エクストラ サイコロ散歩 その2

 俺たちは今、『雷門』と書かれたでかい提灯の前にいる。


 東京都台東区、浅草寺。

 その寺はもちろんのこと雷門やまっすぐ伸びた仲見世は壮観で、言わずと知れた東京の観光スポットの一つ。周辺には東京スカイツリーもあれば、水上バスに人力車、ほかにも多彩なお店が豊富に揃っているので外国人観光客が毎日のようにやってきては楽しそうにしている。


 なぜAB組が、ここにいるのか。


 あのあと、『木曜いかがですか?』の話が思いのほか盛りあがり、唐突にアリスが「決めたわ! 私たちで『木すか?』への餞の動画を撮りましょう!」と提案したからだ。

 結果は一対六で、あっさり可決。

 梶原も手を挙げたのはいいとして、まさか芝鳥さんも観ていたとは思わなかった。

 

 そして、さっそく俺たち五人+教師の計六人でここに来たのだった。

「つうか。なんで梶原までいるんだよ」

「見ればわかるだろ。今回はカメラマンとして雇われたんだよ。いやぁー、ミス高峰は気前がいいねえ。今月の負けが一気に帰ってきたよ。ささ、仕事しないと。満足していただける構図をしっかり撮っていかないとなぁー」

「俺をアップで撮るな」

 妙に生き生きしてやがる。……ああ、そういえば動画を撮りたがっていたな。こいつ。


 俺は『木すか?』を未視聴だからわからないけど、どういう毛色の番組内容だったんだろうか。どうか普通であってほしいが、アリスが好きな番組だからそれはないだろう。

 

 カメラマンとして同行する梶原がアリスにカメラをむける。

「みんないるわね。……ふぅ、まずはこのような機会を与えてくれてありがとう。でもここからは『旅は道ずれ、賽は気まぐれ』の世界よ」

 俺以外のみんなは頷く。

「なんとも波乱のありそうなフレーズだな。アリス」

「ええ、当然よ。『サイコロ散歩』ですから。では、今回の企画のルールを説明します」


 ルールはこうだった。


 ――1・サイコロを振って出た目により、行き先を決める。

 ――2・行き先は、あらかじめ用意されたフリップボードから参照する。

 ――3・到着後に、サイコロを振った人が滞在時間の書かれたカードを引いて決める。

 ――4・1から3をくりかえし、一人一回ずつサイコロを振ったら企画終了。


 一見、おかしな企画でもなさそうだが、行き先の書かれたフリップボードが気になって仕方ない……。

「まあテル以外はだいたい把握しているでしょうから。さて、はじめましょうか。『サイコロ散歩・AB組バージョン』を!」

 ここに、餞の『サイコロ散歩』がスタートする――。

 

 サイコロを振る順番はジャンケンで決めた。


 新茶、アリス、エマ、鬼ヶ島、俺、の順番。


「それでは! 最初の旅先はコチラです!」

 アリスが用意してきたフリップボードの一枚目を公開した。


 1・東京スカイツリー(東京都)

 2・有馬温泉(兵庫県)

 3・よこはまに行ってラーメン食べたい(神奈川県)

 4・京都競馬場(京都府)

 5・国営ひたち海浜公園(茨城県)

 6・オールマイティ(これは固定)


 ……『東京スカイツリー』、か。

 なんだろう。最近、どこかで書いたような………………あっ。


     ―――――


「みんな、少しだけ時間いいかしら。ウチの財閥傘下の旅行会社が簡単なアンケートを実施しているのだけれど、協力してくれるかしら?」

「それくらいならお安い御用さ。なあ、みんな」

「おうだぜ!」

「うん!」

「……任せろ」

「たまには教師らしく生徒に協力しないとな」

「みんなありがとう!」


     ―――――


 あのときに書いたアンケートと同じ内容だ……。新茶もあのとき「よこはまでラーメンもいいよなー」とか言っていたような。それに『国内で行ってみたい場所を教えてください』の質問の空欄は、たしか5つ……アリスめ、前々から『サイコロ散歩』を決行するつもりで準備していやがったな。

 

