“狂愛”〜狂わせる愛が欲しい。

水定ゆう

全ては俺の過ちor全ては私の愛

「どうして、どうしてですか、先輩……」


 私は納得できなかった。

 そんなの許せなかった。

 私は先輩が好き。大好き。狂ってしまう程に愛しているのに、貴方は私を遠ざけようとする。


 そんなの許せない。絶対に許さない。

 私の愛が本物だと知って欲しい。

 貴方しか見えない、先輩が居なかったら私は今頃……薄汚れ掛けた手をソッと撫でると、隠し持っていたギラリと光る得物に、私は身を預け、思考を放棄した。


「全ては先輩を手に入れるため、私だけのものにするためなんです。だから、許してくれますよね?」





「これでようやく解放される」


 俺はずっと付き纏われていた。

 誰にかと問われれば難しい。

 しかし勇気を出して口にするとすれば、それは俺の“元カノ”だ。


 そんな元カノの名前は咲煌さき

 俺なんかには勿体無いくらいの美人で、同じ会社の後輩だ。


 俺達が知り合ったのは会社の飲み会。

 歓迎会の場、そこで変態上司に絡まれていた所を少し口を挟んだ。もちろん助けた訳ではないのだが、それ以来咲煌は俺に懐くようになった。


 もちろん俺も悪い気はしなかった。

 こんなに美人な後輩を独り占めできるんだ。

 そう最初は思っていた。仕事の飲み込みも早く、家に度々呼んでもらって美味しい手料理を食べた。いつの間にか俺達は恋人になっていたのだが、咲煌は俺のことを監視し始めたのだ。


「怖いな」


 俺はそう思った。半年間耐え続けて来た。

 きっと変わってくれる、俺の気のせいだと信じたかった。しかし今日この日まで、咲煌は変わらなかった。

 俺のことを愛してくれているのは分かっていたが、もう耐えられなかった。


「咲煌、俺はもう付き合えない。別れてくれ」

「えっ?」

「聞く耳は持たなくてもいいから。恋人関係は解消だから」


 一方的な別れを切り出した俺。

 咲煌の顔色は青くなり、絶句している。

 分かってはいた。動揺が全身に蕁麻疹となって現れると、咲煌は俺に手を伸ばすが、残念だけど触れる気はない。


「じゃあ、また明日、会社で」


 そう言い残すと、俺は縁を切った。もちろん恋人としての縁だ。

 明日からは上司と部下の関係。それが非常に丁度いい。俺はそう思うと、踵を返して立ち去る。


「そんなの、許せないですよ、先輩」


 後ろから駆けてくる足音。

 きっと咲煌だ。俺を引き留めようとしている。

 だけどもう聞く耳はない。そう思って振り返られずにいると、背中に走る強烈な痛みに、俺は悲鳴を上げることさえできなかった。




 気が付くと俺の体は動かなくなっていた。

 体をピクリともさせられない。

 ましてや視線を動かすことも叶わず、ずっと床を見続ける。


(ここは……)


 俺はこの場所を知っている。

 この床には見覚えがある。

 掃除が行き届いているフローリング、この色合いにニオイ、間違いなく彼女の、咲煌の家だ。


(なんで俺、こんな所に……はっ!?)


 俺の顔が動く。視界に入る新しい景色。

 そこには咲煌の顔があった。

 俺の顔を優しく包み込むと、狂気に駆られた目をしており、笑みを浮かべていた。


(咲煌? そうか、俺は確か……)


 ようやく全部思い出した。

 確か俺は咲煌と別れた後、程なくして意識を失った。

 背中に強い痛みが走ると、そのまま倒れてしまったらしい。


(あの時、俺は、後ろから刺されて……はっ!?)


 点と点が繋がった。咲煌は俺の返答次第で俺のことを殺そうと思っていた。

 そんなこととは露知らなかった俺。

 自業自得とでも言いたいのかと、自分自身を呪う。


「先輩がいけないんですよ。私から離れようとするから」


 咲煌は俺のことを恨んでいた。

 当然だ。別れを切り出したのは俺で、咲煌を捨てた。だけどそれは咲煌が怖かったから、狂っていたからだ。


「私、先輩ことを愛しているの。殺してでも欲しいくらいね」


 怖いことを言わないで欲しい。

 いや、もう手遅れかもしれない。

 体がピクリとも動かないのは、まるで痛みがないのは、俺が既に……考えたくない。


「だから本当に嬉しいです。先輩がようやく手に入ってんだから」


 咲煌は狂気に取り憑かれていた。

 俺なんかの言葉はもう届きはしない。

 受け入れるしかない。残された選択肢はそれしかない。


「これでずーっと一緒にいられるますね、先輩」


 ニヤリと笑う咲煌さきに俺はゾッとした。

 けれど時は既に遅い。

 俺は咲煌の腕の中で抱かれると、狂った彼女の所有物とりこになった。

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“狂愛”〜狂わせる愛が欲しい。 水定ゆう @mizusadayou

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