エクストラ サイコロ散歩 その1
ここは一年AB組。
私立聖堂学園の隅の雑木林の中に存在する“選りすぐり”のクラス。
生徒はたったの五人だけ。
高峰アリス。有名財閥の御令嬢。唯我独尊の怪力JK。
新茶古助。アホ毛と無重力の思考をもつ者。深淵たるアホ。
左衛門次郎宇宙。すべてのキュートを背負いし天使。またの名をエマ。
鬼ヶ島灰治。絶対的威圧感のボケ怪人。言動以外はおよそ鬼。
そして俺、木町輝人。通称、テル。
俺たちは、月曜日から金曜日までオール道徳(実質すべて自習)という学習環境の中で、勇ましく、たくましく、面白く、学園生活の日々を送っていた――。
―――――
AB組では、もうすぐホームルームの時間。
しかしやることと言えば、せいぜい担任の梶原が俺たちを目視して名簿をパタンパタンするだけ。あとはフリータイムだ。
無論、俺以外もそう認識しており、アリスはまだ来ていないが、鬼ヶ島は床に直で寝ており、新茶は教室のうしろで露店をやっており、エマは自分――。
「らっしゃい、らっしゃい! 安いよ、安いよー! 大概安いよー! らっしゃーい!」
「教室でなにやってんだよ!? おまえ!?」
お祭りで見るような本格的な屋台が、そこにあった……。
「あっ、らっしゃい! らっしゃい、らっしゃい!」
「いや、『らっしゃい』じゃなくて」
「らっしゃい?」
「とうとう日本語も忘れたか」
一応、俺は屋台に並んでいる商品を見てみる。
四角い木のブロック、スタンドライト、空ビン、みかん、その四つが置かれている。
これ、拾ってきたものだろ。
「あっ、お客さん。お目目が高いねー! どれもレアものだよー」
「どこがレアだよ。これなんてただの木のブロックだろ」
「ああ、それはねー『ニュートンが引っ張って崩したときのジェンガ』だ!」
「物理学者のプロが!? ジェンガ負けたのか!?」
くっそレアものじゃねえかよ!?
「じゃ、じゃあこのスタンドライトは?」
「それはだなー『エジソンが電球の発明に悩んだときに灯したスタンドライト』だ!」
「それライトだよね!? もうできているよ!」
インスピレーションもパースピレーションも足りていない……。
「この空ビンは?」
「えー……『ガガーリンが宇宙に電話番号の書かれた紙を放るときに使ったビン』?」
「ロマンの規模がデカい!?」
着信があったとて、はたして言語が通じるのか。
「で、最後のみかんは……って、皮だけ?」
「おいひいねー、ほへ」
「商品食べてる!? …………さて、もういいか」
なんだこれ。
ただのガラクタに嘘のエピソードを盛り付けて売っているだけじゃないか。
「おい新茶。どうせその紹介文、鬼ヶ島が作ったんだろ?」
「……んぐ、なんでわかったんだ!? オニガシマがこうすれば売れるって。親友に」
「ターゲット、俺かい!」
だがまんまと新茶の屋台に出向いてしまっている……。そういう意味ではターゲットをうまく絞ってやがる。しかしとうの鬼ヶ島は寝ている。せめて商売のプロセスまで見とけよ。
「よう、お前らー。ホームルームやるぞー。はい全員出席なー」
入室してきた梶原が、もはや名簿すら開かずに出欠確認を終えるとデスクに着席する。
…………あれ?
「梶原、まだアリス来てないんだけど」
「ん? あ、本当だ」
ここではじめて名簿を広げた。こいつ、本当に見てないな。
「アリスさんが遅刻なんて珍しいね」
心配そうにするエマ。新茶も「そうだよなー」とうなずきながら店仕舞いをする。
するとアリスがやってきた。
「ごきげんよう……」
全然ご機嫌よくなかった。というか沈んでいる。
挨拶を済ませたアリスは静かに席に座った。しおらしいぞ、どうしたんだ。
「ようタカミネアリス! 今日は元気ないな! これあげるから元気だせ! 『ニュートンが引っ張って崩したときのジェンガ』だ!」
そう言って新茶は木のブロックをアリスの机に置いた。キレられるって。
「……………………」
アリスは無言で財布から百円玉を出して、隣の新茶の机に置いて渡した。
……買ったのか!?
「う、売れた!? まいどあり! あの、じゃあ! この『エジソンが電球の発明に悩んだときに灯したスタンドライト』はいかがですか!?」
「……………………」
アリスは無言で百円玉を渡した。
「これも売れた!? ……お客さま、こちらの『ガガーリンが宇宙に電話番号の書かれた紙を放るときに使ったビン』は、いかがでしょうか?」
「……………………」
アリスは無言で五百円玉を渡した。
値上がりした!?
机の上の七百円を見下ろし、神妙な顔をする新茶。
おそらく商魂がむくむくと湧きだしているのだろう。しかしもう売れるものはない。みかんはさっき食べてしまったからな。
新茶は言った。
「こちらは『おいしくいただいたみかんの皮』です。お客さまに、オニアイですよ?」
売りだしやがった!? しかもみずからのセールストークで!?
