叶わない好きって
水無月 氷泉
ビターエンド
彼と初めて出会ったのは、高校受験を控えた十二月の寒い日だった。
近くの大型書店で、お目当ての本を見つけた私は迷わず手を伸ばしたの。
本当にたまたまだったと思う。
彼もまた隣に並んだ本を取ろうと手を伸ばしていたわ。
どちらが先だったかなんて、もう覚えていない。
私の手と彼の手が触れ合った。
どちらが先に離したか、それはよく覚えている。
彼ははにかんだ笑みで私に頭を下げてきたわ。
笑みの中に、深い
反応が遅れた私を、彼は
ごめんなさい。
彼は、口ではなく、手を動かしていた。
手話だった。
いきなりだもの。
わかりません。
よかった。私の言葉は通じているみたい。
彼は
こう書かれていた。
声を失っているから筆談でもいいかな。
彼は
同い年で同じ学年、しかも同じ高校を受験しようとしていることもわかったわ。
一目
それ以来、彼は私の心を
あれから三年近くが経った。
大学受験を控える私の心の中には、変わらず彼がいる。
ずっと、ずっと好きだった。
過去形じゃないわ。現在進行形よ。
振り返ってみると。
告白する機会は何度もあったと思う。でも、できなかった。
勇気がなかっただけかもしれない。
友達以上恋人未満の関係を壊すのが怖かったのかもしれない。
それではだめなの。だめだったの。
まざまざと痛感させられるなんて、想像もできなかったわ。
三年生になったばかりの春、転入生がやって来た。
彼女を見た彼の反応があまりにも異常だったわ。
いやな予感しかしなかった。
私は彼女をひと目見て、好きになれないと悟った。
女としての直感だった。
それがいつしか恋敵になるなんて、本当に不思議よね。
いろいろな出来事を経て、姉妹のような関係にもなっていったわ。
彼は私ではなく、彼女をずっと追っている。
彼女もまた彼を追っている。
私が入り込む余地などないほどに、深い部分で繋がっている。
心から好き合っていることがひしひしと伝わってくる。
私は打ちひしがれたわ。それはもう見事なまでに。
朝まで泣き通したなんて、この十八年間で初めてだったもの。
まもなく新しい年を迎えようとしている。
本当に信じられないようなことの連続だったわ。
何よりも信じられないのは、彼女はあと三ヶ月もすれば消えてしまう。
文字通り、命を失って消えてしまうの。
ある時、彼女が私に言ったことが忘れられない。
私がいなくなったらね、その時は彼と一緒に。
私は怒りと悲しみの
彼女がいなくなったら、次は私の番だなんて、絶対にお断りよ。
不幸に乗っかるなんて、人として最低、最悪だもの。
譲ってあげる。
私は負けず嫌いなの。
本心じゃなかった。彼女の前で強がってみせただけ。
私は決して
私だって、彼女に負けないくらい彼が好きだもの。
いつか彼が振り向いてくれるかもしれない。
淡い期待を抱きながらも、私の思いが成就しないのもわかっているわ。
だから、私は決めたの。
彼女が消えるまで、しっかり見守っていく。
思い合った二人を
それに、こんな私を好きだと言ってくれる物好きが身近にいる。
その物好きは彼の親友、高校に入学して以来、なぜか三人でいることが多かったわ。
告白されたわけじゃないけど、知ってしまった。
あんな形でなければ、と思わないこともないけどね。
どちらも
確かにそうかもしれないわね。
でも、この先、何が起こるかは誰にもわからないわ。
好きな気持ちって、そもそもままならないものでしょ。
私が好きになった彼。
彼が好きになった彼女。
彼の親友が好きになった私。
叶うかどうかではなく、強く思うからこそ輝いているのよ。
だから、私は自分自身に、この言葉を贈ったの。
“To love and win is the best thing. To love and lose, the next best.”
サッカレーの名言は、あの人気コミックでも使われていたわね。
私は彼をこれほどまでに強く好きになれたのだから、たとえ思いが叶わなくてもいいのよね。
少しだけ心が楽になったような気がしたわ。
叶わない好きも、ビターエンドに終わったことも、きっと素敵だと思える日が訪れる。
好きという気持ちをずっと忘れず、大切に持ち続けていれば、いつか大輪の花を咲かせる時が来るわ。
私はそう信じているもの。
叶わない好きって 水無月 氷泉 @undinesylph
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