 ヤバい……結構遠いところも書いた記憶がある。


「さあて新茶、はじめなさい!」

「よぉーし! よこはまでラーメン食べるぞぉ! うおおおっ!」

 やっぱりおまえか。

 新茶はおもいきり腕を振りあげ、サイコロを天高く放った。……落ちてこないな。


 鬼ヶ島が上を指さす。

「雷門の、提灯の上だ……」

「ああっ!? やっちまった!?」

「もう! 初っ端からなにしているのよ新茶! ……まったく、こういうときのために予備のサイコロを持ってきておいてよかったわ。ほら、もう一度」

「ありがとう! じゃあ気を取り直して……うお――」

「学習なさいッ!!」

「あうっ」

 またもやおもいきり高く投げようとした新茶をアリスがひっぱたく。手からこぼれ落ちるサイコロ。その出目は……『3』。

「おお! すごいぞタカミネアリス! よこはまだ! まさかこれを狙って……?」

「この私よ。当り前じゃない」

「おい、スルッと嘘をつくな。……で、本当に行くの?」

「いくわよ。横浜」


 ……マジかよ。


 新茶はおろか、鬼ヶ島も、梶原も、あのエマでさえ平然とアリスについて行く。

 これが『サイコロ散歩』か……恐るべし。


 雷門のすぐ近くの浅草駅から、都営浅草線特急に乗っておよそ一時間。

 横浜駅、到着。時刻はまだ午前十一時前だ。


「本当に来ちゃったよ……」

 観光でもなければ修学旅行でもない。サイコロを振って来ただけ。もう散歩の範疇もぶっ飛び出ている。これは……覚悟しないとな。

「わあ、これが横浜なんだぁ……僕、はじめて来たんだ!」

「オレもじつははじめてだぜ! ラーメンたのしみだな!」

「うん!」

 エマと新茶は目をキラキラさせながらあたりを見回している。鬼ヶ島は相変わらず眠そうにしていた。アリスはカードをシャッフルし、新茶の前にカードを広げる。

「さあ、新茶。ここでの滞在時間を決めてもらうわよ。カードを引きなさい」

「ばっちこい!」

 新茶がカードを引く前に、俺はアリスにたずねた。

「なあ一ついいか。滞在時間の割り振りはどうなっているんだ?」

「それは引いてからのお楽しみよ」

 決して良いほうには受けとめないでおこう。

「うーん……これだな!」

 カードを引いた新茶。そこに書かれていたのは。


 ――『15秒』


 なにもできないじゃねえか。

「おい、せっかく横浜に来て――」

「では今から15秒だけ滞在します。よーいスタート!」

 駅前にあったラーメン屋に走り出す新茶。15秒経過。

「終了よ! 新茶、戻ってきなさい!」

 横断歩道で止められた新茶は、渋々と戻ってきた。いやいやいや、なにもできねえよ。

「おいアリス。なんだよ、そのふざけた滞在時間は。これじゃ新茶もかわいそうだろ」

「え? 本家でも普通にあるわよ」

 ……まさか本家がおかしかったとは。

 俺の肩に手をそえる新茶。

「引いたオレがわるいのさ。でもありがとうだぜ親友」

 ほかのみんなも納得したように諦めている。

 本当に本家でもあるんだ……いかれているだろこの企画。

「では次、いってみましょう!」

 二枚目のフリップボードはこうだった。


 1・江戸川ボートレース場(東京都)

 2・しずおかでおいしいお茶のみたい(静岡県)

 3・清水寺(京都府)

 4・草津温泉(群馬県)

 5・通天閣(大阪府)

 6・オールマイティ


 ……さっきからフリップボードに賭博場がチラついて仕方ないんだが。

 あの行き先は絶対に梶原のアンケートから抜粋したやつだよな? 仮にも旅行会社のアンケートなんだから普通の観光名所を書けっての。


「次は私が振る番ね。いい目を出してやるわ」


 どうかマシな目であってくれ。

 アリスはサイコロを握りしめて呪文を唱えた。

「『旅は道ずれ、賽は気まぐれ』……いでよ、運命の出目! そりゃあ!」

 横浜の地で転がるサイコロ。


 出た目は……『1』。


 おい、『1』って、まさか。

「よっしゃああああああああああああッ! 俺の時代だぁあああッ!」

横浜駅の前で雄たけびをあげるギャンブラー。なぜ彼が俺たちの担任になれたのかいまだに理解できない。


「おい。いいのかよアリス」

「いいもなにも、サイコロの出目は『1』と出たの。テル、今のうちに覚悟しておきなさい。なにがあろうとも出た目に従うのがサイコロ散歩の鉄則よ」

「そこまで言うなら、まあ……」


 第一、このフリップボードを作ってきたのがアリスだからな……それにこれ以上言うとひと悶着が起きそうだから今回は控えておこう。


「さて、江戸川ボートレース場はどう――」

「まずは横浜駅からJR横須賀線で錦糸町駅にむかい、錦糸町駅に着いたらJR総武線に乗り換えて平井駅まで行けば、そこからは無料送迎バスがあるから、あとはそれに乗って江戸川ボートレース場に到着という具合だ」