「…………………………」
アリスはまた財布を取り出した、が、さすがに引っ込めた。それに限ってはもう、ただのみかんの皮だからな。ションボリしながら店仕舞いする新茶をよそに俺はアリスにたずねる。
「本当にどうしたんだよアリス。今日はちょっと変だぞ」
エマも頷く。
「なにかあったの? アリスさん。僕たちでよければ、そ、相談に乗るよ?」
「ほら、エマも心配してくれているぞ」
「俺も……話を聞こう」
「せめて床から起きようや。鬼ヶ島」
微塵も人の話を聞く態度じゃないから。それは。
「――てしまったの」
「え?」
アリスが深刻そうに吐露する。
「私の観ていた好きな番組が……終わってしまったの」
「そうなんだ」
たいしたことなかった。
話を切りあげようとしたけれどエマは親身になって聞いてあげる。
「それは残念だよね……その番組って、もしかして『木曜いかがですか?』とか?」
その瞬間、生き返るアリス。
「そうそれ! まさかエマくんも観ていたの!?」
「う、うん!? お、面白いよね。『サイコロ散歩』とか――」
「そうそうッ! そうなのよ! サイコロの出た目だけで行き先を決める、たとえそれが僻地であろうが帰れなくなろうが、絶対に行かなければならないヤラセなしの旅番組! あれ、すさまじく最高よね! とくに出演者の一人、お笑い芸人の『コナマイキユウ』のリアクションがほんっとうに面白いの! ああー、エマくんも観ていたなんて、やっぱりエマくんはAB組のアイドルね!」
「あ、ありがとう?」
「……『木かが』なら、俺も観ていた」
床で寝ている鬼ヶ島のほうへ嬉々として振りむくアリス。
「その略し方!? 初期の頃にコナマイキユウが番組名を『木かが』と呼んでいたけどだれにも定着しなくてひっそりと消えた略し方じゃないの!? まさか……、鬼ヶ島が古参視聴者だったなんて……その面白さを嗅ぎ分ける嗅覚の鋭さ、まさに鬼才ね……!」
「……zzz……」
新茶も発言する。
「その番組ならオレも録画してみてたぜー。録画はされるんだけどよー、いつもリアルタイムじゃみられなかったんだよなー」
…………そういえば新茶、木曜日が水曜日の前だと勘違いしていたな。
アリスはそんな新茶を否定しなかった。
「いいのよ、新茶。もちろんリアルタイムのほうが素敵ではあるけれど、録画しても観たいと思う気持ちはひしひしと伝わった。よく観ていたわね。えらいわ」
「えへへー! 照れるぜぇ!」
その話をデスクから聞いていた梶原がぼそりと言った。
「その番組なら俺、たしか出演したことあるけど」
「なぁんですってぇえええええええええええええええええええッ!?」
激しく驚愕するアリス。教室の窓が音圧で揺れる。
うるさいよ。もう。
絶叫を直撃した梶原は「あ、ああ……耳が」と意識が半ば混濁していたが、お構いなしにアリスはたずねた。
「それって、いつの、どこで、ですか先生!?」
「あっ……ここで俺、はじめて先生って言われたかも?」
新学期初日に俺が言ったわ、このやろう。
「先生! いつですか!?」
「ああー、あれはたしか……海で釣りをしていたときに――」
「もしかして、それ……!? 『通が選ぶ神回トップ3』のひとつですよ!? え、あのときの釣り人は先生なんですか!?」
「うーん、多分な」
「あれですよね!? お金がないのに刺身が食べたくなったから釣りに来たはいいけどエサを買うお金もなかった釣り人ですよね!?」
「あっ、そうそれ。仕方ないから手持ちの五円玉をエサにして釣りをしたんだっけな」
思考がAB組じゃねえか。それで梶原以外が釣れるわけないだろ。
「コバンザメが釣れたんですよね!?」
「刺身にはできないから逃がしたけどな」
……なんで釣れるの?
「あれは、やっぱりヤラセじゃなかったんだ…………終結した……ありえないありえないと視聴者のなかでずっと論争がつづいていた『釣り人ヤラセ論争』が……! 私は今、歴史を目の当たりにしている……!」
そんな大層な歴史でもないだろう。
アリスは興奮が静まらない。
「すごい! すごいわ! まさかこのAB組でこんな運命めいたものを感じるなんて! この感動をどう表現すればいいのかしら! 表現しなければならないほどに内側から感動が溢れ出てくるの! ああ、きっとそう! 彼らも同じ気持ちだったはずよ! 引力を発見したニュートンも、電球を発明したエジソンも、地球を見たガガーリンも、溢れる感動に全身を満たされ、生きていてよかった、と心から呟いたことでしょう! でも、もっと私は感動したい! 満たされたい! なぜならこのAB組にはまだ最後のピースが残っているのだから! さあラストピースを……『木曜いかがですか?』のエピソードを教えなさい! テル!」
「俺、観てないから」
「おくたばりなさって」
とても上品な罵倒が飛んできた。
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