 私は視線を伏せた。

 こんなこと間違っている。実行してはならない。主人じゃないとはいえ、人間の命令に背くなど許されない。わかっているのに……。


「……あの人の最期なんて……そんなの……」


 震える声。

 彼が何を考えていたのか、何に悩んで苦しんでいたのか。どんな顔で死んでいったのか、私は何も知らない。それを証明するためにも記録を渡すべきだろう。


 けれどそれで彼との約束も知られてしまうのは、嫌だ。


「……ない…………」

「……なんだ?聞こえる音量で言ってくれ」

「あなた達に見せるものは、何も無い」


 ガンッ!


 私は、自分の首を殴りつけた。修理したばかりの人工皮膚は簡単に裂け、中の配線が露出する。私の動きに困惑する人間たちを一瞥すると、右手いっぱいに配線を掴んで引きちぎった。

 ばちばちと火花が散る。異常を知らせる警告音が鳴り響く。内部データが次々に消えてゆく。記憶データもこれで消えるだろう。


「くそっ!なんてことを!」

「ダメです!爆発の恐れがありますから近づかないで!」


 人間たちの声が聞こえる。もう今更、知ったことでは無いが。


 システムエラー。

 音声認識機能、損傷。

 映像記録機能、損傷。


「死ぬ時は一緒だよ」


 彼はそう言った。私に、言った。


 誰にもこの約束を渡してなるものか。私は最初から主人と一緒に棺で燃やされるべきだったのだ。首を吊られたあのままで。

 ああ、遅くなってしまった。これで約束を果たせたことになるだろうか。天国にいる彼は寂しがっていないだろうか。


 システムエラー。

 記憶領域、損傷。


「約束、です」


 一瞬目の前が白く光り、私の身体はばらばらに砕けた。

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