「なにも見ないでよくそこまでスラスラ言えたよな」

 無料送迎バスまで把握しているのかよ。


 ことギャンブルに関してはAIレベルの演算能力だが、なぜそのAIでギャンブルが長期的には概ね勝てないと算出できない。

「さすが私たちの担任ね。頼もしいわ」

「お褒めに預かり光栄です、ミス高峰。ちなみに先にみんなに伝えておくと、競艇場には入場できるが舟券は二十歳未満では買えないから、そこ注意な」


「じゃあ俺たちは行ってどうしろと?」

「安心しろ、木町。ボートレースは観るだけでも楽しいし、なんなら昼飯を食う場所もキチンとあるぞ。しかも江戸川ボートレース場は日本で唯一、河川をそのままコースにしているレース場なんだ! 言ってみれば日本一だ! もはや富士山やスカイツリーと肩を並べていると言っても過言ではない!」

「キラキラしているな。おまえ」


 なにはともあれ、ルンルンな足取りの梶原について行くことになったAB組一同。

 梶原の説明通りに進行し、およそ一時間半で江戸川ボートレース場に到着。

 

 アリスは自分でカードをシャッフルして一枚引いた。

「滞在時間は、『1時間』ね」

 くそっ、15秒じゃなかった。

「オーケイオーケイ。勝負は一時間もあれば十分だ。それでは生徒諸君、今のうちに昼食でもとっておきたまえ。なにせまだ旅はつづくからね。ではまたここに一時間後に集合ということで。解散!」

 梶原は生徒を置いて真っ先に場内へと走っていった。


 その背中を眺めていると、アリスは言う。

「ではみんな。先生が勝つか負けるか、昼食を賭けましょうか」

「それ賭けになるのか? 負けるほうで」

「オレも負けるほう!」

「ぼ、ぼくも」

「……同じく」

「これじゃ賭けにならないわね。仕方ない、昼食は奢ってあげるわ。私、勝つほうで」

 賭けに行った人間で賭けをする俺たちは中々にギャンブルの素質があるのかもしれない。


 ――一時間後。


「…………………………行こっか。みんな」

 新茶、エマ、鬼ヶ島、俺は、アリスに「ごちそうさまでした」と伝えた。

 三投目、エマの番だ。

 アリスは三枚目のフリップボードを取り出す。

「今回は、これよ!」


 1・ほっかいどうでラーメンもいいなあ(北海道)

 2・豊橋競輪場(愛知県)

 3・下灘駅(愛媛県)

 4・川越(埼玉県)

 5・下呂温泉(岐阜県)

 6・オールマイティ


 ……北海道に、愛知に、愛媛、埼玉、岐阜。

 今回はヤバい……! 近いのが川越しかない……。それかオールマイティか……。

 とくに北海道と愛媛はダメだ……! しかも『下灘駅』なんて、俺が書いたやつじゃん!? なんでなにも考えずに行きたいところを書いちゃったんだよ! このアホ、バカ、AB組!


 心の中で『4』と『6』を願うなか、刻々とサイコロ散歩は進行する。


「次はエマくんが振る番ね。はい、どうぞ」

「ありがとう、アリスさん」

「いったれーエマ! エマなら『7』の目も出せるぜー!」

「……エマなら、できる」

「出るわけないでしょう。あなたたち、ほんとバカね」

 今のはアリスに言われても仕方ない。

 六面のサイコロで『7』が出たとすれば時空歪んでいるわ。いや、この際『7』でもいいから『1』と『3』だけは出ないでくれ!


「よ、ようし。いくよ! ころころー」


 あっ、可愛い。なにその擬音? 商品化したいくらい可愛いんだけど。


 エマのシルクのような繊細な指先から滑り落ちたサイコロは、不意に風にあおられた。地面をころころころころと転がって道路に出ると、ちょうど走ってきたバイクのタイヤにはじかれて、まるでピンボールのようにカンコンカンコンと周囲の物にぶつかり、エマの手前に戻ってきた。


 目を見開いて驚愕するアリス。

「ウソでしょ……」


 アリスはおろか、俺を含め、そこにいた全員が驚いた。



 ――『7』が出たのだ。



 衝撃で半分に割れたサイコロ、その表面は『6』と『1』を示していた。

 まさに奇跡。

 途端、梶原がエマにすがりつく。


「頼むッ! 1から6までの数字を思い浮かんだ順に三つ言ってくれッ!!」

「おい。奇跡にすがって一勝負しようとするな」


 話し合いの結果、なぜか『6』ひく『1』という計算になり、『5』になった。

 まあ、うん。岐阜か。なんとも言えない距離だな。

「……温泉……楽しみだ」

 心なしか鬼ヶ島が浮かれているように見える。

もしかしてずっとあった温泉シリーズは、鬼ヶ島が書いたものだったか。

「そうだね! 温泉たのしみだね!」

 ぴょんとひとつ跳ねて喜ぶ、天使。


 エマも温泉が楽しみか。……エマも温泉? エマと、温泉……?



「神回確定ッ! 温泉回じゃねえかああああああッ!?」

「えっ、なによテル、いきなり。気持ち悪い」

「すまん。口に出るとは思わなかった。さあ、下呂温泉に行こうか! みんな!」


 俺は率先して下呂への経路を調べあげた。

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